流され追放令嬢は隣国の辺境伯に保護されました

そうみ

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クッキー大人気

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 お茶の時間にシュークリームを出してみた。
 案の定領主は、力加減がわからずにシュークリームを爆発させた。
 予測していたリラは真顔で、フィンガーボウルと呼んでいる手桶が乗ったワゴンを領主の側に寄せる。
 領主はなんだか情けない顔をしているが、リラはこれが見たかったのだ。無表情ではあるが内心拳を振り上げている。オムレツ祭りの兵士たちの如く。
 
 正直、クッキーに飽きた。兵士たちは全然飽きないがリラが一番はじめに飽きた。プレーンクッキーばかり焼いていたのはひと月ほどで、ドライフルーツを混ぜたり、スパイスを混ぜたり、紅茶の葉を刻んで入れてみたりした。
 ちなみに乾燥した気候のここサスティアは、良質なドライフルーツが名産だ。領民にしてみればこれはありふれたおやつで、お菓子ではないとのことだ。リラと常識が違っただけだ。今更と思ったが敢えて追求していない。隣国の王都でこのドライフィグがどれだけ高価で取引されているかなど、おやつにモリモリ食べているここらへんの子供に知ったことではないのだ。
 味変したクッキーも評判は良かった。だがいつものはないのかと聞かれる。リラはちゃんと保険で用意してある。クッキーは毎回全部なくなるが、プレーンクッキーが常に一番先に消える。刷り込みだ。一番はじめに食べたクッキーがママの味として兵士たちに刻まれてしまったのだろうと思われる。多分。

 とにかくクッキー作りにも食べるのにも飽きたリラは、次に何を作るか考えてみた。
 優先するのは領主の好み。クッキーはプレーンが好きなようだ。他の兵士たちと同じく、刷り込みが効いている。他に何か作る場合も変わったものを混ぜて、今後材料が手に入りにくくなって作れなくなるのは拙い。ありふれた材料で作れるものが良い。
 パウンドケーキがいいかもしれない。ドライフルーツは豊富にあるからいつでも使い放題だ。そこでリラは思い出した。あのぷるぷる震える領主の手。パウンドケーキは食べるときにカトラリーを使う。できれば手で持って食べるものの方が面白いのではないか。リラ的に。
 領主はどうも手先の繊細な力加減ができないようだ。所作はあんなに美しいのに。慣れれば大丈夫なのだろう。なら壊れやすいお菓子。シュークリームはどうか。大きなものはカトラリーを使うが、小さなものなら手掴みだ。慣れるまでまた、あのちょっと戸惑った顔を見せてくれるかもしれない。見たい。領主の怖い顔以外の表情は滅多に見られない。レアものだ。レアは良い。ちょっと優越感に浸れる。ような気がする。

 シュークリームはリラの期待通りの結果を見せた。だが領主も今回は馴染むのが早かった。あーんする隙はなかった。だが満足だ。少しだけ領主のいつもと違う顔が見られた。

「これも美味いな」
「ありがとうございます」
「いつものクッキーは今日はないのか?」

 やっぱりクッキーか。リラは既に飽きていたが、周りは全然飽きていないのでちゃんと作っている。

「ございます」
「いつもすなまい」
「とんでもないことでございます」

 クッキーは今はもう山盛り盛ってきてはいない。皿に上品に盛り付けてある。まあ普通のクッキーだが。
 領主が上品な所作でクッキーを齧り、ゴブレットのお茶を飲んだところで、リラは話を切り出した。

「お話がございます。お時間をいただいてもよろしいでしょうか」

 領主の眉が眇められた。ちょっと圧が上がるがリラは怯まない。

「構わない。今か?」
「領主閣下のご都合の良い時で結構です。少しお願いがございます」
「今大丈夫だが。何か不足のものがあるのか?」
「いいえ」

 リラはメガネをくっと持ち上げた。

「お願いの前に、わたくしの身の上話を聞いていただけますでしょうか。それからこのお願いについて、閣下に判断していただきたいと思います」

 領主のみずいろの瞳が鋭さを帯びる。
 部屋じゅうの気温が下がったような気がした。
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