流され追放令嬢は隣国の辺境伯に保護されました

そうみ

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冬の結婚式

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 季節は秋から冬に変わる。
 サスティア領は東にある山脈に雲が遮られて、雪はほとんど降らない。かわりに冷たい風が強く吹く。
 冬の晴れた日、ケインとリラの結婚式が領館のある街と、リラが一番馴染んだ砦で行われた。街から砦までの、騎士たちと披露目のパレードのためにリラは乗馬を特訓した。馬車よりも馬のほうが周りが良く見える。それに折角ケインに贈られた馬のルナと、一緒にパレードに出たかったのだ。

 最近のサスティア領は相変わらず乾燥していたが、産業的には潤い始めている。郷土名産としてドライフルーツや、シャーロッテのレシピを使った保湿効果の高いオイルやクリームなどが王都でも流通が始まって、良い収益源となっている。砦周辺で飼育する軍馬も、王都のものより強く勇ましいと評判になりつつある。それによってケインの領主としての仕事は忙しくなったが、ハイネスが息子たちを育てがてら頑張っている。もう少し成長すれば、領宰補佐としてやっていけるだろう。フルーツや化粧品の加工作業は領主婦人たちが主となって、街の住民や兵士の妻たちの収入となっている。農閑期になると保湿化粧品作りに農家も加わって、レシピには大幅なアレンジが加わった。もともとドライ加工する前のフルーツも豊富に採れる土地ではあったが、領外へ流通させるには日持ちのしないものが多かった。消費しきれないものや、ドライ加工に向かないフルーツからオイルを抽出して化粧品に混ぜ込んだり、香り付けすることなども考案され、辺境の防衛軍としてしか認知されていなかった領が、一気に活気づき始めた。
 きっかけになったリラのことは、領主ケインの花嫁で女神の愛し子として周知され、歓迎されている。マルカ国との受け止められ方の違いに戸惑ったリラだったが、すぐに馴染んだ。好意を素直に受けとるのは易しいことだ。リラはいつのまにか笑顔を取り戻していた。

 ウェディングドレスの上に暖かな羊毛を織ったコートを纏い、ヴェールのかわりにふかふかの帽子をかぶった姿のリラはルナに横乗りして、盛装したケインの乗るスバトと並んだ。ルナもスバトも花冠をつけて、綺麗な透かし加工のある馬装で飾られている。前後を領の象徴色である臙脂色の軍服を着て、豪奢な縁取りのついたマントを身につけた騎士が取り囲みつつ進む様は壮観だった。領民は沿道に出てパレードを見送り、この季節に咲く小さな白い花を撒いて領主夫妻を祝福した。
 馬で駆ければ半日の旅程を、ゆっくり二日かけて辿る。道中ケインはしょっちゅう馬をリラに寄せて、寒くはないか、痛いところはないか、お腹は空かないかと世話を焼いた。美形ではあるが全く緩まない強面の領主の、蕩けるような顔をはじめてみた領民たちはさらにリラに喝采を贈った。
 子どもたちは沿道で、手作りの木剣を騎士の礼の形に掲げてパレードを飾った。領の騎士は領民たちの憧れの職業だ。将来は有望な領兵になることだろう。その中に女の子の姿もちらほら混じっているのは、ケインの妹マーガレットの影響が大きい。男神の加護の髪色を持つ子がよく授かるサスティアでも、鉄錆色の髪の女の子が生まれるのは珍しい。ここ百年以上はなかった珍事であり慶事だ。おかげで女の子の騎士希望が増えている。そのマーガレットはパレードの後方でケインの父と一緒に騎乗していたが、興奮しすぎたのか途中で眠ってしまっていた。そばには双子がついている。将来マーガレットをめぐって双子が鞘当てをすることになるのだが、そのことは今はまだ誰も知らない。

 午後の遅い時間に中間地点の別邸に到着した。ここは普段使われていない保養地だ。大規模な戦闘があった時などに、前線から引いた怪我人を治療するための施設。サスティアはそもそもアイム国の前線軍事基地だ。軍備ありきで発展してきた。そんな保養施設が、今日にあわせて磨かれて、炉には火が入り、ふかふかの絨毯や防寒用の毛織の布がかけられている。最終点検したリラも満足の出来だ。最近は下働きの仕事のレベルもあがっている。これもリラの指導あってのこと。

 温かな部屋でリラの淹れたお茶を飲んで、二人でやっと人心地ついた。夜会での国王の婚姻宣言から結婚式までずいぶん時間がかかってしまったが、することが山のようにあって体感時間はあっという間だったような気がする。マルカ国との和平に伴って国境の警備体制が変わり、視察を受けたり、領の産業を発展させたり。
 
「疲れただろう。あと一日、頑張ってくれ」

 このふた月で一番変わったのはケインだろう。リラがぐいぐい攻めるのに負けるまいとしたのか、ケインの態度がびっくりするくらい甘くなった。二人きりの時限定ではあるが。

「ケイン様こそ、お疲れではないですか? わたくしはルナに乗って揺られていただけですし」
「領民に語りかけていただろう。皆リラのことが好きでたまらないようだ」
「嫉妬してくださるのでしょうか?」
「ああ、そうだ」
 
 少し揶揄ったつもりが、真顔で返されて、逆にリラが戸惑う。

「リラの笑顔は常に俺に向けて欲しいし、声は俺だけが聞いていられれば良いと思う」

「ケイン様、少し飲みすぎたのではないですか?」

 甘くなったと思ってはいたが、リラの今まで知るケインはこんなに直接言葉であらわすことはなかった。

「酔っていない。婚姻して、結婚式を挙げて、ずっと待っているのに、俺は」
「……?」
「リラ、どうか、俺の望みを叶えてくれないか」

 望みとは。
 リラは笑顔を保ちつつ、頭の中で高速で記憶を回す。何か望まれたことはあっただろうか。
 もしかして。

「ケイン様、あの、子供はすぐに生まれるものではないので……」
「子供はもちろん欲しいが、ちがう」

 えええ……。
 閨ではたまに子供について話したりしたのだが。どちらに似ればいいとか、男の子がいいとか女の子がいいとか。冷ややかなはずのみずいろの瞳が熱っぽくリラを見下ろしている。ケインの望みなんか、その場ですぐに叶えてきたはずなのに。

「もしかして、小腹が空きました? こんなこともあるかと、クッキーなら焼いてあります」
 
 ケインのお気に入りのプレーンクッキーを手荷物から取り出して見せたが、ケインは少し眉尻を下げて、それでもクッキーを食べた。
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