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二章〜本番〜
十四
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首筋がいつもより涼しいのは髪を結んだままにしているせいだ。しばっていたゴムを取れば、髪がほどけて首筋にはりついてきた。それでも、こちらの方が落ち着くから下ろしたままにする。
渉の汗の匂いが鼻先をくすぐって、相手の首筋に顔を押しつけて舐めて見た。背中は揺れたが、自転車は漕いだままだ。
「やめて……」
「司にはちゃんと好きな奴いるから大丈夫だよ。そういえば、知ってるか?旗手を完璧にやり遂げたら、願い事が叶うってジンクスあるんだぜ?」
「へぇ……」
「俺さぁ……お前に体育祭に出てほしいっていったの、お前と思い出作りしたかったからなんだよ。来年卒業するし、こうして会うこともねぇだろうし。だから誘ったんだよ……」
「卒業しても、こうして一緒だろう?」
「まぁな、だから旗練習してるときにずっと思ってたことがさぁ……」
俺は背中に額をくっつけた。心臓の音がする。体温がすぐそばにあった。こうしていたい、ずっとこうしていたい。
「ずっと、渉とこうして一緒にいられますようにって願ってた……」
旗を振る、旗がくるくる回って落ちて来る。旗を振ったことのない人間に、旗をキャッチしたときの気持ちはわからないだろう。和太鼓に合わせて舞って、最後の旗をキャッチした瞬間。なんだか永遠の約束をされたような、そんな気がした。
渉とこれからも、死ぬまで一緒だろう。きっと毎日仲良くなんてことはなく、喧嘩したり別れたりとかもあるかもしれない。だがどうせ俺にはこいつしかいないし、こいつにも俺しかいないと思う。自惚れてもいいくらいに、こいつは俺がいないと駄目なんだと思った。
大翔から話を聞いた時、本当に嬉しかった。とんだ奴に愛されたと、嬉しくて誰かに自慢したいくらい。
「鳴海さんってロマンチストだよな」
「渉の家に行ったら、飯なんか作ってやるよ。久しぶりで嬉しいか?」
「いや、昼飯に食った」
「え、どうやって?」
「屋上に隠れてたんだよ、あんたが来ると思って。そしたら、俺の弁当を笹本に渡すもんだから、困ったもんだ。笹本から弁当を奪い返して、食べさせてもらったよ」
司が言っていた相手はこいつだったのか。
大声を上げて笑えば、相手も同じように声をあげて笑った。彼の左手がハンドルから外れて、背後にいる俺に差し出される。それに自分の左手を重ねて、優しく握った。
あれほど遠いと思っていたのに、今じゃ世界で一番近い存在となった。あれほど痛んでいた左足首の痛みは和らいで、少しだけ眠気が襲ってくる。
「渉、好きだ」
「……俺も」
九月も終わり、肌寒い冬が来る。相手の白髪を見つめて、雪原の風景を思い描いた。それでも握り合っている掌の温もりに、残暑の名残を感じる。
この思い出を忘れることはないだろう。一生傍にいると決めたこの男と、遠い手を結んだこの日を。
夕日の中、汗の匂いが二人を包んでいた。
渉の汗の匂いが鼻先をくすぐって、相手の首筋に顔を押しつけて舐めて見た。背中は揺れたが、自転車は漕いだままだ。
「やめて……」
「司にはちゃんと好きな奴いるから大丈夫だよ。そういえば、知ってるか?旗手を完璧にやり遂げたら、願い事が叶うってジンクスあるんだぜ?」
「へぇ……」
「俺さぁ……お前に体育祭に出てほしいっていったの、お前と思い出作りしたかったからなんだよ。来年卒業するし、こうして会うこともねぇだろうし。だから誘ったんだよ……」
「卒業しても、こうして一緒だろう?」
「まぁな、だから旗練習してるときにずっと思ってたことがさぁ……」
俺は背中に額をくっつけた。心臓の音がする。体温がすぐそばにあった。こうしていたい、ずっとこうしていたい。
「ずっと、渉とこうして一緒にいられますようにって願ってた……」
旗を振る、旗がくるくる回って落ちて来る。旗を振ったことのない人間に、旗をキャッチしたときの気持ちはわからないだろう。和太鼓に合わせて舞って、最後の旗をキャッチした瞬間。なんだか永遠の約束をされたような、そんな気がした。
渉とこれからも、死ぬまで一緒だろう。きっと毎日仲良くなんてことはなく、喧嘩したり別れたりとかもあるかもしれない。だがどうせ俺にはこいつしかいないし、こいつにも俺しかいないと思う。自惚れてもいいくらいに、こいつは俺がいないと駄目なんだと思った。
大翔から話を聞いた時、本当に嬉しかった。とんだ奴に愛されたと、嬉しくて誰かに自慢したいくらい。
「鳴海さんってロマンチストだよな」
「渉の家に行ったら、飯なんか作ってやるよ。久しぶりで嬉しいか?」
「いや、昼飯に食った」
「え、どうやって?」
「屋上に隠れてたんだよ、あんたが来ると思って。そしたら、俺の弁当を笹本に渡すもんだから、困ったもんだ。笹本から弁当を奪い返して、食べさせてもらったよ」
司が言っていた相手はこいつだったのか。
大声を上げて笑えば、相手も同じように声をあげて笑った。彼の左手がハンドルから外れて、背後にいる俺に差し出される。それに自分の左手を重ねて、優しく握った。
あれほど遠いと思っていたのに、今じゃ世界で一番近い存在となった。あれほど痛んでいた左足首の痛みは和らいで、少しだけ眠気が襲ってくる。
「渉、好きだ」
「……俺も」
九月も終わり、肌寒い冬が来る。相手の白髪を見つめて、雪原の風景を思い描いた。それでも握り合っている掌の温もりに、残暑の名残を感じる。
この思い出を忘れることはないだろう。一生傍にいると決めたこの男と、遠い手を結んだこの日を。
夕日の中、汗の匂いが二人を包んでいた。
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