令嬢は故郷を愛さない

そうみ

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 わたしの父は辺境自治領軍人で、女子供関係なく暴力をふるう。
 
 何年も前から小競り合いの続く隣国との国境添いに領地をもつシャガル辺境伯であり、辺境軍の将軍でもある父ロウ・シャガルが本気でわたしを打てば、一撃で死ぬだろうことはわかっているはずなので、多分手加減はしているはずだが、平手を一発食らうだけでわたしの体は吹っ飛び、壁か床に身体をしたたかに打ち付ける。

 暴力は日常的に行われるわけではないことが唯一の幸いだ。

 父の機嫌を損ねなければ良い。ここ数年ではコツをつかんで、数えるほどしか打たれていない。

 母は父の暴力に耐えかねて、わたしを産んですぐ離縁して、実家に戻った。わたしも連れて行ってくれたものの、継子がわたししかいないという理由で、わたしが八歳のときに父のもとへ連れ戻された。

 以来十年ずっと、わたしはここで母の代わりに辺境伯家の家政をしている。父は後妻を娶らなかった。地位は辺境伯とはいえ、紛争地帯の暴力的な男性のもとへ、しかも後妻で嫁ぎたいもの好きもいないだろう。

 そんなわたしの生活は昨年結婚してからも変わらない。いや、父と同じく暴力夫であるクライブが増えたぶん悪化したともいえる。

 継子がわたししかいない我が家は、辺境軍の師団長を婿養子に迎えた。もちろん父の一存で。わたしの意思などあるはずもない。

 クライブは父に鍛え上げられたことが誇りの生粋の軍人で、父を見習って気に入らないことがあればわたしを打つ。

 今もわたしは床に膝をつき、打たれた頬に手を当てている。口も切ったらしく血の味がして、床に数滴の血がこぼれた。

 後ろに控えたメイドは顔色こそ蒼白だが動かない。次期辺境伯夫人であるわたしでさえこのざまなのだ。身分の低いメイドがわたしをかばえばもっとひどい目にあわされることがわかっているので、あらかじめ言い含めてある。側近という名のでくのぼうたちは父と夫のいいなりだ。

「馬を買う金が足りないならおまえの費用や使用人の給料を削れ。我が家は国防を担う大事な役目がある。邸で遊んで暮らすおまえにはわからんだろうがな!」

 既にわたしにかかる費用は最低限で、食費も軍人たちの一日分がわたしのひと月分だ。着古してところどころ擦り切れたわたしのドレスや、食事もすでに切り詰められて痩せた使用人は目に入らないらしい。軍馬の毛艶には人一倍敏感なのに。

 最近隣国の力が増していて、父も夫もピリピリしている。

 軍馬を増強するための資金を調達するよう言い出したのもそのせいだ。だが我が家に国から下りる国防費は、もともとすべて軍備に充てている。軍人たちだけは待遇が良いのだ。そのぶん領内には資金がまわらず、税収は上がらない。

「承知いたしました。そのように」

 ふらつく身体を無理やり起こし、一礼すると夫は満足げに顎を上げた。軍馬の資金などどこを振っても出てこないことを今更説明しても、もう一発くらうだけだ。馬を飼うには費用がかかる。厩舎、飼葉、調教人、馬番、馬を増やせばそれだけ経費もかかるのだが、父も夫もそこまで考えが及ばない。

 使用人の待遇を下げれば質も下がる。母が父にそれを説いたところ、まだ首も座らぬわたしごと蹴り飛ばされ、命の危険を感じて家を出たという。だからわたしはそのことについては触れない。
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