令嬢は故郷を愛さない

そうみ

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 ゆでたてでまだほんのりあたたかい深海イカは、オイルに漬ける前で調味料もなにもつけずにいただく。小さいイカは一口サイズで、口に入れると柔らかく、潮の匂いそのままの味がする。ひとつ、ふたつと口に含むと、いつの間にかエールを注文してしまう。

 小さい頃に食べたなら、エールは飲めなかっただろうと思うと惜しい……とふと手を止めた。

「お姉さん、折角だからオイル漬けもお願いできる? 食べ比べてみたいの」

 小鉢に盛られた深海イカのオイル漬けは、日持ちするよう強めの香辛料で味付けされて、新鮮な植物オイルに浸されている。これはこれで身が締まってとても美味しい。エールにはこちらのほうが合いそうだ。

 でもわたしが知っている、食べたことがあると思ったのは、茹でた深海イカだ。柔らかく温かい。

 このイカはこの港の近海でしか採れないので、タイナイラの港ではゆでたては食べられない。

「サヤ、スレイン、わたしはこの港に来たことがある?」

 シャガルに来てからずっと一緒にいたはずの二人ともが不思議そうな顔をしながら首を振った。

 わたしはいつ、これを食べたのだろう。


 些細なことが気になりつつ、深海イカを手土産に買い込んで夕方発の船に乗った。

 どうやらハイシーズンらしく、大きな船だが乗客は一杯で、馬車は乗せられないと断られていたので、馬で来て正解だった。

 人気の理由は日が落ちてからわかった。

 船上から深海イカの灯りを見ることができるのだ。デッキはかなり賑わっていた。

 真っ黒な海に、小さな瞬きがふわりふわりと夜空の星のよう。振り仰いで空を見ると、新月の濃い夜空に本物の星が見えて、星空に浮かんでいる気分になる。少し遠くに漁船が灯りをつけてイカを呼び寄せている。

 夢のような光景に見入っていられたのはたったのひとときだった。

 初めての船と人いきれで船酔いをおこしてしまい、何故か平気なサヤを残してスレインと二人、船尾から食べたばかりの深海イカを海に還しながら一晩を明かした。

 わたしが海に還した深海イカを、浮かんできた深海イカが食べて、その深海イカを漁師が獲ってまたわたしたちの口に入る……難しいことは酔っていないときに考えるほうがいい。

 翌日の昼前にタイナイラの港に着いた。
 こちらの海は浅いので、岸に船をつけることができず、地面まで海の上に桟橋が長く伸びている。馬車も通れる頑丈なつくりだ。

 それはわかっているのだが、正直騎乗できる状態ではない。馬もこころなしか乗って欲しくない様子で、少しぐったりしている。勝気な軍用馬なのに船旅がよっぽど堪えたらしい。地面がまだ揺れている気がする。
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