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大王祭のはじめの二日は、みぞれと風が荒れ狂った。
両日とも、獅子の一門である大王に各一門の惣領が変わらぬ服従を誓うという退屈な儀礼がつづく。
宮廷内で行われるのでさほど支障はなかったが、大王祭が荒れ模様になることなど、めったにないことだった。
今回はじめて父に伴われて儀礼に加わった大狼は参列した惣領たちのぴりぴりした雰囲気をいやでも感じとった。
口にこそ出せないが、誰もが大那の異常に不安を抱いているのだ。
在位四年目の大王は、まだ二十三歳の青年だった。ちょっとした政変があり、先の大王が追いやられたのがちょうど前回の大王祭の時だ。それ以後は順調だった彼の政が、初の難題にぶつかっている。
少年の負けん気をとどめた神経質そうな彼の顔が、大狼にはいっそう青ざめて見えるような気がしてならなかった。
三日目は冬至で、大王祭の最終日。祭りの中心は宮殿の内から外へと移る。
窮屈な盤領の礼服からようやく開放されて、大狼も屋敷の外に飛び出した。
風はまだ強かったが、みぞれはやんでいる。雲はあいかわらず低くたれこめていた。
みぞれと溶けた雪のために、道がひどくぬかるんだ。盆地の都をかこんでいる山々は、まだらに残った雪の間から枯れがれとした樹木をのぞかせ、どこか凄惨な様相だった。
しかし、そんな天気にもめげず、都の東西を貫く大路には、早朝から人垣ができていた。この日をめざして大那中から集まってきた人々だ。
彼らのために都には何ヶ所か仮屋が設けられていたが、それでも大勢の者たちが収まりきらず、河原や橋下で野宿していた。前回の大王祭よりもはるかに多い人数だ。
それも無理からぬこと。
ごったがえす人々と肩で押しあうようにして歩きながら、大狼は思った。
こんな年にぶつかった大王祭なのだ。
祭りの本当の主役が、大王ではなく大神官であることは誰でも知っている。
神官は、大那南端の手白香島に住む呪力者の集団だ。彼らの中で最も呪力にすぐれた者が大神官。
四年に一度、大神官は自らの命をおしげもなく断って地霊に還る。大那の地霊を潤すために。
大狼は、もともとこの儀式が好きではない。大那の地霊の衰えは、大神官ひとりの死などでは追いつかず、しょせん気やすめにすぎないのだ。
だが、今の大那の人々にとって大王祭は必要だ。
大狼は認めざるをえなかった。
不作つづきのこの年、救いを求めるとしたら大神官しかいない。若い大神官の霊は地霊を豊かにし、翌年こそ稔りをもたらしてくれるだろう。
どうしようもない凶荒に、凍えて冬を過ごすより、そう考える方がずっといい。
大神官は都の真東にある夜彦山の神官屋敷から都大路に降り、西の〈杜〉に入ることになっている。
〈杜〉は神官の聖所、代々の大神官の墓所でもあった。
人々が待っているのは、昼過ぎに通る大神官の輿だった。地霊に還る前の大神官は、俗人の罪障を消し、願いをかなえてくれると言われているから。
大路に通じる小道の辻々では、造花売りが最後の商売に励んでいた。木を薄く削って幾重もの花弁のようにし、とりどりの原色で染めたものだ。
大神官の死を飾る唯一の供物。
歩きまわりながら、大狼は羽白を探した。
羽白は大狼の親友で、漂泊の琵琶弾きだ。
少年のころから大狼は旅が好きで、大那のあちらこちらを歩きまわっていた。そんな気ままな時代に出会ったのが羽白だ。彼ほど巧みに琵琶を操る人間を大狼は知らない。
四年前の大王祭にかけて、何ヶ月か一緒に旅もした。当時のことを懐かしく思い出す。
羽白は今回もきっと都に来ているはずだ。そう思っていた。しかし、いくら探しても羽白の姿はない。
ふと、いやな思いにとらわれた。
羽白は〈龍〉の生き残りなのだ。かつて大那を支配していた龍の一門の。
龍の一門は、守霊の龍と同様に地霊の衰えには敏感だった。他の生きものには影響が及ばない緩やかな地霊の減退も、龍とその一門が大那で生きていくことを困難にした。はるか昔に、彼らは大那から姿を消したのだ。
この急激な地霊の変化で、羽白の身に何か起こっていないといいがのだが。
大狼は眉をひそめ、想いをふり切るように首を振った。
と、他に知っている人物を見つけて、立ち止まった。
人ごみをかきわけて彼女に近づく。
「やあ、稀於どの」
稀於は驚いたように大狼を見上げた。
背丈は大狼の肩ぐらい、だいぶ小柄だ。鮮やかに濃い眉、つんととがった顎。いかにも勝ち気そうな黒目がちの大きな目。
こんな華奢な身体をしているくせに、弓や太刀を持たせれば並の男以上の使い手になるのだから参ってしまう。
今日は桜色の上衣に赤紫の裳をつけ、厚手の肩掛けを邪魔くさそうに小脇にかかえていた。
たしかに、寒さを吹き飛ばすほどの人いきれ。頭の両脇に結い上げた髪が、ところどころほつれて汗ばんだ額にかかっている。貝細工の簪が、ずれて落ちそうなのが微笑ましい。
「風嵐の大狼さま」
稀於は簪を挿し直し、背筋を伸ばした。ちょっと皮肉っぽく、
「〈狼〉の惣領の後継ぎともあろうお人が、こんなところにいてよろしいんですか。他の惣領や国守がたといっしょに、高みで見物されているのではと思っていましたけど」
「あなたこそ、なぜここに?」
大狼は人なつっこい笑みを浮かべたまま言った。
「〈蛇〉の惣領といっしょだと思っていたが」
「こうやってる方が、祭りの気分が出るのよ」
押してきた人間を、むきになって押し返しながら稀於は言った。
「あちらですましているよりもね」
「おれも同感だ」
「でも、縹色の盤領がなかなかお似合いでしてよ」
どこかで大狼の礼装姿の見掛けたのだろう。稀於がからかうように言った。
「そうかな」
大狼は吹き出した。
「おれは首が太いんでね、あれだけは窮屈で苦手なんだ」
稀於もつられて笑い出して、
「残念ね。羽白には、会えた?」
稀於も羽白のことは知っている。二年ほど前、羽白は風嵐を訪れたことがあって、そのその時に一度会っている。
「いいや」
「そう」
稀於はかすかに眉をひそめた。大狼とおなじことを考えたらしい。
「羽白は自由人だからな」
自分に言い聞かせるように大狼は言った。
「大王祭よりも大事なことを見つけたのかもしれない」
人群れがざわついた。大神官の輿が姿を見せたのだ。
大狼は、首を伸ばしてそちらを見やった。
帳の降りた輿を四人の神官が担ぎ、そのまわりを五人の神官がとりかこんでいる。神官たちはみな白い浄衣を着、髪を肩のあたりで切りそろえ、無髭である。
あの輿に乗っている人物を、大狼は知っていた。たしか、麻鳥という名だった。四年前、次の大神官となるものとして都に来ていた。
自分の知っている人間の死を考えるのは、嫌な気分だった。大神官が、これっぽっちも自分の命に執着していないことは知っていたけれど。
輿になだれうって押し寄せる人々を、警護の者たちがようやくとどめていた。そこで人々は、競うようにして造花を輿に投げた。
強い風は落ちた花を路中に散らかして、赤や黄や、白や青。様々な色彩がぬかるんだ路にあふれかえった。
輿が大狼たちのところにも近づいて来た。
人と押しあいへしあいしながら、稀於は必死で爪先立ちをしている。彼女の背丈では人の頭しか見えないだろう。
ひょいと抱き上げてやりたくなったが、そんなことをすれば彼女にこっぴどくひっぱたかれるのがおちだった。
あきらめることにした大狼は、今しも通り過ぎようとしている輿に目を移した。そして、ふと首をかしげた。
輿の帳は降りたままだ。ふだんなら、大神官は顔を見せるものだが。
その時、強い風が吹いて輿の帳が舞い上がった。
ほんの一瞬だったが、大狼は大神官の顔を見ることができた。
大狼は、はっと息を呑んだ。
違う。
輿に乗っていたのは、大狼の知っている大神官とはまったくの別人だったのだ。
大狼は、混乱して髪の毛を掻きあげた。何かの理由で、大神官が変わってしまった?
それにしても、輿に乗っていたのはまるで風采の上がらぬ青年だった。大神官の呪力など、どこに秘めているのかと思えるほどの。
「どうしたの? 大狼さま」
稀於が、けげんそうに問いかけた。
まわりの人々が輿を追い掛けるようにして移動しているので、立ち止まったままの二人はもみくちゃになっている。
「妙なんだ」
「なにが?」
大狼は、人の流れに乗って再び輿を追いかけた。
「なにがよ? 大狼さま」
稀於も後について来る。
輿のまわりの神官を改めて観察すると、疑念はますます膨らんできた。姿こそ浄衣をまとった神官だが、そのとりすました顔がどうしても俗人くさく見えてくるのだ。
大狼は、稀於の肩を抱えるようにして人ごみをかきわけた。稀於は文句ありげに大狼をにらんだが、彼のただならぬ様子に気づいたようで、言葉をひっこめた。
二人は最前列にまぎれこんだ。大狼は稀於の耳元でささやくように、
「神官たちを、よく見てくれ。なにかおかしいとは思わないか? 稀於どの」
稀於は、美しい眉をひそめて彼らを見やった。その眉がちょっと上げられ、
「あなたがそう言うからおかしく思えるのかもしれないけど、大狼さま」
稀於は首をかしげた。
「へん、だわね、やっぱり。感じがちがうわ。それに……」
「それに?」
「わたし、神官はどこか中性的で髭なんか生えないと思っていた。なのに、あの人なんて顎のあたりがいやに青々としているわ」
稀於は一番後の神官をそっと指さした。
大狼は大きくうなずいた。
さすがに女性だ。細かなことに気がついてくれる。
大狼だって、髭剃り痕のある神官など見たことがない。
しかし、感心している場合ではなかった。これで自分だけの思い違いでないことがはっきりしたわけなのだ。
「どういうわけなのかしら」
稀於が不安げにつぶやいた。
大狼とて、同じ思いだった。あの神官たちが本当に偽物なのかどうか、確かめてみなければ。
遠ざかって行く輿を見送りながら、大狼はゆっくりと額をこすった。
鳩尾のあたりに、じわりと冷たい塊が突き上げてくる。
大那の急激な地霊の衰えと、この事態は関係があることなのか?
いま、大那に何が起こっているというのだろう。
両日とも、獅子の一門である大王に各一門の惣領が変わらぬ服従を誓うという退屈な儀礼がつづく。
宮廷内で行われるのでさほど支障はなかったが、大王祭が荒れ模様になることなど、めったにないことだった。
今回はじめて父に伴われて儀礼に加わった大狼は参列した惣領たちのぴりぴりした雰囲気をいやでも感じとった。
口にこそ出せないが、誰もが大那の異常に不安を抱いているのだ。
在位四年目の大王は、まだ二十三歳の青年だった。ちょっとした政変があり、先の大王が追いやられたのがちょうど前回の大王祭の時だ。それ以後は順調だった彼の政が、初の難題にぶつかっている。
少年の負けん気をとどめた神経質そうな彼の顔が、大狼にはいっそう青ざめて見えるような気がしてならなかった。
三日目は冬至で、大王祭の最終日。祭りの中心は宮殿の内から外へと移る。
窮屈な盤領の礼服からようやく開放されて、大狼も屋敷の外に飛び出した。
風はまだ強かったが、みぞれはやんでいる。雲はあいかわらず低くたれこめていた。
みぞれと溶けた雪のために、道がひどくぬかるんだ。盆地の都をかこんでいる山々は、まだらに残った雪の間から枯れがれとした樹木をのぞかせ、どこか凄惨な様相だった。
しかし、そんな天気にもめげず、都の東西を貫く大路には、早朝から人垣ができていた。この日をめざして大那中から集まってきた人々だ。
彼らのために都には何ヶ所か仮屋が設けられていたが、それでも大勢の者たちが収まりきらず、河原や橋下で野宿していた。前回の大王祭よりもはるかに多い人数だ。
それも無理からぬこと。
ごったがえす人々と肩で押しあうようにして歩きながら、大狼は思った。
こんな年にぶつかった大王祭なのだ。
祭りの本当の主役が、大王ではなく大神官であることは誰でも知っている。
神官は、大那南端の手白香島に住む呪力者の集団だ。彼らの中で最も呪力にすぐれた者が大神官。
四年に一度、大神官は自らの命をおしげもなく断って地霊に還る。大那の地霊を潤すために。
大狼は、もともとこの儀式が好きではない。大那の地霊の衰えは、大神官ひとりの死などでは追いつかず、しょせん気やすめにすぎないのだ。
だが、今の大那の人々にとって大王祭は必要だ。
大狼は認めざるをえなかった。
不作つづきのこの年、救いを求めるとしたら大神官しかいない。若い大神官の霊は地霊を豊かにし、翌年こそ稔りをもたらしてくれるだろう。
どうしようもない凶荒に、凍えて冬を過ごすより、そう考える方がずっといい。
大神官は都の真東にある夜彦山の神官屋敷から都大路に降り、西の〈杜〉に入ることになっている。
〈杜〉は神官の聖所、代々の大神官の墓所でもあった。
人々が待っているのは、昼過ぎに通る大神官の輿だった。地霊に還る前の大神官は、俗人の罪障を消し、願いをかなえてくれると言われているから。
大路に通じる小道の辻々では、造花売りが最後の商売に励んでいた。木を薄く削って幾重もの花弁のようにし、とりどりの原色で染めたものだ。
大神官の死を飾る唯一の供物。
歩きまわりながら、大狼は羽白を探した。
羽白は大狼の親友で、漂泊の琵琶弾きだ。
少年のころから大狼は旅が好きで、大那のあちらこちらを歩きまわっていた。そんな気ままな時代に出会ったのが羽白だ。彼ほど巧みに琵琶を操る人間を大狼は知らない。
四年前の大王祭にかけて、何ヶ月か一緒に旅もした。当時のことを懐かしく思い出す。
羽白は今回もきっと都に来ているはずだ。そう思っていた。しかし、いくら探しても羽白の姿はない。
ふと、いやな思いにとらわれた。
羽白は〈龍〉の生き残りなのだ。かつて大那を支配していた龍の一門の。
龍の一門は、守霊の龍と同様に地霊の衰えには敏感だった。他の生きものには影響が及ばない緩やかな地霊の減退も、龍とその一門が大那で生きていくことを困難にした。はるか昔に、彼らは大那から姿を消したのだ。
この急激な地霊の変化で、羽白の身に何か起こっていないといいがのだが。
大狼は眉をひそめ、想いをふり切るように首を振った。
と、他に知っている人物を見つけて、立ち止まった。
人ごみをかきわけて彼女に近づく。
「やあ、稀於どの」
稀於は驚いたように大狼を見上げた。
背丈は大狼の肩ぐらい、だいぶ小柄だ。鮮やかに濃い眉、つんととがった顎。いかにも勝ち気そうな黒目がちの大きな目。
こんな華奢な身体をしているくせに、弓や太刀を持たせれば並の男以上の使い手になるのだから参ってしまう。
今日は桜色の上衣に赤紫の裳をつけ、厚手の肩掛けを邪魔くさそうに小脇にかかえていた。
たしかに、寒さを吹き飛ばすほどの人いきれ。頭の両脇に結い上げた髪が、ところどころほつれて汗ばんだ額にかかっている。貝細工の簪が、ずれて落ちそうなのが微笑ましい。
「風嵐の大狼さま」
稀於は簪を挿し直し、背筋を伸ばした。ちょっと皮肉っぽく、
「〈狼〉の惣領の後継ぎともあろうお人が、こんなところにいてよろしいんですか。他の惣領や国守がたといっしょに、高みで見物されているのではと思っていましたけど」
「あなたこそ、なぜここに?」
大狼は人なつっこい笑みを浮かべたまま言った。
「〈蛇〉の惣領といっしょだと思っていたが」
「こうやってる方が、祭りの気分が出るのよ」
押してきた人間を、むきになって押し返しながら稀於は言った。
「あちらですましているよりもね」
「おれも同感だ」
「でも、縹色の盤領がなかなかお似合いでしてよ」
どこかで大狼の礼装姿の見掛けたのだろう。稀於がからかうように言った。
「そうかな」
大狼は吹き出した。
「おれは首が太いんでね、あれだけは窮屈で苦手なんだ」
稀於もつられて笑い出して、
「残念ね。羽白には、会えた?」
稀於も羽白のことは知っている。二年ほど前、羽白は風嵐を訪れたことがあって、そのその時に一度会っている。
「いいや」
「そう」
稀於はかすかに眉をひそめた。大狼とおなじことを考えたらしい。
「羽白は自由人だからな」
自分に言い聞かせるように大狼は言った。
「大王祭よりも大事なことを見つけたのかもしれない」
人群れがざわついた。大神官の輿が姿を見せたのだ。
大狼は、首を伸ばしてそちらを見やった。
帳の降りた輿を四人の神官が担ぎ、そのまわりを五人の神官がとりかこんでいる。神官たちはみな白い浄衣を着、髪を肩のあたりで切りそろえ、無髭である。
あの輿に乗っている人物を、大狼は知っていた。たしか、麻鳥という名だった。四年前、次の大神官となるものとして都に来ていた。
自分の知っている人間の死を考えるのは、嫌な気分だった。大神官が、これっぽっちも自分の命に執着していないことは知っていたけれど。
輿になだれうって押し寄せる人々を、警護の者たちがようやくとどめていた。そこで人々は、競うようにして造花を輿に投げた。
強い風は落ちた花を路中に散らかして、赤や黄や、白や青。様々な色彩がぬかるんだ路にあふれかえった。
輿が大狼たちのところにも近づいて来た。
人と押しあいへしあいしながら、稀於は必死で爪先立ちをしている。彼女の背丈では人の頭しか見えないだろう。
ひょいと抱き上げてやりたくなったが、そんなことをすれば彼女にこっぴどくひっぱたかれるのがおちだった。
あきらめることにした大狼は、今しも通り過ぎようとしている輿に目を移した。そして、ふと首をかしげた。
輿の帳は降りたままだ。ふだんなら、大神官は顔を見せるものだが。
その時、強い風が吹いて輿の帳が舞い上がった。
ほんの一瞬だったが、大狼は大神官の顔を見ることができた。
大狼は、はっと息を呑んだ。
違う。
輿に乗っていたのは、大狼の知っている大神官とはまったくの別人だったのだ。
大狼は、混乱して髪の毛を掻きあげた。何かの理由で、大神官が変わってしまった?
それにしても、輿に乗っていたのはまるで風采の上がらぬ青年だった。大神官の呪力など、どこに秘めているのかと思えるほどの。
「どうしたの? 大狼さま」
稀於が、けげんそうに問いかけた。
まわりの人々が輿を追い掛けるようにして移動しているので、立ち止まったままの二人はもみくちゃになっている。
「妙なんだ」
「なにが?」
大狼は、人の流れに乗って再び輿を追いかけた。
「なにがよ? 大狼さま」
稀於も後について来る。
輿のまわりの神官を改めて観察すると、疑念はますます膨らんできた。姿こそ浄衣をまとった神官だが、そのとりすました顔がどうしても俗人くさく見えてくるのだ。
大狼は、稀於の肩を抱えるようにして人ごみをかきわけた。稀於は文句ありげに大狼をにらんだが、彼のただならぬ様子に気づいたようで、言葉をひっこめた。
二人は最前列にまぎれこんだ。大狼は稀於の耳元でささやくように、
「神官たちを、よく見てくれ。なにかおかしいとは思わないか? 稀於どの」
稀於は、美しい眉をひそめて彼らを見やった。その眉がちょっと上げられ、
「あなたがそう言うからおかしく思えるのかもしれないけど、大狼さま」
稀於は首をかしげた。
「へん、だわね、やっぱり。感じがちがうわ。それに……」
「それに?」
「わたし、神官はどこか中性的で髭なんか生えないと思っていた。なのに、あの人なんて顎のあたりがいやに青々としているわ」
稀於は一番後の神官をそっと指さした。
大狼は大きくうなずいた。
さすがに女性だ。細かなことに気がついてくれる。
大狼だって、髭剃り痕のある神官など見たことがない。
しかし、感心している場合ではなかった。これで自分だけの思い違いでないことがはっきりしたわけなのだ。
「どういうわけなのかしら」
稀於が不安げにつぶやいた。
大狼とて、同じ思いだった。あの神官たちが本当に偽物なのかどうか、確かめてみなければ。
遠ざかって行く輿を見送りながら、大狼はゆっくりと額をこすった。
鳩尾のあたりに、じわりと冷たい塊が突き上げてくる。
大那の急激な地霊の衰えと、この事態は関係があることなのか?
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