令嬢は故郷を愛さない

そうみ

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 昔、拐われた夢をみたことがあるわ。

 シャガルに連れられてすぐの頃だったかしら。まだ八歳の時ね。

 シャガルの邸にはきれいな庭園もない、音楽もない、窓から見えるのは堅い城壁と深い森だけ。レースもフリルもリボンもふわふわのぬいぐるみもない、真っ白で飾り気のない壁紙とリネン、木材の色のまま可愛い色に塗装もされていない味気なくて無骨な調度品。

 今までに親しんできたものが何もなくて、わたしはとても悲しかったの。

 それから、毎日のお勉強。

 今までの先生とは違って、とても厳しくて、でもまだ十五歳なのに、わたしについてきてくれたサヤも十六歳のスレインも、密かにタイナイラを懐かしんでいることを知っていたから、わたしだけ辛いなんて言えなかったの。

 せめて窓から海が見たいと思ったわ。

 キラキラ輝くあの水面は、タイナイラにも続いているんでしょう?

 悲しくて寂しくて、我慢して我慢して、でもとうとうわたしは熱を出して寝込んでしまったの。

 その夜に、人拐いに遭ったの。

 熱を出したわたしを毛布ごと懐に包んで、夜の森を馬で抜けて。

 明け方の海を見たの。まだ空は夜の色なのに、海の上はうっすら白くなっていたわ。

 ああ、海だわ、とわたしはとても嬉しくなって、人拐いにありがとうって言ったの。可笑しいでしょう? 人拐いなのにね。夢だからいいの。

 港で夜中の漁を終えた漁師達に、人拐いが声をかけて大鍋で煮ていた朝ごはんを分けてもらったの。

 それまで悲しくて食欲もなくてあまり食べられなかったのだけど、その人がスプーンで掬って食べさせてくれた朝ごはんは温かくて柔らかくてうっすら海の味がして、とてもおいしかったわ。

 おいしいね、って言うと、その人は大きな手でわたしの頭をそっとそっと、たからものみたいにそっと撫でたの。

 それがとても気持ちが良くて、わたしはまた眠ってしまったの。

 目が覚めるといつもの味気ない部屋で、あれは夢だったんだってわかったの。

 でもお腹がぽかぽかして、夢で撫でられた頭がすこしくすぐったくて、熱も下がっていたわ。

 それからわたしは少しずつシャガルに慣れていったの。

 あの夢のおかげよ。
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