流され追放令嬢は隣国の辺境伯に保護されました

そうみ

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小娘の取扱いについて

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 ぴかぴかの執務室がうすら寒い。
 磨きこまれたガラスにより昼間の部屋の明るさが格段に違う。光が差し込むことでぐんと部屋が広く見えた。こまごましたものが整頓されているせいもある。許可を得たリラは張り切って執務室を整えた。

「最近マルカ国の斥候が多い話、してただろう」

 ケインの声が低い。ただでさえ威圧的な長身と、冴えた顔面から放たれる低音には迫力があるのに、今日のそれはさらに絞り出すように低い。ああ、と応えるハイネスの眉間にも深い皺がある。いつも軽快な空気でケインの圧を分散させている、ハイネスまで重苦しい顔をしていると、部屋全体の圧がすごい。

 ここ数か月、確かにマルカ国の干渉が多かった。
 なんとなく砦の戦力が上がっており、被害が出なかったのであまり問題視されていなかったが、これは十分異常事態なのだ。
 いくら辺境伯とはいえ、砦に詰めっぱなしになることはそうそうない。リラが居て食事が美味いから、なんとなく領館に戻らず過ごしてきたような気もするが、よく考えると頻繁に砦で隣国の対策をしていた。ちまちまと小競り合いが続くので領館に戻る間がなかったのだ。

 リラの話を聞いてからならわかる。マルカ国はリラの遺体捜索のために国境を犯していたのだ。
 万が一生きていた場合はその息の根を止めるため。
 リラは王子妃教育を終えている。王家に代々伝わる機密事項も教えられているということだ。それは国の弱点でもある。もしケインが王家の機密を持ったまま追放されたら、その機密を隣国への手土産にして我が身の安寧を図っただろう。復讐を望むなら機密を盾に王家を強請ることもできたかもしれない。
 リラが慎ましく、自分の居場所以上を望まなかっただけで、誰か悪意を持つものの手にかかれば、知識は兵器となるのだ。

 機嫌の悪い顔を突き合わせてつらつら考えていたケインとハイネスは、もしかしてリラは善良なのではなく、何も考えていないだけなのかと思い至ったのだが、この重苦しい空気の中で言い出すこともできずにお互い黙っていた。

 とにかくリラの身が危ういことは確実だ。砦まで攻め込まれるような隙を見せるつもりはない。だが万が一マルカ国がリラの生存を知ってしまったら、全力で害しに来るだろう。戦端が開く可能性すらある。
 砦ではなくもっと王都寄り、できればアイム国にリラの身柄の確保を願い出るべきだ。まずは領館まで下がらせた方がいい。

「だが後ろ盾もない娘一人を我が国の王都に送ったところで、マルカ国と同じく飼い殺しになるだけだろう。最悪、情報を抜かれて殺される」
 
 マルカ国で王子妃になれなかった伯爵令嬢が、王子妃の侍女になったように。機密を知るものは死ぬまで手元に置いておくべきだ。リラはそれも選ばなかった。メイドになりすまして王宮でも所在を把握できない令嬢を王家は持て余して、廃棄することを選んだ。
 アイム国があの欲のない娘を繋ぎ止める方法など、わかるはずもない。王都に託したところでよくて幽閉、悪くすれば捨て駒にされる。
 
「じゃあどうする? 俺はリラちゃんには幸せになって欲しい」

 ハイネスはかなりリラに餌付けされていた。実は既婚者のハイネスだが、砦には単身赴任だ。砦の食生活を改善してくれたリラには、領兵と同じくらい、いや領主補佐として砦の管理が楽になった分もあわせて、感謝の気持ちが溢れている。ぜひ幸せになって欲しい。

 大人ふたりが一人の娘について厳しい顔で意見を交わしている頃、焦れたマルカ国も動き出していた。

 マルカ国第二王子が使節としてサスティア辺境伯に面談を求め、川を越えてきたとの報が入ったのは、その日の午後だった。
 ハイネスはリラに部屋から出ないように言い含めるために砦内を走った。
 
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