23 / 31
22
しおりを挟む
「……初耳だわ」
シャガルに住んで十年、領主の娘でさえ知らない事実だ。
「だからこれは本当に秘密なんだ」
真面目な顔でエドが言う。実際にわたしが風に乗って空を飛んでいなければ、信じられなかったと思う。
エドはポケットから小さな革の袋を取り出した。小銭でも入っているのかと覗き込んでみれば、中には金色の砂が入っていた。
この砂はシャガルでしか採れないものだ。
シャガルの領旗。夜会の時にわたしが着ていたドレスの色。深い緑は広がる樹海の色、三本の青い川が流れ、その縁を金糸が彩っている。この金糸は川で取れる細かな金色の砂を象徴している。
初めてその石が発見された時は、砂金かと思われた。だが砂金でない事はすぐにわかった。軽いのだ。石というよりは、琥珀の粒のよう。その砂は溶かすことも砕くこともできず、大きな欠片も見つからなかったので、宝石として売り出すこともできずに忘れられていった。
ある時ふと、この砂を混ぜた土壌で育つ薬草の効果が他よりほんの少し高いことが発見される。気休めと変わらない、ほんの少しだけ。
それから何人か、何代か、ちらほらとこの砂について研究する者もいたが、大した成果もなく長い間、この砂は薬草のちょっといい肥料として使われていた。
「この砂は魔力そのものなんだ。でも、誰も砂から魔力を抽出することが出来なかった」
「エドが発見したの?」
エドは首を振った。残念ながら、と。
「あの大規模な風魔法は砂の魔力を使ったんだ。砂を使うには相性があって、僕は割と条件に合っていたからね。でも初めてだし加減がわからないし、魔力を使いすぎて丸一日寝込む羽目になったよ」
「初めて?」
わたしはぎょっとしてエドを見つめた。
あの並外れた砂の魔力を、王宮で初めて使って、船まで空を飛んで来た?
「途中で力尽きたらどうするつもりだったの!」
「お嬢様には絶対に怪我なんかさせるつもりはなかったよ。実際うまく行ったし」
褒めて欲しいのか、エドは満面に極上の笑みを浮かべた。夕暮れの薄明かりでも、印象的な瞳が輝いて見える。整った顔立ちをあらためて間近で見ると、少し恥ずかしい。
「……ありがとう、と言っておくわ」
実際エドが何のつもりでわたしとサヤをこの船に乗せたのか、まだよくわかっていない。
わたしに対して悪意はない、と思う。何かするつもりならそんな機会は山ほどあった。
ただそれは悪意に限ってのことで、あの気色悪い第一王子のように、わたしを側妃にするために船に乗せた可能性は否定できない。ないとは思うけれど。エドはわたしが日焼けしても文句を言わないので。
「とにかく、この砂で魔力を増幅できる。それが知られてしまったんだ」
「誰に?」
「王家に、だよ」
辺境に住んでいるわたしでさえ知らない間に、密かに続けられていた砂の研究。それが実を結んだら、そしてその成果が常識を覆すほどの力だったとしたら。
「王家は砂を独り占めするつもりなのね」
ちまちまと隣国と戦って領地を増やしたり減らしたりしている場合ではない。王軍をもって隣国を蹴散らして、ついでに辺境も王領にして莫大な魔力を手にしてしまえば、辺境どころか隣国全てをも征服できるだろう。
あのフェチ王家に……征服される……?
シャガルに住んで十年、領主の娘でさえ知らない事実だ。
「だからこれは本当に秘密なんだ」
真面目な顔でエドが言う。実際にわたしが風に乗って空を飛んでいなければ、信じられなかったと思う。
エドはポケットから小さな革の袋を取り出した。小銭でも入っているのかと覗き込んでみれば、中には金色の砂が入っていた。
この砂はシャガルでしか採れないものだ。
シャガルの領旗。夜会の時にわたしが着ていたドレスの色。深い緑は広がる樹海の色、三本の青い川が流れ、その縁を金糸が彩っている。この金糸は川で取れる細かな金色の砂を象徴している。
初めてその石が発見された時は、砂金かと思われた。だが砂金でない事はすぐにわかった。軽いのだ。石というよりは、琥珀の粒のよう。その砂は溶かすことも砕くこともできず、大きな欠片も見つからなかったので、宝石として売り出すこともできずに忘れられていった。
ある時ふと、この砂を混ぜた土壌で育つ薬草の効果が他よりほんの少し高いことが発見される。気休めと変わらない、ほんの少しだけ。
それから何人か、何代か、ちらほらとこの砂について研究する者もいたが、大した成果もなく長い間、この砂は薬草のちょっといい肥料として使われていた。
「この砂は魔力そのものなんだ。でも、誰も砂から魔力を抽出することが出来なかった」
「エドが発見したの?」
エドは首を振った。残念ながら、と。
「あの大規模な風魔法は砂の魔力を使ったんだ。砂を使うには相性があって、僕は割と条件に合っていたからね。でも初めてだし加減がわからないし、魔力を使いすぎて丸一日寝込む羽目になったよ」
「初めて?」
わたしはぎょっとしてエドを見つめた。
あの並外れた砂の魔力を、王宮で初めて使って、船まで空を飛んで来た?
「途中で力尽きたらどうするつもりだったの!」
「お嬢様には絶対に怪我なんかさせるつもりはなかったよ。実際うまく行ったし」
褒めて欲しいのか、エドは満面に極上の笑みを浮かべた。夕暮れの薄明かりでも、印象的な瞳が輝いて見える。整った顔立ちをあらためて間近で見ると、少し恥ずかしい。
「……ありがとう、と言っておくわ」
実際エドが何のつもりでわたしとサヤをこの船に乗せたのか、まだよくわかっていない。
わたしに対して悪意はない、と思う。何かするつもりならそんな機会は山ほどあった。
ただそれは悪意に限ってのことで、あの気色悪い第一王子のように、わたしを側妃にするために船に乗せた可能性は否定できない。ないとは思うけれど。エドはわたしが日焼けしても文句を言わないので。
「とにかく、この砂で魔力を増幅できる。それが知られてしまったんだ」
「誰に?」
「王家に、だよ」
辺境に住んでいるわたしでさえ知らない間に、密かに続けられていた砂の研究。それが実を結んだら、そしてその成果が常識を覆すほどの力だったとしたら。
「王家は砂を独り占めするつもりなのね」
ちまちまと隣国と戦って領地を増やしたり減らしたりしている場合ではない。王軍をもって隣国を蹴散らして、ついでに辺境も王領にして莫大な魔力を手にしてしまえば、辺境どころか隣国全てをも征服できるだろう。
あのフェチ王家に……征服される……?
0
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。

【完結】無能に何か用ですか?
凛 伊緒
恋愛
「お前との婚約を破棄するッ!我が国の未来に、無能な王妃は不要だ!」
とある日のパーティーにて……
セイラン王国王太子ヴィアルス・ディア・セイランは、婚約者のレイシア・ユシェナート侯爵令嬢に向かってそう言い放った。
隣にはレイシアの妹ミフェラが、哀れみの目を向けている。
だがレイシアはヴィアルスには見えない角度にて笑みを浮かべていた。
ヴィアルスとミフェラの行動は、全てレイシアの思惑通りの行動に過ぎなかったのだ……
主人公レイシアが、自身を貶めてきた人々にざまぁする物語──
※ご感想・ご意見につきましては、近況ボードをご覧いただければ幸いです。
《皆様のご愛読、誠に感謝致しますm(*_ _)m》

側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。
あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します
矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜
言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。
お互いに気持ちは同じだと信じていたから。
それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。
『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』
サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。
愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。
私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。
さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。
許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。
幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。
(ああ、もう、)
やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。
(ずるいよ……)
リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。
こんな私なんかのことを。
友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。
彼らが最後に選ぶ答えとは——?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる