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リラの過去①
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リラのマルカ国での名前はリヴィアディラ・ハルフネン。ハルフネン侯爵家の令嬢だった。
七歳の時に王子妃候補の一人として王宮に招聘された。ハルフネン侯爵家にはリヴィアディラの兄にあたる嫡男と弟がいて、娘は王子妃として王家に嫁ぐことに問題はなかった。
王子妃候補は他にも何人かいた。王家には王子が二人、王子妃はそのどちらかと相性が良いものが選ばれる。複数いるのはスペアのためだ。王子たちはリヴィアディラより二つ上と、同い年。彼らが婚姻するであろう十数年後まで、王子妃教育と王族としての待遇を受け、問題なく王宮で過ごすことができたものが選ばれる。
リヴィアディラが十二歳になる頃には、候補はリヴィアディラを含めて四人にまで絞られていた。他の令嬢たちは王子妃として相応しくないと判断されて、生家に戻された。その間にも何人か新しく王子妃候補として加えられた令嬢もいたが、長くは続かなかったようだ。
同じ王子妃候補にはリヴィアディラの侯爵家より格上の、公爵家の令嬢が二人いた。王家の本命はこの二人だった。リヴィアディラより前から王宮に上がり、教育を受けていた。王宮での扱いもリヴィアディラに対するものとは明らかに違っていた。
リヴィアディラはそれに対して不満はなかった。家格の違いで扱いが変わることなど、当たり前の事だからだ。だがそれに不満を抱いた他の令嬢は王子妃候補から外された。
王子妃教育もまじめに受けていた。リヴィアディラは勉強することが嫌いではない。教本を読んで頭に入れて、きちんと実践できれば叱られたりしない。一般教養からこの国の歴史、王家の歴史、身分に応じたマナーや決まり事、さまざまな行事など。
一番好きだったのは外国語の勉強だった。アイム国はマルカ国とほぼ同じ言語だが、わずかに言い回しが違うところがある。その他の海の向こうの国などは全く言語形態が違ったりする。外国語の授業はその国の教師が来て教えてくれる。外国語の教師たちは王子妃候補の実家の家格を、成績の対象としなかった。
王子たちは凛々しく美しかった。気品に溢れた公爵家の令嬢たちと並ぶとより一層輝きが増すようだ。
ほぼ確定された王子妃候補。そこに未だ残り続けるリヴィアディラへの風当たりは年々強くなっていった。
侍女の数が減り、いつのまにか世話役が誰も居なくなっていた。リヴィアディラのまわりから人が徐々に減るたび、どんどん自分で何でもできるようになっていった。誰もいなくなった時には一人で王宮に与えられた部屋を管理できるようになっていた。その部屋も更に狭いものへと変えられた。狭い部屋なら手入れが楽だとリヴィアディラは思った。
何度か食事に毒が盛られたこともあるらしい。致死性のものから公の場で粗相をしてしまうようなものまで。リヴィアディラは自動発現の魔法で無事だったが、その度に何人かの令嬢が脱落していった。
王子妃教育を終えたのはリヴィアディラが十三歳の頃。この頃にはリヴィアディラのことを顧みるものはほぼいなくなっていたが、王子妃候補を辞退するほどの失態がないため、未だスペアとして留め置かれていた。
リヴィアディラは王宮で放置されていた。
公爵家の令嬢たちは日々王子との懇談やお茶会、王子妃としての公務見習いなどをしていたが、そこにリヴィアディラが呼ばれることはなかった。
暇を持て余したリヴィアディラは、ある日使用人塔に潜り込み、その日着任した数人のメイドに紛れて王宮で働くことにした。その日は運良く王宮開催の夜会準備で忙しかったため、予定より一人増えたメイドがどの部署の誰の責任か追求されることがなかった。使用人塔とはいえ王宮内である。王宮への出入りは厳しく管理されているが、もともと王宮にいたリヴィアディラが紛れ込むなど誰も考えなかった。
ちなみにその夜会は、デビュタントをしていないリヴィアディラには参加資格がないものだったが、二つ年上の第一王子と、一つ年上の公爵令嬢はお互いをパートナーとして出席していた。対外的にも実質婚約状態とも取れるものだった。
リヴィアディラは変装のためにメガネをかけてリラと名乗り、メイドに混ざってさまざまな仕事を覚えていった。物覚えが良く手際のいいメイドとして色々な部署で重宝された。誰もリラがリヴィアディラだと気づかなかった。王宮での暮らしで一番楽しかったのはこのメイドとして働いていた時期だったと思う。
メイドとして勤める間に、王宮に出仕してきた生家の父や兄と出会うことがあったが、向こうはリヴィアディラだとわからなかったようだ。リラも素知らぬふりで廊下の脇に寄って、頭を下げてやり過ごした。七歳の時に生家を出てから顔を合わせた機会は数えるほどしかない。毎年誕生日にはカードが一枚届いたが、それきりだ。今更甘えたり現状について実家に不満などを言うものではないと、王子妃教育で教わっていた。顧みられていないとはいえ未だリヴィアディラは王子妃候補、準王族なのだ。
その素直さと潔癖さがリヴィアディラを追い込んだ。本人すら知らないまま。
七歳の時に王子妃候補の一人として王宮に招聘された。ハルフネン侯爵家にはリヴィアディラの兄にあたる嫡男と弟がいて、娘は王子妃として王家に嫁ぐことに問題はなかった。
王子妃候補は他にも何人かいた。王家には王子が二人、王子妃はそのどちらかと相性が良いものが選ばれる。複数いるのはスペアのためだ。王子たちはリヴィアディラより二つ上と、同い年。彼らが婚姻するであろう十数年後まで、王子妃教育と王族としての待遇を受け、問題なく王宮で過ごすことができたものが選ばれる。
リヴィアディラが十二歳になる頃には、候補はリヴィアディラを含めて四人にまで絞られていた。他の令嬢たちは王子妃として相応しくないと判断されて、生家に戻された。その間にも何人か新しく王子妃候補として加えられた令嬢もいたが、長くは続かなかったようだ。
同じ王子妃候補にはリヴィアディラの侯爵家より格上の、公爵家の令嬢が二人いた。王家の本命はこの二人だった。リヴィアディラより前から王宮に上がり、教育を受けていた。王宮での扱いもリヴィアディラに対するものとは明らかに違っていた。
リヴィアディラはそれに対して不満はなかった。家格の違いで扱いが変わることなど、当たり前の事だからだ。だがそれに不満を抱いた他の令嬢は王子妃候補から外された。
王子妃教育もまじめに受けていた。リヴィアディラは勉強することが嫌いではない。教本を読んで頭に入れて、きちんと実践できれば叱られたりしない。一般教養からこの国の歴史、王家の歴史、身分に応じたマナーや決まり事、さまざまな行事など。
一番好きだったのは外国語の勉強だった。アイム国はマルカ国とほぼ同じ言語だが、わずかに言い回しが違うところがある。その他の海の向こうの国などは全く言語形態が違ったりする。外国語の授業はその国の教師が来て教えてくれる。外国語の教師たちは王子妃候補の実家の家格を、成績の対象としなかった。
王子たちは凛々しく美しかった。気品に溢れた公爵家の令嬢たちと並ぶとより一層輝きが増すようだ。
ほぼ確定された王子妃候補。そこに未だ残り続けるリヴィアディラへの風当たりは年々強くなっていった。
侍女の数が減り、いつのまにか世話役が誰も居なくなっていた。リヴィアディラのまわりから人が徐々に減るたび、どんどん自分で何でもできるようになっていった。誰もいなくなった時には一人で王宮に与えられた部屋を管理できるようになっていた。その部屋も更に狭いものへと変えられた。狭い部屋なら手入れが楽だとリヴィアディラは思った。
何度か食事に毒が盛られたこともあるらしい。致死性のものから公の場で粗相をしてしまうようなものまで。リヴィアディラは自動発現の魔法で無事だったが、その度に何人かの令嬢が脱落していった。
王子妃教育を終えたのはリヴィアディラが十三歳の頃。この頃にはリヴィアディラのことを顧みるものはほぼいなくなっていたが、王子妃候補を辞退するほどの失態がないため、未だスペアとして留め置かれていた。
リヴィアディラは王宮で放置されていた。
公爵家の令嬢たちは日々王子との懇談やお茶会、王子妃としての公務見習いなどをしていたが、そこにリヴィアディラが呼ばれることはなかった。
暇を持て余したリヴィアディラは、ある日使用人塔に潜り込み、その日着任した数人のメイドに紛れて王宮で働くことにした。その日は運良く王宮開催の夜会準備で忙しかったため、予定より一人増えたメイドがどの部署の誰の責任か追求されることがなかった。使用人塔とはいえ王宮内である。王宮への出入りは厳しく管理されているが、もともと王宮にいたリヴィアディラが紛れ込むなど誰も考えなかった。
ちなみにその夜会は、デビュタントをしていないリヴィアディラには参加資格がないものだったが、二つ年上の第一王子と、一つ年上の公爵令嬢はお互いをパートナーとして出席していた。対外的にも実質婚約状態とも取れるものだった。
リヴィアディラは変装のためにメガネをかけてリラと名乗り、メイドに混ざってさまざまな仕事を覚えていった。物覚えが良く手際のいいメイドとして色々な部署で重宝された。誰もリラがリヴィアディラだと気づかなかった。王宮での暮らしで一番楽しかったのはこのメイドとして働いていた時期だったと思う。
メイドとして勤める間に、王宮に出仕してきた生家の父や兄と出会うことがあったが、向こうはリヴィアディラだとわからなかったようだ。リラも素知らぬふりで廊下の脇に寄って、頭を下げてやり過ごした。七歳の時に生家を出てから顔を合わせた機会は数えるほどしかない。毎年誕生日にはカードが一枚届いたが、それきりだ。今更甘えたり現状について実家に不満などを言うものではないと、王子妃教育で教わっていた。顧みられていないとはいえ未だリヴィアディラは王子妃候補、準王族なのだ。
その素直さと潔癖さがリヴィアディラを追い込んだ。本人すら知らないまま。
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