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魔法のこと
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リラには誰にも言っていない秘密がある。
生国マルカの神殿しか知らない筈の事だが、多分神殿ももう忘れている。もし覚えていたらリラは今頃ここにいなかった気がする。
リラは少しだけ魔法が使える。
王宮に上がる前、子供が七歳の区切りで、神殿の無病成長の祈祷を受けたときに知らされた。魔法の適性を持つ子供は割と珍しい。全然いないわけではないが、あんまり聞かないくらい。国中の子供が七歳に祈祷を受けるわけではないから、ちゃんと調べればもっといるかもしれない。リラの魔法適性は、ちょっと特別だが大騒ぎするほどのことでもないレベルだったので、親に知らされる事はなく、神官からリラひとりだけちょっとこっちにおいで、と言われて教えられた程度のことだ。
だがもしかしてリラの魔法適性について神殿から王家には告知があったかもしれない。リラが王子妃候補として王宮に招聘されたのが七歳の祈祷の直後だったからだ。多分王家もそのことは忘れている。リラの魔法は王宮で、なんの役にも立っていなかったから。リラの身を守ること以外。
リラは多分無意識に魔法を使っている。害あるものから身を守ること。身体を健康に保つこと。外傷の治癒を早めること。多分毒を盛られたかもしれないと思った事は何度かあるが、毒がリラに効果を発揮する事はなかった。怪我もそうだ。王宮を追われて追放されて、国境の川に投げ込まれても致命傷は負わず、気を失って川を揺蕩っている間に細かな傷は治癒していた。
その恩恵は今この砦にもあらわれている。ような気がする。リラはリラがここに来る以前の砦の様子を知らないから比べようがない事だけれど。
砦に詰める領兵たちの怪我が減った。士気が上がり活気もあふれている。交わす挨拶の声に張りが出て、鍛錬の精度も上がってきた。
リラが砦に拾われてふた月が過ぎる頃には、砦の中からそんな声がよく聞かれるようになった。
魔法のせいか、未だ誰も飽きたと言い出さないオムレツとクッキーの盛り上がった気持ちのせいか、リラにはよくわからない。神殿に聞けばわかるかもしれないが、もう忘れられているようなことを今更思い出して欲しくないのでそのままにしている。
食事に少し保温の魔法をかけて、皆が温かいものを食べられるようにしたり、クッキー生地を冷やして切りやすくしたり、洗濯物や繕い物にほんの少しだけ布が丈夫になるようなおまじないを施すとか、リラが意識して使える魔法はその程度しかない。ちょっとした魔法をかけることで食事が美味いと喜んでくれる反応を嬉しいと思うから、リラはこっそり魔法を使っている。
アイム国辺境サスティア地方は、隣国マルカと川を挟んで国境を接している。
二国間は特に友好を結んでおらず、国力が拮抗していなければ、すぐに領土を巡って争いになるかもしれないくらいは緊張している。ただどちらの国も先攻するほどの武力がないので、川を挟んで睨み合っているだけだ。
このふた月の間にも何度か、マルカ国から川を越えての斥候が入り込んできたことがあった。砦からはもちろん見張りも巡回も行っているので、深く入り込まれることはなく国境を越えた時点で撃退している。
最近は怪我人が減ったような気がする、と領主補佐が書類を見ていて気がついた。小競り合いでも少なからず負傷者は出ていた。それがこのふた月、ほとんどいない。おかげで士気は上がりまくりだ。
領主は自分から功を望んで侵略するタイプではない。サスティア辺境伯は堅守の名家として代々続いている。
面倒なことにならなければいいな、とハイネスはちらっと思ったが、面倒とはどんな、と問われれば具体的には何も思い当たるものはないのだった。
生国マルカの神殿しか知らない筈の事だが、多分神殿ももう忘れている。もし覚えていたらリラは今頃ここにいなかった気がする。
リラは少しだけ魔法が使える。
王宮に上がる前、子供が七歳の区切りで、神殿の無病成長の祈祷を受けたときに知らされた。魔法の適性を持つ子供は割と珍しい。全然いないわけではないが、あんまり聞かないくらい。国中の子供が七歳に祈祷を受けるわけではないから、ちゃんと調べればもっといるかもしれない。リラの魔法適性は、ちょっと特別だが大騒ぎするほどのことでもないレベルだったので、親に知らされる事はなく、神官からリラひとりだけちょっとこっちにおいで、と言われて教えられた程度のことだ。
だがもしかしてリラの魔法適性について神殿から王家には告知があったかもしれない。リラが王子妃候補として王宮に招聘されたのが七歳の祈祷の直後だったからだ。多分王家もそのことは忘れている。リラの魔法は王宮で、なんの役にも立っていなかったから。リラの身を守ること以外。
リラは多分無意識に魔法を使っている。害あるものから身を守ること。身体を健康に保つこと。外傷の治癒を早めること。多分毒を盛られたかもしれないと思った事は何度かあるが、毒がリラに効果を発揮する事はなかった。怪我もそうだ。王宮を追われて追放されて、国境の川に投げ込まれても致命傷は負わず、気を失って川を揺蕩っている間に細かな傷は治癒していた。
その恩恵は今この砦にもあらわれている。ような気がする。リラはリラがここに来る以前の砦の様子を知らないから比べようがない事だけれど。
砦に詰める領兵たちの怪我が減った。士気が上がり活気もあふれている。交わす挨拶の声に張りが出て、鍛錬の精度も上がってきた。
リラが砦に拾われてふた月が過ぎる頃には、砦の中からそんな声がよく聞かれるようになった。
魔法のせいか、未だ誰も飽きたと言い出さないオムレツとクッキーの盛り上がった気持ちのせいか、リラにはよくわからない。神殿に聞けばわかるかもしれないが、もう忘れられているようなことを今更思い出して欲しくないのでそのままにしている。
食事に少し保温の魔法をかけて、皆が温かいものを食べられるようにしたり、クッキー生地を冷やして切りやすくしたり、洗濯物や繕い物にほんの少しだけ布が丈夫になるようなおまじないを施すとか、リラが意識して使える魔法はその程度しかない。ちょっとした魔法をかけることで食事が美味いと喜んでくれる反応を嬉しいと思うから、リラはこっそり魔法を使っている。
アイム国辺境サスティア地方は、隣国マルカと川を挟んで国境を接している。
二国間は特に友好を結んでおらず、国力が拮抗していなければ、すぐに領土を巡って争いになるかもしれないくらいは緊張している。ただどちらの国も先攻するほどの武力がないので、川を挟んで睨み合っているだけだ。
このふた月の間にも何度か、マルカ国から川を越えての斥候が入り込んできたことがあった。砦からはもちろん見張りも巡回も行っているので、深く入り込まれることはなく国境を越えた時点で撃退している。
最近は怪我人が減ったような気がする、と領主補佐が書類を見ていて気がついた。小競り合いでも少なからず負傷者は出ていた。それがこのふた月、ほとんどいない。おかげで士気は上がりまくりだ。
領主は自分から功を望んで侵略するタイプではない。サスティア辺境伯は堅守の名家として代々続いている。
面倒なことにならなければいいな、とハイネスはちらっと思ったが、面倒とはどんな、と問われれば具体的には何も思い当たるものはないのだった。
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