16 / 21
16
しおりを挟む「ロドラーン?」
アイルとダグは、同時に声をかけた。
少年は立ち上がり、胸をそらした。
「珍しそうに眺めるな、ばか者」
声までが、甲高くなっていた。
「なんで……」
「魔女の精気だけで、新しい矢尻ができるわけがない。わたしの、ありったけの魔力をつぎこまなければならなかった」
「それで若返ったの?」
「いや。これがわたし自身さ。わたしは、魔法使いとしてはまだ若い方なんだ」
ロドラーンは、ぐいと顔を上げて二人をにらんだ。
「とは言っても、おまえたちよりはずっと年上だからな」
アイルは、もう一度ロドラーンを眺めた。アイルよりも背が低く、顔つきはかわいらしい少女のようだ。
ロドラーンは肩をすくめた。
「こんな姿では、魔女どもに馬鹿にされるだけだろうが」
たしかに。
アイルはうなずいた。
ロドラーンはいかにも魔法使いらしい姿をとって、魔女たちを従わせていたわけか。魔力の消耗が、あまり見られたくない本来の彼の姿をあらわにしてしまったのだ。
またぽかんとしている二人をしり目に、ロドラーンは握りしめていた手を開き、矢尻を調べ始めた。
矢尻には、出来たときにはなかった古代文字がはっきりと刻まれていた。
「なんて書いてあるの?」
「ロドラーンの名において、汝を追放せり」
ロドラーンはおごそかに言った。
「封印したところで、また何千年かたてばあいつはよみがえる。だとすれば、この世界から追い出すしかないんだよ」
「できるんだね。そんなことが」
「そのためにこそ、わたしは生まれ、長年力を蓄えてきた。インファーレンから砂竜の驚異を無くすことは、ロドルーンの悲願だ」
ロドラーンは、机の上に積み重なった本や筆記具の山をかきわけて、まだ矢尻のない一本の矢を引っぱり出した。銀製で、白い矢羽がついている。
それに矢尻を取り付けながら、
「こいつが再び砂竜の急所に突き刺されば、魔法は成就する。砂竜は二度とこの世界に戻れない」
「それで」
ダグが、はっとしたように言った。
「誰が弓を引くんだ」
「ロドルーン同様、わたしも弓は不得手なんでね」
ロドラーンは答えた。
「おまえに決まってるだろ、もちろん」
「わたし?」
ダグは叫んだ。
「なんで、わたしなんだ」
「ザンの子孫だ。なんのために矢尻がおまえのところへ行ったと思っている」
「冗談を言わないでくれ。わたしは、竜の星に一度も命中したことがないんだぞ」
ダグは声を荒げた。
「名人はいくらでもいる。だいたい、こんな時のために王の射手が選ばれるんだろうが」
「弓引きを決めている時間などないんだよ」
ロドラーンは肩をそびやかした。
「砂竜はもう目覚めている。一刻を争うんだ」
「インファーレンを救うなんて、このわたしにできるわけがない」
ダグは本気で怒っていた。
「ザンの血筋だからって、責任を押しつけられてたまるものか」
「魔法にも相性がある。矢尻はあんたを選んだんだ」
「わたしの父親なら話はわかるさ。だが、わたしなんて」
「おまえの父親はもういない。墓場から引っぱり出して来るわけにはいかないだろうが」
ロドラーンは大きく手をふってダグを黙らせ、部屋の奥の扉を開けた。
「こうやっている暇はない。急いで砂漠に向かう」
扉の向こうは広い厩になっていて、二頭の白馬がつながれていた。
ロドラーンは一方の馬の手綱を取り、アイルに渡した。
「ダグを乗せて、わたしについて来い」
「わたしは馬になんて乗ったことはないぞ」
ダグが抗議した。
「アイルの後ろにつかまっていれば、落ちはしないさ」
「わたしは、行く気はない」
「言っておくが、ここから出る機会は今しかないぞ」
ロドラーンは馬を引き出しながら、あっさりと言った。
「わたし自身がこのすみかの鍵だからな。わたしがいなくなれば洞窟は閉ざされ、二度と地上には戻れない」
ダグは悪態をついた。
ロドラーンはかまわず馬に飛び乗った。
厩の壁が突然消えて、代わりにまっすぐな通路が現れた。馬を走らせるには十分な広さだ。
ロドラーンを乗せた馬は、ぐいと首を一振りすると、すばらしい速さで駆け出した。
残された馬は、アイルを促して一声いなないた。
「とにかく、ここを出なくちゃ、ダグさん」
アイルは言った。
「ロドラーンの言ったことは、嘘じゃないみたいだよ」
消えたはずの壁は、また実体を取り戻しつつあった。通路を遮って灰色の靄のようなものがたちこめ、それはしだいに濃くなっていく。
アイルは馬にまたがり、ダグに手を伸ばした。
ダグは一瞬ためらったが、顔をゆがめてアイルの手を取った。
ダグが乗るのを待ちかねたように、馬は駆けだした。
靄の壁を抜ける時、一瞬、水面に叩き付けられたような抵抗があった。
振り返ると壁は完全に戻っていた。やがてそれも、闇の中に消えた。
通路の前方もまったくの闇だったが、走る馬のまわりだけはぼんやりと明るかった。
これは魔法の通路なのだろうとアイルは思った。
来た時のことを考えれば、だいぶ地底深くに降りているはずなのに、斜面はなく、平原を走っているような感覚だ。馬のひずめの音もせず、ただ耳元を風が切って行くばかり。
ロドラーンがどのくらい先を行っているのかは、わからなかった。後ろのダグは、ずっと黙りこくってアイルの背中につかまっている。
「ごめんね、ダグさん」
アイルはつぶやいた。
「ぼくさえダグさんのところに来なかったら」
そもそも自分が砂竜の矢尻を引き抜いたりしなければ。たとえ砂竜が目覚めるまぎわだったとはいえ、事態はもっと違ったものになっていたのではないだろうか。こんなふうにダグを苦しめることもなかったのでは?
「いや、きみのせいじゃない」
ダグは首を振った。
「これは、何かの間違いなんだ。もう一度、ロドラーンに言ってやる」
その時、突然空気の感じが変わり、目の前の闇にぼっと光が差し込んだ。
馬は、光の中に飛び込んだ。
風が吹いている。
アイルは目をしばたたいた。岩肌がむき出しになった褐色の大地。地面にしがみつくようにして生えている丈の低い植物群。
懐かしい砂漠の光景がそこにあった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
黒いモヤの見える【癒し手】
ロシキ
ファンタジー
平民のアリアは、いつからか黒いモヤモヤが見えるようになっていた。
その黒いモヤモヤは疲れていたり、怪我をしていたら出ているものだと理解していた。
しかし、黒いモヤモヤが初めて人以外から出ているのを見て、無意識に動いてしまったせいで、アリアは辺境伯家の長男であるエクスに魔法使いとして才能を見出された。
※
別視点(〜)=主人公以外の視点で進行
20話までは1日2話(13時50分と19時30分)投稿、21話以降は1日1話(19時30分)投稿
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
別に構いませんよ、離縁するので。
杉本凪咲
恋愛
父親から告げられたのは「出ていけ」という冷たい言葉。
他の家族もそれに賛同しているようで、どうやら私は捨てられてしまうらしい。
まあいいですけどね。私はこっそりと笑顔を浮かべた。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる