12 / 31
宴の後
しおりを挟む
祝いの会は主に食堂で、夜明けまで開催された。ひととなりは申し分ないのに、田舎者というだけで全くモテない領主の結婚は、領民にとって永遠の命題なのだ。砦では既にリラを推す声が密やかに大きくなりつつあったところだ。
夜明け頃に騒ぎ疲れた領兵たちが寝落ちる頃、夜警から戻った夜番たちが話を聞きつけ、休む間もなく二次会に突入した。
リラは状況を理解できないまま、ほぼ砦じゅうの兵士たちに祝辞を貰い、エールを乾杯し、食堂の隅でこっそりうとうとしたり呼び起こされてダンスを踊ったりしたあと、夜警組の朝食兼パーティ用のオムレツを焼いてから、本格的に部屋に戻ってベッドに潜り込んだ。疲れ切っていたので昼過ぎまでぐっすり眠り込んだ。おかげで突然あらわれたクリオスフィート王子の事を思い出しもしなかった。
目覚めたリラはやっと状況を把握する。
リラと同じく朝方まで大騒ぎに付き合わされた領主は、その後も眠っていない様子で目の下に隈ができていた。
執務室に初めて呼ばれたリラは疲れ切った領主の様子に申し訳なく思った。多分リラのせいだと思われる。リラは何もしていないけれど。
領主は第二王子の強引さに怒っていた。使節を立てるにしても先触れが遅すぎる。あれは絶対わざとである。
ハイネスが隠しておいたはずのリラが王子の前に出てくるとは思ってもなく、意外な展開にもう王子を斬るしかないと思ったくらいには領主も脳筋だ。
だがリラが王子にどちら様などとすっとぼけたので、方針を変えた。
記憶喪失だ。
どちら様とは、リラが嫌味で言ったとあの場にいた全員がわかっていただろうが、記憶喪失に強引に持っていくことにしよう。王子も斬られるよりマシだろう。ここで血を見れば国際問題待ったなしである。お互いそれは避けたいはず。というか斬られれば痛いだろうし、最悪死ぬ。領主は手加減できるほど冷静ではなかった。
記憶喪失で手打ちにしよう。
平和的に、そういう流れを作ろうと思っていたのに、空気を読まないあの王子はリラに詰め寄ったのだ。これで領主に残っていた冷静さのかけらは弾けて飛んだ。
実際、何故妻などと言ってしまったのか領主自身にもわからない。確たる立場と居場所さえあれば、リラを守れると思ったのだ。
肩を震わせながらリラと入れ替わりに入ってきたハイネスは、領主の思惑を領主以上に完全に理解していた。流石長年の右腕である。
強引な交渉により、リラは記憶喪失となった。マルカ国の機密情報なんか多分綺麗さっぱり忘れている。そもそもそんなことは知らないが。この娘は領主の妻である。全部嘘ではあるが、嘘をついた瞬間に真になったりもする。第二王子を追い返した頃には、領主はリラを娶るつもりになっていた。多分にハイネスが煽ったせいもある。
「リラちゃん、断るなら今だよ」
今更ハイネスは領主の目の前でリラの意思を問うた。もう見知った全員から祝辞も受けまくった、ここで断る勇気は領主にすらないというのに。でもリラの意思は尊重するつもりだ。リラが困るなら砦から出せばいい。当初考えていたように、まずは領館へ。そこからの身の振り方は追々考えてやればいい。
どんどん寂しい方向に思考が向くのは、領主がモテないせいだ。女性に好かれる自信がない。
「わたくしが、領主閣下の妻ですか」
リラが噛み締めるように確認する。
どうか否と言わないでほしいと領主は思った。望まない運命に流されてきた娘を、またどこかへ流されないよう繋いでおいてやりたい。
「とても、素敵です」
無表情の頬がほんの少し赤らむ。
その頬に触れたいと思った。冷たい陶器のような白い肌が、温かいのか確かめたい。
「どうか、ケインと呼んでくれないか。我が奥さん」
「気が早い!」
調子に乗ったケインをハイネスが突つく。自分で言った言葉に照れたケインが俯きかけたとき、どこからかふわりと白い花が香った。
「ケイン様」
リラの唇が、笑みの形にまるく緩む。時間が止まったかと思った。
夜明け頃に騒ぎ疲れた領兵たちが寝落ちる頃、夜警から戻った夜番たちが話を聞きつけ、休む間もなく二次会に突入した。
リラは状況を理解できないまま、ほぼ砦じゅうの兵士たちに祝辞を貰い、エールを乾杯し、食堂の隅でこっそりうとうとしたり呼び起こされてダンスを踊ったりしたあと、夜警組の朝食兼パーティ用のオムレツを焼いてから、本格的に部屋に戻ってベッドに潜り込んだ。疲れ切っていたので昼過ぎまでぐっすり眠り込んだ。おかげで突然あらわれたクリオスフィート王子の事を思い出しもしなかった。
目覚めたリラはやっと状況を把握する。
リラと同じく朝方まで大騒ぎに付き合わされた領主は、その後も眠っていない様子で目の下に隈ができていた。
執務室に初めて呼ばれたリラは疲れ切った領主の様子に申し訳なく思った。多分リラのせいだと思われる。リラは何もしていないけれど。
領主は第二王子の強引さに怒っていた。使節を立てるにしても先触れが遅すぎる。あれは絶対わざとである。
ハイネスが隠しておいたはずのリラが王子の前に出てくるとは思ってもなく、意外な展開にもう王子を斬るしかないと思ったくらいには領主も脳筋だ。
だがリラが王子にどちら様などとすっとぼけたので、方針を変えた。
記憶喪失だ。
どちら様とは、リラが嫌味で言ったとあの場にいた全員がわかっていただろうが、記憶喪失に強引に持っていくことにしよう。王子も斬られるよりマシだろう。ここで血を見れば国際問題待ったなしである。お互いそれは避けたいはず。というか斬られれば痛いだろうし、最悪死ぬ。領主は手加減できるほど冷静ではなかった。
記憶喪失で手打ちにしよう。
平和的に、そういう流れを作ろうと思っていたのに、空気を読まないあの王子はリラに詰め寄ったのだ。これで領主に残っていた冷静さのかけらは弾けて飛んだ。
実際、何故妻などと言ってしまったのか領主自身にもわからない。確たる立場と居場所さえあれば、リラを守れると思ったのだ。
肩を震わせながらリラと入れ替わりに入ってきたハイネスは、領主の思惑を領主以上に完全に理解していた。流石長年の右腕である。
強引な交渉により、リラは記憶喪失となった。マルカ国の機密情報なんか多分綺麗さっぱり忘れている。そもそもそんなことは知らないが。この娘は領主の妻である。全部嘘ではあるが、嘘をついた瞬間に真になったりもする。第二王子を追い返した頃には、領主はリラを娶るつもりになっていた。多分にハイネスが煽ったせいもある。
「リラちゃん、断るなら今だよ」
今更ハイネスは領主の目の前でリラの意思を問うた。もう見知った全員から祝辞も受けまくった、ここで断る勇気は領主にすらないというのに。でもリラの意思は尊重するつもりだ。リラが困るなら砦から出せばいい。当初考えていたように、まずは領館へ。そこからの身の振り方は追々考えてやればいい。
どんどん寂しい方向に思考が向くのは、領主がモテないせいだ。女性に好かれる自信がない。
「わたくしが、領主閣下の妻ですか」
リラが噛み締めるように確認する。
どうか否と言わないでほしいと領主は思った。望まない運命に流されてきた娘を、またどこかへ流されないよう繋いでおいてやりたい。
「とても、素敵です」
無表情の頬がほんの少し赤らむ。
その頬に触れたいと思った。冷たい陶器のような白い肌が、温かいのか確かめたい。
「どうか、ケインと呼んでくれないか。我が奥さん」
「気が早い!」
調子に乗ったケインをハイネスが突つく。自分で言った言葉に照れたケインが俯きかけたとき、どこからかふわりと白い花が香った。
「ケイン様」
リラの唇が、笑みの形にまるく緩む。時間が止まったかと思った。
10
お気に入りに追加
230
あなたにおすすめの小説
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました
しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。
そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。
そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。
全身包帯で覆われ、顔も見えない。
所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。
「なぜこのようなことに…」
愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。
同名キャラで複数の話を書いています。
作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。
この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。
皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。
短めの話なのですが、重めな愛です。
お楽しみいただければと思います。
小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!
雨宮羽那
恋愛
いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。
◇◇◇◇
私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。
元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!
気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?
元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!
だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。
◇◇◇◇
※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。
※アルファポリス先行公開。
※表紙はAIにより作成したものです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
美形王子様が私を離してくれません!?虐げられた伯爵令嬢が前世の知識を使ってみんなを幸せにしようとしたら、溺愛の沼に嵌りました
葵 遥菜
恋愛
道端で急に前世を思い出した私はアイリーン・グレン。
前世は両親を亡くして児童養護施設で育った。だから、今世はたとえ伯爵家の本邸から距離のある「離れ」に住んでいても、両親が揃っていて、綺麗なお姉様もいてとっても幸せ!
だけど……そのぬりかべ、もとい厚化粧はなんですか? せっかくの美貌が台無しです。前世美容部員の名にかけて、そのぬりかべ、破壊させていただきます!
「女の子たちが幸せに笑ってくれるのが私の一番の幸せなの!」
ーーすると、家族が円満になっちゃった!? 美形王子様が迫ってきた!?
私はただ、この世界のすべての女性を幸せにしたかっただけなのにーー!
※約六万字で完結するので、長編というより中編です。
※他サイトにも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる