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第二王子の受難
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ごゆっくりの延泊をしたあと、サスティア辺境伯夫妻は一度領館に寄り、それからのんびり砦に戻った。
砦ではまた結婚祝いで大騒ぎになった。先の戦勝祝いも兼ねている。領館から持ってきたエールとワインが振舞われて、リラはオムレツの代わりにキッシュを作った。キッシュは取り合いになるほど好評だったが、最後にはやっぱりオムレツも食べたいと言われた。大丈夫、想定範囲内だ。たまごも取って置いてある。
一晩と半日ほどいつものように騒ぎ倒したあと、捕らえていたクリオスフィートと面会した。
リラの記憶よりクリオスフィートは痩せていて、暗い表情をしていた。自信に満ちてキラキラした第二王子の面影がなくなっていた。
クリオスフィートは、ケインに伴われたリラに婚姻の祝辞と、それから謝罪を述べた。
虜囚とはいえ隣国の王子は丁重に扱われていた。ただここは邸ではなく、辺境の砦だ。王宮ほどのもてなしはできない。クリオスフィートを収監したのは牢屋ではなく貴人用の、それなりに広い監禁室だ。領主の許可がないために拷問なども行われていない。昼間は下女も付く。待遇は決して悪くはない。
しかし食事が不味かった。
泥付き皮付きの焦げて生煮えの芋、カチカチのパン、毎日味がないかしょっぱいか酸っぱいかわからない謎の具入りスープ、なんだかわからない焦げたり生だったりする肉、殻入りの焦げたスクランブルエッグ。極めつけに井戸水の方がはるかに美味しいと思えるお茶。もともとの砦の普通の食事だが、当然クリオスフィートの口には合わなかった。
砦の料理当番たちはわざと、クリオスフィートの食事を不慣れなものに任せていたのだ。そしてリラがこの食事を改善したのだとこれ見よがしに褒めて聞かせた。リラが許さなければ、リラのレシピの食事は出せないと言い、食事に屈したクリオスフィートはリラに謝罪をした。
食事だけではなくて、乾燥した強風に煽られてゴワゴワになったリネンや着替えなども、地味にクリオスフィートの自尊心を抉ったらしい。面会した時にはゴワついた綿のシャツを着ていた。精緻な刺繍が所々ほつれていたのは、他のものと一緒くたに洗濯されたからだろう。決して拷問の後ではない。
リラは謝罪を一部受け入れて、食事を作って出した。リラがわざわざ作らなくてもと料理当番たちは言っていたが、これはリラの線引きだ。食事を作る程度には謝罪を受ける。ケインにも無礼な態度を詫びたのだから。だが十年以上に渡る王子妃候補としての王宮での扱いについては、謝罪を受け入れるつもりはないとはっきり宣言した。
黙って聞いていたクリオスフィートは、リラの作った温かい食事を、鼻を啜りながら食べた。
面会のあとすぐ、マルカ国の国王から今回の侵攻について、正式な謝罪と賠償金の提示、それから和平への申し出があった。通達があってすぐ、クリオスフィートは王都に送られた。王都で同時に捕えられた第一王子一行と合流して、マルカ国に送還されるらしい。婚約者関連のことは国外のリラ達には詳しく伝わっては来ないが、今回の婚約者達は全て破棄され、令嬢は王宮の監視下に置かれて侍女として勤めることになるらしい。王子たちの新たな婚約についてはリラの感知するところではない。
「そういえば、リラが復讐したとか言うあれは、そろそろ教えてもらえるのか?」
正式に和平が結ばれて国交ができたので、明日にはハルフネン侯爵家のリラの両親と兄がサスティアに来ることになっている夜。自室をケインの隣に移して同じ寝台の上、以前内緒だと言われたリラの復讐についてケインは問うた。
あのときは結果はまだ先だと、内容を教えてもらえなかったのだ。
「多分、まだです。もう少し先かと。でも明日、両親とお兄様がこちらに来たら、一緒に聞いていただけますか」
こめかみにくちづけをうけて、くすぐったいと笑いながらリラは言った。
言葉を待つのはやめた。自分で言うのもとても勇気がいるのだ。ケインだって同じに違いない。だから、態度で示すことにした。それからケインをしっかり見て僅かな動作も表情も見逃さないようにした。口下手なケインは、しっかりとその瞳に愛情を乗せている。リラがちゃんと受け止めれば確かにそこにあるものだった。
砦ではまた結婚祝いで大騒ぎになった。先の戦勝祝いも兼ねている。領館から持ってきたエールとワインが振舞われて、リラはオムレツの代わりにキッシュを作った。キッシュは取り合いになるほど好評だったが、最後にはやっぱりオムレツも食べたいと言われた。大丈夫、想定範囲内だ。たまごも取って置いてある。
一晩と半日ほどいつものように騒ぎ倒したあと、捕らえていたクリオスフィートと面会した。
リラの記憶よりクリオスフィートは痩せていて、暗い表情をしていた。自信に満ちてキラキラした第二王子の面影がなくなっていた。
クリオスフィートは、ケインに伴われたリラに婚姻の祝辞と、それから謝罪を述べた。
虜囚とはいえ隣国の王子は丁重に扱われていた。ただここは邸ではなく、辺境の砦だ。王宮ほどのもてなしはできない。クリオスフィートを収監したのは牢屋ではなく貴人用の、それなりに広い監禁室だ。領主の許可がないために拷問なども行われていない。昼間は下女も付く。待遇は決して悪くはない。
しかし食事が不味かった。
泥付き皮付きの焦げて生煮えの芋、カチカチのパン、毎日味がないかしょっぱいか酸っぱいかわからない謎の具入りスープ、なんだかわからない焦げたり生だったりする肉、殻入りの焦げたスクランブルエッグ。極めつけに井戸水の方がはるかに美味しいと思えるお茶。もともとの砦の普通の食事だが、当然クリオスフィートの口には合わなかった。
砦の料理当番たちはわざと、クリオスフィートの食事を不慣れなものに任せていたのだ。そしてリラがこの食事を改善したのだとこれ見よがしに褒めて聞かせた。リラが許さなければ、リラのレシピの食事は出せないと言い、食事に屈したクリオスフィートはリラに謝罪をした。
食事だけではなくて、乾燥した強風に煽られてゴワゴワになったリネンや着替えなども、地味にクリオスフィートの自尊心を抉ったらしい。面会した時にはゴワついた綿のシャツを着ていた。精緻な刺繍が所々ほつれていたのは、他のものと一緒くたに洗濯されたからだろう。決して拷問の後ではない。
リラは謝罪を一部受け入れて、食事を作って出した。リラがわざわざ作らなくてもと料理当番たちは言っていたが、これはリラの線引きだ。食事を作る程度には謝罪を受ける。ケインにも無礼な態度を詫びたのだから。だが十年以上に渡る王子妃候補としての王宮での扱いについては、謝罪を受け入れるつもりはないとはっきり宣言した。
黙って聞いていたクリオスフィートは、リラの作った温かい食事を、鼻を啜りながら食べた。
面会のあとすぐ、マルカ国の国王から今回の侵攻について、正式な謝罪と賠償金の提示、それから和平への申し出があった。通達があってすぐ、クリオスフィートは王都に送られた。王都で同時に捕えられた第一王子一行と合流して、マルカ国に送還されるらしい。婚約者関連のことは国外のリラ達には詳しく伝わっては来ないが、今回の婚約者達は全て破棄され、令嬢は王宮の監視下に置かれて侍女として勤めることになるらしい。王子たちの新たな婚約についてはリラの感知するところではない。
「そういえば、リラが復讐したとか言うあれは、そろそろ教えてもらえるのか?」
正式に和平が結ばれて国交ができたので、明日にはハルフネン侯爵家のリラの両親と兄がサスティアに来ることになっている夜。自室をケインの隣に移して同じ寝台の上、以前内緒だと言われたリラの復讐についてケインは問うた。
あのときは結果はまだ先だと、内容を教えてもらえなかったのだ。
「多分、まだです。もう少し先かと。でも明日、両親とお兄様がこちらに来たら、一緒に聞いていただけますか」
こめかみにくちづけをうけて、くすぐったいと笑いながらリラは言った。
言葉を待つのはやめた。自分で言うのもとても勇気がいるのだ。ケインだって同じに違いない。だから、態度で示すことにした。それからケインをしっかり見て僅かな動作も表情も見逃さないようにした。口下手なケインは、しっかりとその瞳に愛情を乗せている。リラがちゃんと受け止めれば確かにそこにあるものだった。
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