流され追放令嬢は隣国の辺境伯に保護されました

そうみ

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予想通りすぎて

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 領に戻る途中で襲われるのは予測通りだ。なんなら場所まで特定できていた。王都から出て郊外の町を抜けると、人の流れがなくなって、街道が少し狭くなる。多分ここだろうと話していたまさにその場所に、破落戸ふうの貧しい身形をした複数の騎馬に囲まれた。
 往路と違い、すっかりケインとの二人乗りに慣れたリラは、ゆったりとケインにもたれながらふう、と息を吐いた。

「お粗末ですね」
「まったくだ」

 ケインも呆れたように頷いている。
 破落戸にしては乗馬の姿勢や剣の握り方に品がありすぎる。馬も荒れておらずよく手入れされている。何もかもに演技力が足りない。さらに、リラはこの中の何人かに見覚えがあった。間違いなくマルカ国の近衛騎士だ。まさか隣国で主人を棄てて亡命するわけもない。

「降りるぞ」

 騎馬相手には明らかに不利になるが、なんでもない様子でケインは滑るように馬から降りた。

「わたくしは、どうしたら良いですか」
「そばにいてくれる方が護りやすい」
「承知いたしました」

 飛び降りるようにしてケインにしがみつくと、左手一本で抱きとめられた。腕に腰掛けるように子どものように抱かれて、リラはケインの首にしがみつく。

「このままで?」
「問題ない」

 ケインが馬の尻を軽く叩くと、襲撃者たちのうち一騎に威嚇した。怯えて立ち上がった馬から襲撃者の一人が落馬する。その隙をケインの馬が走り抜けた。この馬は賢くて戦慣れしている。馬同士の駆け引きで負けることはないし、ケインがここを片付けた頃には戻ってくる。

「ケイン様のつむじを見たのは、初めてです。とても新鮮です」
「怯えなくてもいいが、少しは緊張してくれないか」
「だってここが一番安全ですから」

 明らかにいちゃつきはじめた辺境伯新婚夫妻に、破落戸ふうの敵はちょっと怯む。気を取り直そうと、手綱を引こうとした瞬間に、ケインが豹変した。

「で、なんの用だ?」
 
 ケインが周囲を睨めつけただけで、先ず馬たちが戦意を喪失して、後退った。

「っ、この」

 襲撃者たちは馬を制御しようとするが全く言うことを聞かない。逃げようとする馬をこの場に止めるのに精一杯で、攻撃に手など回らない。焦れた一人が馬から降りると、全員がそれに倣った。放された馬たちはケインの馬を追うように、逃げ去った。

「馬の方が賢い」

 軽く挑発すると、ケインは右手で腰に佩いた剣を抜いた。馬に罪はない。良い馬だったので、逃がせば後で手に入るかもしれないという打算のうえだ。

 そもそも浅慮が過ぎる。
 和平の使者をたてたはずの隣国で、荒事を起こしてどうするのか。正体がわからないように破落戸のなりをさせたとして、騎士が馴染まない格好には違和感しかない。
 ケインが何のつもりかと聞いたのは本気だ。リラを攫うつもりか、殺すつもりか、目的が定まっていないのは浮足立った様子からよくわかる。
 リラを奪取できればよし、できなければ殺せとでも命じられているのだろう。だが、攫うのと殺すのとでは攻撃の初手から違う。そのもっと前、騎馬の配置から間違えている。王子たちが戦慣れしていないのは、国にとっては良いことなのかもしれないが、指示を受ける麾下の者たちはたまったものではない。
 辺境伯夫妻が護衛も付けずに、ただ一騎で行動するのは何故か。まさかお忍びだとでも考えていたのだろうか。

 神の加護が秘匿された国では、彼らは愛し子の力を知らない。

「リラ、あいつらに斬られたのは何処だ」

 リラは黙って自分の左肩から右の腰までを手でなぞって示した。怪我のあとは残っていないが、斬られた記憶は消えない。死んでいないのは結果論で、リラでなければ命はなかった。

「……まるで野盗のようだな」

 怒りを孕んだ声、ケインの眉間に深い皺が寄る。砦に来た時のリラは既に目覚めていて、領兵の供出したマントに包まれたうえで切られたドレスの端を押さえていたから、ケインには状況は伝わっていないし、加護を聞いていなかった時には軽症だったのだと不思議に思いはしたが納得していた。
 だが、そうではなかった。
 首にまわされたリラの細い腕が、血に塗れているのを想像しただけで、怒りで息が止まりそうだ。
 
 ゆるりと振り上げた剣を、勢いよく振り下ろす。

 剣が振るわれてから、ごう、と空を切る音が遅れて聞こえた。それから少しして、襲撃者たちの悲鳴が。
 複数の敵全ての、同じ場所が裂けていた。
 リラが負わされた傷と同じ場所、左肩から右腰にかけて、一筋、だが深い。血を吐いて膝をつくもの、。傷口をおさえて呻くもの。一瞬で全員の戦意が喪失していた。

 戻ってきた馬にリラを乗せ、剣をしまうとケインはその後ろにゆったりと跨った。

「リラが生きているから、命は奪わない。だが二度とこの地を踏むな」

 鉄錆色の髪は男神の、武技の加護を受けた愛し子の証だ。彼らはそれを主人たる王族に知らされることはなかった。
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