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「デザートはやっぱりパイと紅茶ですねえ」
サヤは好物のチェリーパイが残っていたのでご満悦だ。わたしはクリームパイを小さく切って、顔に巻いた布の間から口に入れる。案外食べにくいので、見かけの怪我も治してもらえばよかったと後悔している。スレインは店主と話し込んでいた。
「夜の営業は特に、前払いにした方がいい。支払いを渋るようならエールに水を混ぜて薄めてやれ。料理も食べ残しをいい感じに盛り付ければ満足するだろう」
「そんな事をしたら仕返しが」
「大丈夫」
スレインは心配そうな店主に笑顔を見せた。整った顔立ちのスレインに極上の笑みを見せられて、同性の店主すらほんのり頬を染めた。
「こんなこと、いつまでも続かないよ」
スレインのつぶやきは、領民の願いでもある。軍人たちが横暴に振る舞い、街の治安は悪化の一方。領主は領民を顧みず、街の人たちは疲弊している。
クリームパイは美味しかったけれど、心には苦いものが残る。
スレインが席に戻ってお茶を飲んだあと、料金を支払って店を出た。
大通りからさらに一筋、二筋と移動すると灯りがさらに減ってゆく。ほぼ月明かりだけになったあたりで、足を止めた。
「全員、来てる?」
小さく呟くと、サヤがこくんと頷いた。
「殺しますか、捕らえますか?」
囁くようにスレインが言う。
「お店で大銀貨二枚を払ったから、殺しても元は取れるわ。わたしではうまくできそうにないから、任せていい?」
「では私が」
サヤが振り返り、ローブの中から両手にナイフを取り出した。
「なんだ、気付いてたのか。暗がりに向かって行くから誘ってるのかと思ったら。そんなちっちゃなナイフで抵抗するつもりか?」
隠れようともせず付いてきていたドリスとその部下達が、下卑た笑いを浮かべている。
「痛い目に遭う前にそこの兄ちゃんが金袋を置いてけば、女は殺さずに可愛がってやるよ」
「兄ちゃんも男前だからな。綺麗な顔のままなら良いところに行けるかもな」
酔いがまだ残っているのか、大声で揶揄してくる。その一番後ろに居た男の喉の真ん中に、ナイフが深々と刺さるまでは彼らは確かに上機嫌だっただろう。
「何をした!」
声もあげずに仰向けに倒れた仲間を振り返り、彼らがもう一度こちらを向いた時には、サヤがローブの中から補充したナイフが部下の二人の喉に刺さっていた。
「今日はお嬢様が怪我をさせられて気分が悪いので、殺します」
サヤが宣言と同時に、残ったドリスの喉仏すれすれにナイフの切先を向けた。
「お前たち……何……」
「クズは駆除しても駆除しても湧いてくるので不愉快です。お前ごときを消したところで私の寝覚めがほんの少し良くなる程度ですけどね」
ドリスが絶命するまでに、サヤの言葉が全部聞こえたかはわからない。
「一人くらい生かして運ばせればよかったのに」
今更スレインが詮無いことを言う。
「アーシアお嬢様に不埒な事をしようとした下衆を生かしても、何のためにもなりません」
きっぱりとサヤが言い、ローブの下の物入れから大きな布を取り出して、スレインが集めた死体に被せる。
「後始末は任せましょう。少しスッキリしました」
ナイフを深く刺しただけなので、ほとんど血も飛んでいない。道端の覆い布さえなければここに死体があるなんて誰も思わないだろうし、この治安の悪さでは夜に出歩く人もそうそういない。
「二人とも、ご苦労様」
ローブを深く被り直して、暗がりに足を早めた。
サヤは好物のチェリーパイが残っていたのでご満悦だ。わたしはクリームパイを小さく切って、顔に巻いた布の間から口に入れる。案外食べにくいので、見かけの怪我も治してもらえばよかったと後悔している。スレインは店主と話し込んでいた。
「夜の営業は特に、前払いにした方がいい。支払いを渋るようならエールに水を混ぜて薄めてやれ。料理も食べ残しをいい感じに盛り付ければ満足するだろう」
「そんな事をしたら仕返しが」
「大丈夫」
スレインは心配そうな店主に笑顔を見せた。整った顔立ちのスレインに極上の笑みを見せられて、同性の店主すらほんのり頬を染めた。
「こんなこと、いつまでも続かないよ」
スレインのつぶやきは、領民の願いでもある。軍人たちが横暴に振る舞い、街の治安は悪化の一方。領主は領民を顧みず、街の人たちは疲弊している。
クリームパイは美味しかったけれど、心には苦いものが残る。
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大通りからさらに一筋、二筋と移動すると灯りがさらに減ってゆく。ほぼ月明かりだけになったあたりで、足を止めた。
「全員、来てる?」
小さく呟くと、サヤがこくんと頷いた。
「殺しますか、捕らえますか?」
囁くようにスレインが言う。
「お店で大銀貨二枚を払ったから、殺しても元は取れるわ。わたしではうまくできそうにないから、任せていい?」
「では私が」
サヤが振り返り、ローブの中から両手にナイフを取り出した。
「なんだ、気付いてたのか。暗がりに向かって行くから誘ってるのかと思ったら。そんなちっちゃなナイフで抵抗するつもりか?」
隠れようともせず付いてきていたドリスとその部下達が、下卑た笑いを浮かべている。
「痛い目に遭う前にそこの兄ちゃんが金袋を置いてけば、女は殺さずに可愛がってやるよ」
「兄ちゃんも男前だからな。綺麗な顔のままなら良いところに行けるかもな」
酔いがまだ残っているのか、大声で揶揄してくる。その一番後ろに居た男の喉の真ん中に、ナイフが深々と刺さるまでは彼らは確かに上機嫌だっただろう。
「何をした!」
声もあげずに仰向けに倒れた仲間を振り返り、彼らがもう一度こちらを向いた時には、サヤがローブの中から補充したナイフが部下の二人の喉に刺さっていた。
「今日はお嬢様が怪我をさせられて気分が悪いので、殺します」
サヤが宣言と同時に、残ったドリスの喉仏すれすれにナイフの切先を向けた。
「お前たち……何……」
「クズは駆除しても駆除しても湧いてくるので不愉快です。お前ごときを消したところで私の寝覚めがほんの少し良くなる程度ですけどね」
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「一人くらい生かして運ばせればよかったのに」
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きっぱりとサヤが言い、ローブの下の物入れから大きな布を取り出して、スレインが集めた死体に被せる。
「後始末は任せましょう。少しスッキリしました」
ナイフを深く刺しただけなので、ほとんど血も飛んでいない。道端の覆い布さえなければここに死体があるなんて誰も思わないだろうし、この治安の悪さでは夜に出歩く人もそうそういない。
「二人とも、ご苦労様」
ローブを深く被り直して、暗がりに足を早めた。
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