流され追放令嬢は隣国の辺境伯に保護されました

そうみ

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宴の後

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 祝いの会は主に食堂で、夜明けまで開催された。ひととなりは申し分ないのに、田舎者というだけで全くモテない領主の結婚は、領民にとって永遠の命題なのだ。砦では既にリラを推す声が密やかに大きくなりつつあったところだ。
 夜明け頃に騒ぎ疲れた領兵たちが寝落ちる頃、夜警から戻った夜番たちが話を聞きつけ、休む間もなく二次会に突入した。
 リラは状況を理解できないまま、ほぼ砦じゅうの兵士たちに祝辞を貰い、エールを乾杯し、食堂の隅でこっそりうとうとしたり呼び起こされてダンスを踊ったりしたあと、夜警組の朝食兼パーティ用のオムレツを焼いてから、本格的に部屋に戻ってベッドに潜り込んだ。疲れ切っていたので昼過ぎまでぐっすり眠り込んだ。おかげで突然あらわれたクリオスフィート王子の事を思い出しもしなかった。

 目覚めたリラはやっと状況を把握する。

 リラと同じく朝方まで大騒ぎに付き合わされた領主は、その後も眠っていない様子で目の下に隈ができていた。
 執務室に初めて呼ばれたリラは疲れ切った領主の様子に申し訳なく思った。多分リラのせいだと思われる。リラは何もしていないけれど。
 領主は第二王子の強引さに怒っていた。使節を立てるにしても先触れが遅すぎる。あれは絶対わざとである。
 ハイネスが隠しておいたはずのリラが王子の前に出てくるとは思ってもなく、意外な展開にもう王子を斬るしかないと思ったくらいには領主も脳筋だ。
 だがリラが王子にどちら様などとすっとぼけたので、方針を変えた。

 記憶喪失だ。

 どちら様とは、リラが嫌味で言ったとあの場にいた全員がわかっていただろうが、記憶喪失に強引に持っていくことにしよう。王子も斬られるよりマシだろう。ここで血を見れば国際問題待ったなしである。お互いそれは避けたいはず。というか斬られれば痛いだろうし、最悪死ぬ。領主は手加減できるほど冷静ではなかった。
 記憶喪失で手打ちにしよう。
 平和的に、そういう流れを作ろうと思っていたのに、空気を読まないあの王子はリラに詰め寄ったのだ。これで領主に残っていた冷静さのかけらは弾けて飛んだ。

 実際、何故妻などと言ってしまったのか領主自身にもわからない。確たる立場と居場所さえあれば、リラを守れると思ったのだ。
 肩を震わせながらリラと入れ替わりに入ってきたハイネスは、領主の思惑を領主以上に完全に理解していた。流石長年の右腕である。
 
 強引な交渉により、リラは記憶喪失となった。マルカ国の機密情報なんか多分綺麗さっぱり忘れている。そもそもそんなことは知らないが。この娘は領主の妻である。全部嘘ではあるが、嘘をついた瞬間に真になったりもする。第二王子を追い返した頃には、領主はリラを娶るつもりになっていた。多分にハイネスが煽ったせいもある。

「リラちゃん、断るなら今だよ」

 今更ハイネスは領主の目の前でリラの意思を問うた。もう見知った全員から祝辞も受けまくった、ここで断る勇気は領主にすらないというのに。でもリラの意思は尊重するつもりだ。リラが困るなら砦から出せばいい。当初考えていたように、まずは領館へ。そこからの身の振り方は追々考えてやればいい。
 どんどん寂しい方向に思考が向くのは、領主がモテないせいだ。女性に好かれる自信がない。

「わたくしが、領主閣下の妻ですか」

 リラが噛み締めるように確認する。
 どうか否と言わないでほしいと領主は思った。望まない運命に流されてきた娘を、またどこかへ流されないよう繋いでおいてやりたい。

「とても、素敵です」

 無表情の頬がほんの少し赤らむ。
 その頬に触れたいと思った。冷たい陶器のような白い肌が、温かいのか確かめたい。

「どうか、ケインと呼んでくれないか。我が奥さん」
「気が早い!」
 
 調子に乗ったケインをハイネスが突つく。自分で言った言葉に照れたケインが俯きかけたとき、どこからかふわりと白い花が香った。
 
「ケイン様」

 リラの唇が、笑みの形にまるく緩む。時間が止まったかと思った。
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