14 / 31
領館にて
しおりを挟む
ケイン一人なら、早朝から夕方まで駆け通せば着くはずの領館に、夜半近くになってたどり着いた。リラを気遣って馬をゆっくり走らせたのだ。ケインなりに。領館に着く頃にはケインの身体はガチガチに固まっていたが、リラはケインにもたれてすやすや眠りこけていた。
起こすのも忍びなくて、そっと丁重に抱き下ろし、その軽さに驚愕しながらエントランスに向かうと、夜半まで起きて待っていてくれた元領主夫妻がリラの姿を見て顔色を変えた。
「贈り物をしなさいと言ったでしょう!」
「馬を贈りました。乗馬はまだ練習中ですが」
「他には?」
「他?」
素で首を傾げる息子に、元領主夫妻は頭を抱えた。
リラは臙脂色のメイド服でやってきたのだ。リラがメイド服を着ている理由を知らない元領主夫妻は、息子が特殊な性癖に目覚めたのかと怪しんでいた。
「ち、違います!」
誤解を解くためケインが言い訳をすると、父から頭を、母から頬を同時に叩かれた。
「だからといってドレスを贈らない理由にはならない!」
リラはこれまでもメイド服で過ごすことが多くて、令嬢としての心得が麻痺していた。砦では領兵たちの勤務中は制服だ。これは他所から誰か紛れ込んでもわかるようにで、リラのメイド服と同じ臙脂色がベースとなっている。マルカ国にいた時から、式典の時もメイドの姿で潜り込んでいることが多かったため、リラの中でメイド服は正装だったのだ。
朝、滑らかなリネンの手触りを不思議に思いながら目を覚ましたリラは、自分が何故ここにいるのか理解できなかった。初めてみるベッドサイドの細工は異国風だ。
それからぼんやりとケインと一緒に領館に向かっていたことを思い出す。
馬上で眠ってしまっていた。
慌てて起き上がると、清楚なベージュの寝衣が目に入った。着替えた記憶がない。もしかして本当に記憶喪失になってしまったのかとしばし固まっていると、いいタイミングでドアがノックされた。とりあえず返事をすると、メイドらしき女が二人、入室してくる。
「おはようございます、若奥様」
メイドたちはリラを若奥様と呼び、丁寧な自己紹介をした。ここでリラについてくれるらしい。
「リラと言います。よろしくお願いしますね」
久しく自分付きのメイドがなく、全部自分で済ませていたリラは戸惑っていたが、表情には出さず、すました顔で挨拶をした。
リラの言葉で顔を上げたメイドが二人、リラの顔を見るなら目を大きく見開いて、口を開けたが叫び出す直前で口を押さえて堪える。躾が行き届いているので、大声を出す失態を避けたのだ。
「わ、若奥様、すぐに、すぐにご主人を呼んで参ります。どうかそのまま」
戸惑うリラに片方が詰め寄り、片方は部屋の外へと駆け出して行く。
「お目覚めのお茶を淹れましょう。ミルクはお入れいたしますか?」
二度ほど大きく深呼吸してからメイドは通常運転に戻ったようだ。まだついていけないリラをそのままに、繊細なカップにお茶を注ぐ。
「ミルクもお砂糖もなくていいです」
リラがお茶を半分ほど飲んだ頃、扉の外が慌ただしくなって、ケインと、ケインによく似た年配の男性、それから若い女性が部屋に入ってきた。
「夜着……っ!」
入るなり年配の男性が後ろを向く。リラが着替えていないので気を遣ったのだろう。ケインも後ろを向こうとしたが、若い女性に腕を掴まれてベッドサイドに引っ張って来られる。その首まで赤い。
若い女性はリラの近くに寄り、リラの頬を両手で挟み込み、近い距離でみつめあった。
「ケイン、聞いていないわ」
「俺も知らなかった」
「なんてこと──」
リラは何が起こったのか分からず、半分残っていた美味しいお茶がメイドに取り上げられて残念に思っていた。
起こすのも忍びなくて、そっと丁重に抱き下ろし、その軽さに驚愕しながらエントランスに向かうと、夜半まで起きて待っていてくれた元領主夫妻がリラの姿を見て顔色を変えた。
「贈り物をしなさいと言ったでしょう!」
「馬を贈りました。乗馬はまだ練習中ですが」
「他には?」
「他?」
素で首を傾げる息子に、元領主夫妻は頭を抱えた。
リラは臙脂色のメイド服でやってきたのだ。リラがメイド服を着ている理由を知らない元領主夫妻は、息子が特殊な性癖に目覚めたのかと怪しんでいた。
「ち、違います!」
誤解を解くためケインが言い訳をすると、父から頭を、母から頬を同時に叩かれた。
「だからといってドレスを贈らない理由にはならない!」
リラはこれまでもメイド服で過ごすことが多くて、令嬢としての心得が麻痺していた。砦では領兵たちの勤務中は制服だ。これは他所から誰か紛れ込んでもわかるようにで、リラのメイド服と同じ臙脂色がベースとなっている。マルカ国にいた時から、式典の時もメイドの姿で潜り込んでいることが多かったため、リラの中でメイド服は正装だったのだ。
朝、滑らかなリネンの手触りを不思議に思いながら目を覚ましたリラは、自分が何故ここにいるのか理解できなかった。初めてみるベッドサイドの細工は異国風だ。
それからぼんやりとケインと一緒に領館に向かっていたことを思い出す。
馬上で眠ってしまっていた。
慌てて起き上がると、清楚なベージュの寝衣が目に入った。着替えた記憶がない。もしかして本当に記憶喪失になってしまったのかとしばし固まっていると、いいタイミングでドアがノックされた。とりあえず返事をすると、メイドらしき女が二人、入室してくる。
「おはようございます、若奥様」
メイドたちはリラを若奥様と呼び、丁寧な自己紹介をした。ここでリラについてくれるらしい。
「リラと言います。よろしくお願いしますね」
久しく自分付きのメイドがなく、全部自分で済ませていたリラは戸惑っていたが、表情には出さず、すました顔で挨拶をした。
リラの言葉で顔を上げたメイドが二人、リラの顔を見るなら目を大きく見開いて、口を開けたが叫び出す直前で口を押さえて堪える。躾が行き届いているので、大声を出す失態を避けたのだ。
「わ、若奥様、すぐに、すぐにご主人を呼んで参ります。どうかそのまま」
戸惑うリラに片方が詰め寄り、片方は部屋の外へと駆け出して行く。
「お目覚めのお茶を淹れましょう。ミルクはお入れいたしますか?」
二度ほど大きく深呼吸してからメイドは通常運転に戻ったようだ。まだついていけないリラをそのままに、繊細なカップにお茶を注ぐ。
「ミルクもお砂糖もなくていいです」
リラがお茶を半分ほど飲んだ頃、扉の外が慌ただしくなって、ケインと、ケインによく似た年配の男性、それから若い女性が部屋に入ってきた。
「夜着……っ!」
入るなり年配の男性が後ろを向く。リラが着替えていないので気を遣ったのだろう。ケインも後ろを向こうとしたが、若い女性に腕を掴まれてベッドサイドに引っ張って来られる。その首まで赤い。
若い女性はリラの近くに寄り、リラの頬を両手で挟み込み、近い距離でみつめあった。
「ケイン、聞いていないわ」
「俺も知らなかった」
「なんてこと──」
リラは何が起こったのか分からず、半分残っていた美味しいお茶がメイドに取り上げられて残念に思っていた。
0
お気に入りに追加
230
あなたにおすすめの小説
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました
しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。
そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。
そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。
全身包帯で覆われ、顔も見えない。
所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。
「なぜこのようなことに…」
愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。
同名キャラで複数の話を書いています。
作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。
この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。
皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。
短めの話なのですが、重めな愛です。
お楽しみいただければと思います。
小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!
雨宮羽那
恋愛
いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。
◇◇◇◇
私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。
元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!
気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?
元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!
だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。
◇◇◇◇
※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。
※アルファポリス先行公開。
※表紙はAIにより作成したものです。
美形王子様が私を離してくれません!?虐げられた伯爵令嬢が前世の知識を使ってみんなを幸せにしようとしたら、溺愛の沼に嵌りました
葵 遥菜
恋愛
道端で急に前世を思い出した私はアイリーン・グレン。
前世は両親を亡くして児童養護施設で育った。だから、今世はたとえ伯爵家の本邸から距離のある「離れ」に住んでいても、両親が揃っていて、綺麗なお姉様もいてとっても幸せ!
だけど……そのぬりかべ、もとい厚化粧はなんですか? せっかくの美貌が台無しです。前世美容部員の名にかけて、そのぬりかべ、破壊させていただきます!
「女の子たちが幸せに笑ってくれるのが私の一番の幸せなの!」
ーーすると、家族が円満になっちゃった!? 美形王子様が迫ってきた!?
私はただ、この世界のすべての女性を幸せにしたかっただけなのにーー!
※約六万字で完結するので、長編というより中編です。
※他サイトにも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる