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おこです
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ダンスの後はやはり祝辞の嵐だった。アイム国の貴族名鑑を頭に入れていないリラは、誰が誰だかわからなかったが、そこはケインがフォローしてくれた。普段夜会には出ないのに、力関係や派閥までしっかり把握している。アイム国は愛し子を公認しているため、誰もが辺境伯夫妻を祝福していた。愛し子に表立って敵対するわけにはいかない不文律もある。
一通りの挨拶を済ませたリラとケインは後回しにしていた問題にやっと手をつけた。マルカ国の使者たちである。
中庭は秋の花が咲き揃い、夜目にも見事だ。灯りが適所に配置されていて、庭を美しく照らしている。生垣の片隅に王太子と護衛が立っていた。婚約者の令嬢は既に下がったあとのようだ。あんな断罪を受けて、このまま婚約者で居続けられるのかは不明だが、リラたちの知るところではない。
ケインは片時もリラのそばを離れない。パートナーというより、むしろ護衛だ。それくらい気を張っているのが手に取るようにわかる。滅多に出ることのない折角の夜会なのに、ケインに心から楽しんで貰えないことを、リラはとても残念に思っている。
全ての元凶はこの王太子だ。ランプに照らされた姿は今夜も無駄にキラキラしている。
顔を合わせると挨拶もそこそこに、ハルトヒュールは慇懃な態度でリラに帰国を勧めてきた。
マルカ国王家の婚約が破棄されていないので、この国での婚姻は無効であると言う。確かに追放された時に、婚約破棄を口頭で告げられはしたが、リラが何かにサインしたわけではない。王家もリラを即始末するつもりだったのだから、いちいち婚約無効の手続きなど取ってはいなかった。
ケインは王太子の雑な言い分を黙って聞いているが、その瞳は氷のように冷え切っていた。
リラは勝手に捏造されていく王太子との恋の話に呆れかえって口を挟めないまま、彼は切々と語る。ハルトヒュール曰く、王宮でのリヴィアディラには妨害が多く近づきたくとも叶わなかった、リラのデビュタントの夜会でたった一度踊ったダンスが一生の思い出だ、などなど。あの時のパートナーはクリオスフィート第二王子だったと突っ込むのは、時間の無駄だとやめておいた。誰と勘違いしているのかわからないが。
だが王太子の妄言が生家ハルフネン侯爵家に及んだ時には、流石にリラも黙っていられなかった。
「もしわたくしの生家に王家から何某かの圧力がかかるようであれば、忘れているはずのことをアイム国王陛下にご相談するかもしれません」
リラのきっぱりとした言葉に王太子はやっと口を噤んだ。
王子妃教育の中で教えられたこと、国防に関するさまざまなこと、要の街道、王宮の見取り図、隠し通路、その他の知識が敵国に渡れば、あっという間に王都は制圧されるだろう。ここで引けばリラはそのことを忘れたままにしておくと暗に告げたのだ。
むろんアイム国王からはリラから無理に情報を抜くことはないと言質を得ている。愛し子の意思に反いて戦争を仕掛けても、国益にはならないからだ。防衛ならともかく、好んで戦争など仕掛けては、国から神の加護がなくなってしまう可能性がある。この国では加護は秘匿できないほど身近なものなのだ。
リラは出来ることなら隣国と和平を結んでほしいと思っている。国境を挟んでの小競り合いでケインや領兵に怪我をして欲しくない。和平が結ばれればハルフネン侯爵家にもリラの無事を伝えることも、会いに行くこともできるようになる。王太子はそれに善処する、と唸るように答えた。その姿からはキラキラが陰っていた。
王太子一行が、国王夫妻に夜会を辞する挨拶に向けて背中をみせ、やっと緊張を解いたケインはそっとリラを引き寄せた。
「結局謝罪は一言もなかったが」
「もしかしてそれで、ケイン様はずっとお怒りでしたか?」
「当たり前だろう」
ケインの不機嫌顔の理由がわかって、リラは小さく笑みをこぼした。リラはケインが軽く見られたことに怒りを覚えていたし、ケインは王家からリラを蔑ろにした謝罪がないことに怒っていた。お互いがお互いのことで怒っていたのだ。
さらにせっかくの王都での婚姻の発表に、泥をつけられた気分でもある。祝辞は沢山受けたけれど、それでもいい気分ではない。結婚式はサスティアで行う予定だが、絶対にあの王子達には参列させない、サスティアの地を踏ませないと和平を願う心とは別に、心に固く誓っていた。
「それは今更、謝罪されても許すと言えませんから」
リラは女神の愛し子ではあるが、清らかな心など持っていない。受けた仕打ちは仕方ないこととして受け止めたきたが、それを許せるほど心は広くない。王子たちの今更の醜態もさらにリラの心象を悪くしている。
「ケイン様。もう婚姻は結ばれてしまったので、わたくしが悪い女でも、取り消さないでくださいませね?」
「リラが、悪い女?」
「わたくし、復讐してしまいました」
ぺろりと舌を出したリラに、思わずケインは唇を合わせた。
妻のてへぺろが我慢できないくらい可愛かったので。ここ数日でくちづけは大分慣れてきていたのだ。
一通りの挨拶を済ませたリラとケインは後回しにしていた問題にやっと手をつけた。マルカ国の使者たちである。
中庭は秋の花が咲き揃い、夜目にも見事だ。灯りが適所に配置されていて、庭を美しく照らしている。生垣の片隅に王太子と護衛が立っていた。婚約者の令嬢は既に下がったあとのようだ。あんな断罪を受けて、このまま婚約者で居続けられるのかは不明だが、リラたちの知るところではない。
ケインは片時もリラのそばを離れない。パートナーというより、むしろ護衛だ。それくらい気を張っているのが手に取るようにわかる。滅多に出ることのない折角の夜会なのに、ケインに心から楽しんで貰えないことを、リラはとても残念に思っている。
全ての元凶はこの王太子だ。ランプに照らされた姿は今夜も無駄にキラキラしている。
顔を合わせると挨拶もそこそこに、ハルトヒュールは慇懃な態度でリラに帰国を勧めてきた。
マルカ国王家の婚約が破棄されていないので、この国での婚姻は無効であると言う。確かに追放された時に、婚約破棄を口頭で告げられはしたが、リラが何かにサインしたわけではない。王家もリラを即始末するつもりだったのだから、いちいち婚約無効の手続きなど取ってはいなかった。
ケインは王太子の雑な言い分を黙って聞いているが、その瞳は氷のように冷え切っていた。
リラは勝手に捏造されていく王太子との恋の話に呆れかえって口を挟めないまま、彼は切々と語る。ハルトヒュール曰く、王宮でのリヴィアディラには妨害が多く近づきたくとも叶わなかった、リラのデビュタントの夜会でたった一度踊ったダンスが一生の思い出だ、などなど。あの時のパートナーはクリオスフィート第二王子だったと突っ込むのは、時間の無駄だとやめておいた。誰と勘違いしているのかわからないが。
だが王太子の妄言が生家ハルフネン侯爵家に及んだ時には、流石にリラも黙っていられなかった。
「もしわたくしの生家に王家から何某かの圧力がかかるようであれば、忘れているはずのことをアイム国王陛下にご相談するかもしれません」
リラのきっぱりとした言葉に王太子はやっと口を噤んだ。
王子妃教育の中で教えられたこと、国防に関するさまざまなこと、要の街道、王宮の見取り図、隠し通路、その他の知識が敵国に渡れば、あっという間に王都は制圧されるだろう。ここで引けばリラはそのことを忘れたままにしておくと暗に告げたのだ。
むろんアイム国王からはリラから無理に情報を抜くことはないと言質を得ている。愛し子の意思に反いて戦争を仕掛けても、国益にはならないからだ。防衛ならともかく、好んで戦争など仕掛けては、国から神の加護がなくなってしまう可能性がある。この国では加護は秘匿できないほど身近なものなのだ。
リラは出来ることなら隣国と和平を結んでほしいと思っている。国境を挟んでの小競り合いでケインや領兵に怪我をして欲しくない。和平が結ばれればハルフネン侯爵家にもリラの無事を伝えることも、会いに行くこともできるようになる。王太子はそれに善処する、と唸るように答えた。その姿からはキラキラが陰っていた。
王太子一行が、国王夫妻に夜会を辞する挨拶に向けて背中をみせ、やっと緊張を解いたケインはそっとリラを引き寄せた。
「結局謝罪は一言もなかったが」
「もしかしてそれで、ケイン様はずっとお怒りでしたか?」
「当たり前だろう」
ケインの不機嫌顔の理由がわかって、リラは小さく笑みをこぼした。リラはケインが軽く見られたことに怒りを覚えていたし、ケインは王家からリラを蔑ろにした謝罪がないことに怒っていた。お互いがお互いのことで怒っていたのだ。
さらにせっかくの王都での婚姻の発表に、泥をつけられた気分でもある。祝辞は沢山受けたけれど、それでもいい気分ではない。結婚式はサスティアで行う予定だが、絶対にあの王子達には参列させない、サスティアの地を踏ませないと和平を願う心とは別に、心に固く誓っていた。
「それは今更、謝罪されても許すと言えませんから」
リラは女神の愛し子ではあるが、清らかな心など持っていない。受けた仕打ちは仕方ないこととして受け止めたきたが、それを許せるほど心は広くない。王子たちの今更の醜態もさらにリラの心象を悪くしている。
「ケイン様。もう婚姻は結ばれてしまったので、わたくしが悪い女でも、取り消さないでくださいませね?」
「リラが、悪い女?」
「わたくし、復讐してしまいました」
ぺろりと舌を出したリラに、思わずケインは唇を合わせた。
妻のてへぺろが我慢できないくらい可愛かったので。ここ数日でくちづけは大分慣れてきていたのだ。
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