流され追放令嬢は隣国の辺境伯に保護されました

そうみ

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川から娘が流れてきた、マジで

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 執務室で書類を精査するケインは、隣の席でにまにましている領主補佐のハイネスにわざと書き損じた紙屑を投げつけた。

「朝からずっと、その顔はなんだ」
「何だって、進捗伺い」

 ハイネスはわざとにまにましていたらしい。ケインが反応するのを待っていたのだ。わかっていて無視していたのに、イラッとして根負けしてしまった。だいたいいつもケインが負ける。

「お菓子の話した?」
「ああ」
「どうよ、話弾んだ? あれくらいの歳の女の子はお菓子とか好きだったろ」
「午後休憩に作ってくれるそうだ」
「は?」

 ハイネスがにまにま笑いを引っ込めて、心の底からの疑問を向けた。

「何でリラちゃんがお菓子作る話になってんの。甘いものが好きなら取り寄せてやれって言ったろ」
「俺もわからんが、いつのまにかそんなことになっていた」
「あー、ほんとおまえって奴はもー」

 幼馴染の気安さで、二人だけの時のハイネスの口調は砕けている。むしろ年上なので兄貴気分が抜けない。今も土地柄ゆえに身分も身形も良いのにモテない残念な弟分に、文字通り降って湧いた可愛い娘の扱い方を伝授したつもりだった。

 国境の川で、気を失った状態で見つかった娘は運良く命に別状なく、というかかすり傷ひとつなく、巡回中の辺境騎士団に保護されて砦に運ばれてきた。何日かに一度しか回らない区域だったこともあり、本当に奇跡的だった。
 出身は隣国マルカだと言ったきり他のことは全く語らないが、着ていたものや立ち振る舞いから貴族の令嬢だろうと思われた。たったひとりで令嬢が川を流れてきたのには多分理由があるのだろうが、ここは辺境、自国の貴族の噂さえあまり入ってこないのに、隣国の事情など知る由もない。帰りたい素振りもなかったので、追及しないことにした。
 置いて貰うならと手伝いを申し出てきたが、貴族令嬢にして貰いたいことなど考えもつかない。何せここに令嬢らしき若い娘がいた事などないのだから。自由にしていいと言った翌日早朝、食堂でオムレツ祭りが開催された。

 もともと砦の調理は当番制で、大雑把な男の料理ばかりだった。調理だけを担当する料理人など置くくらいなら、その分戦える人間を増やしたいと思う脳筋ばかりだ。水を入れて煮る、とりあえず焼く、腹が減っているからなんでも食う。ケインやハイネスが砦でなく領館に住んでいた少年時代は、流石にもう少し美味いものを食べていた気がする。毎日しょっぱいか味がないか酸っぱいか、全部罰ゲームの賭けみたいな食生活はなかった筈だ。
 だが慣れというものはこわい。いつのまにか食事とはこんなものだと思い込んでいた。

 そこにあのふわふわオムレツである。
 砦のほぼ全員が熱狂した。恥ずかしながらハイネスもおかわりした。ケインもおかわりしたかった。言えなかった。
 ケインはお礼がしたいと思った。あれから毎日早起きしてリラはオムレツを作ってくれて、昼食も夕食も作ってくれる。下拵えや水汲みや皿洗いはいつもの当番が指示を受けてやるが、味が一定でしかも美味しい食事がどれだけありがたいものかをリラの食事を得てみて初めて知った。

 朝食を一緒に採ってみれば良いと言ったのはハイネスの入れ知恵だ。おかげで毎日必ずリラに会う時間ができた。日中の予定を伝えると部屋の手配などもしてくれる。ものすごく助かっている。どうしてもお礼がしたいとケインは思った。ハイネスが好きな菓子など取り寄せてやれば喜ぶのではないかと言ったので、好みのものを聞くつもりだった。

 ハイネスが苦いものを口に入れたような顔をしている気持ちはわかる。多分ケインも同じ顔をしている。

 どうしてこうなった。
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