流され追放令嬢は隣国の辺境伯に保護されました

そうみ

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領館にて

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 ケイン一人なら、早朝から夕方まで駆け通せば着くはずの領館に、夜半近くになってたどり着いた。リラを気遣って馬をゆっくり走らせたのだ。ケインなりに。領館に着く頃にはケインの身体はガチガチに固まっていたが、リラはケインにもたれてすやすや眠りこけていた。

 起こすのも忍びなくて、そっと丁重に抱き下ろし、その軽さに驚愕しながらエントランスに向かうと、夜半まで起きて待っていてくれた元領主夫妻がリラの姿を見て顔色を変えた。

「贈り物をしなさいと言ったでしょう!」
「馬を贈りました。乗馬はまだ練習中ですが」
「他には?」
「他?」
 
 素で首を傾げる息子に、元領主夫妻は頭を抱えた。
 リラは臙脂色のメイド服でやってきたのだ。リラがメイド服を着ている理由を知らない元領主夫妻は、息子が特殊な性癖に目覚めたのかと怪しんでいた。

「ち、違います!」

 誤解を解くためケインが言い訳をすると、父から頭を、母から頬を同時に叩かれた。

「だからといってドレスを贈らない理由にはならない!」
 
 リラはこれまでもメイド服で過ごすことが多くて、令嬢としての心得が麻痺していた。砦では領兵たちの勤務中は制服だ。これは他所から誰か紛れ込んでもわかるようにで、リラのメイド服と同じ臙脂色がベースとなっている。マルカ国にいた時から、式典の時もメイドの姿で潜り込んでいることが多かったため、リラの中でメイド服は正装だったのだ。

 朝、滑らかなリネンの手触りを不思議に思いながら目を覚ましたリラは、自分が何故ここにいるのか理解できなかった。初めてみるベッドサイドの細工は異国風だ。
 それからぼんやりとケインと一緒に領館に向かっていたことを思い出す。

 馬上で眠ってしまっていた。
 慌てて起き上がると、清楚なベージュの寝衣が目に入った。着替えた記憶がない。もしかして本当に記憶喪失になってしまったのかとしばし固まっていると、いいタイミングでドアがノックされた。とりあえず返事をすると、メイドらしき女が二人、入室してくる。

「おはようございます、若奥様」

 メイドたちはリラを若奥様と呼び、丁寧な自己紹介をした。ここでリラについてくれるらしい。

「リラと言います。よろしくお願いしますね」

 久しく自分付きのメイドがなく、全部自分で済ませていたリラは戸惑っていたが、表情には出さず、すました顔で挨拶をした。
 リラの言葉で顔を上げたメイドが二人、リラの顔を見るなら目を大きく見開いて、口を開けたが叫び出す直前で口を押さえて堪える。躾が行き届いているので、大声を出す失態を避けたのだ。

「わ、若奥様、すぐに、すぐにご主人を呼んで参ります。どうかそのまま」

 戸惑うリラに片方が詰め寄り、片方は部屋の外へと駆け出して行く。

「お目覚めのお茶を淹れましょう。ミルクはお入れいたしますか?」

 二度ほど大きく深呼吸してからメイドは通常運転に戻ったようだ。まだついていけないリラをそのままに、繊細なカップにお茶を注ぐ。

「ミルクもお砂糖もなくていいです」

 リラがお茶を半分ほど飲んだ頃、扉の外が慌ただしくなって、ケインと、ケインによく似た年配の男性、それから若い女性が部屋に入ってきた。

「夜着……っ!」

 入るなり年配の男性が後ろを向く。リラが着替えていないので気を遣ったのだろう。ケインも後ろを向こうとしたが、若い女性に腕を掴まれてベッドサイドに引っ張って来られる。その首まで赤い。
 若い女性はリラの近くに寄り、リラの頬を両手で挟み込み、近い距離でみつめあった。

「ケイン、聞いていないわ」

「俺も知らなかった」

「なんてこと──」

 リラは何が起こったのか分からず、半分残っていた美味しいお茶がメイドに取り上げられて残念に思っていた。
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