流され追放令嬢は隣国の辺境伯に保護されました

そうみ

文字の大きさ
上 下
4 / 31

クッキー祭り

しおりを挟む
 プレーンクッキーを皿に山盛りにして、領主の目の前に置いてみた。パンを二口で食べてしまう領主には、大きいクッキーが良いかと思ったけれど、火の通りを優先してちまちましたサイズのものを沢山焼いた。領主の分はお皿にうつしたが、残りはバケツに入れてある。適当な容器がバケツ以外ないのはちょっと見映えが悪いな、などとリラは考えているが、山盛りのクッキーも大概上品には見えない。
 食べるやつらはどうせ入れ物なんて見ていない。
 紅茶は木製のゴブレット(大)に注いである。ティーポットは今更用意していない。ゴブレットの方が容積が大きいのだ。

 クッキーに伸ばす領主の手が気のせいかぷるぷる震えている。思わずリラがその手元を凝視すると、そーっとクッキーを摘んだ二本の指が、ぷるぷるからぶるぶる震えるようになって、少し持ち上げると皿にぽとりと落とした。

「あ」

 見てはいけないものを見たリラは慌てて視線を外した。見てませんアピールにぱちぱちと瞬きをする。
 再度手を伸ばした領主は、今度はクッキーを摘んだ瞬間に粉砕した。

「こういうものは、力加減がわからない」

 領主の声がしょんぼりしている。
 リラはほんの少しだけ口元を緩めた。クッキーを摘むのに、こんなに緊張している人をはじめて見た。

 ふと領主と目が合うと、みずいろの瞳が僅かに見開かれている。何かあったかと一瞬後ろを振り返ったが何もない。

 リラに自覚はなかったが、ほんの少しだけでも微笑んだのは久しぶりのこと、この砦に来てから初めての事だった。
 リラがここに拾われてから今まで、ずっと無表情だったのに意図があるわけではない。長らく矯正されてきたから癖になってしまって、表情筋が動かないだけだ。感情を表に出さないよう心がけている間に、感情そのものがなくなってしまったらしい。だから、何も考えずリラはクッキーを手に取った。こうして持てばいいという見本のつもりで。

「領主閣下」

 摘んだクッキーを領主の口元に寄せると、小さく口が開いた。いつも大きい口には吸い込まれるみたいに肉やらパンやらが消えていくくせに、今日に限ってやたら頼りなく見えた。そこにクッキーを放り込む。

「美味い」

 むぐむぐと咀嚼して、ほうと息をつくように領主が言った。厳しく寄せられている眉は緩んで、氷のようなみずいろの瞳は気のせいかいつもより柔らかにみえる。

「失礼いたしました」

 リラは自分が思わずあーんをしてしまったことに今更思い至り、無表情のままそっと姿勢を正した。
 美味いと言われたことがやけに嬉しかった。さらに口元が緩んだかもしれない。

 そのあと領主はなんとか一人でクッキーを食べた。つまみ損ねて落としたり粉砕したりしながら。山盛りの皿の半分くらいが領主の胃袋に消えた頃、やっと普通にクッキーを摘むことができるようになっていた。
 
 練兵時には二時間ごとに休憩がある。昼食後の休憩は大体皆果実を絞った水を飲んだり頭から水を被ったりバケツの水を飲んだりしている。厩の馬と大して変わらない、とは思ったがリラは淑女だからちゃんと黙っていられる。
 休憩時間にお菓子が振舞われるのは異例のことらしく、バケツのクッキーはあっという間に消えた。さらにクッキー祭りが始まりそうになったが、領主に菓子は毎日出ないと言われてしょんぼりしていた騎士たちに同情したリラは、たまには食事にデザートをつけてもいいかと思った。
 砦の領兵たちは甘いものが苦手かと思ったら、そうでもないらしい。というか食べ物なら多分なんでもいい。甘いとか辛いとか区別がついているのかすら不明だなどと失礼なことを考えたりしたが、どうやら美味いことはわかるようだ。
 
 領主が週に一度クッキーを焼くのは負担にならないかと聞いてきたので、大丈夫だと答えると毎週練兵の日に振舞う事になった。練兵後の疲れが取れるのだと言う。
 偶には違うものが良いかと、他に何かと聞いてみたが、クッキーがいいと砦の皆が揃って返事をする。
 これは多分あれだ。クッキー以外のお菓子を知らないやつだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました

しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。 そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。 そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。 全身包帯で覆われ、顔も見えない。 所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。 「なぜこのようなことに…」 愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。 同名キャラで複数の話を書いています。 作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。 この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。 皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。 短めの話なのですが、重めな愛です。 お楽しみいただければと思います。 小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

美形王子様が私を離してくれません!?虐げられた伯爵令嬢が前世の知識を使ってみんなを幸せにしようとしたら、溺愛の沼に嵌りました

葵 遥菜
恋愛
道端で急に前世を思い出した私はアイリーン・グレン。 前世は両親を亡くして児童養護施設で育った。だから、今世はたとえ伯爵家の本邸から距離のある「離れ」に住んでいても、両親が揃っていて、綺麗なお姉様もいてとっても幸せ! だけど……そのぬりかべ、もとい厚化粧はなんですか? せっかくの美貌が台無しです。前世美容部員の名にかけて、そのぬりかべ、破壊させていただきます! 「女の子たちが幸せに笑ってくれるのが私の一番の幸せなの!」 ーーすると、家族が円満になっちゃった!? 美形王子様が迫ってきた!?  私はただ、この世界のすべての女性を幸せにしたかっただけなのにーー! ※約六万字で完結するので、長編というより中編です。 ※他サイトにも投稿しています。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

処理中です...