君の歪んだ愛し方

井上マリ

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略奪者

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 翌日になっても、真夜は昨夜の行為を口にしなかった。みんなと同じく卓を囲み、食事を口にする。ただいつもより袖を長くひっぱっているのは、昨日縛った痕を隠すためだろう。

 長男の慎司は、相変わらず三男の真之介をからかっている。真夜へ関心も向けていない。
気付かれてもいいが、この場で揶揄されるのは嫌だった。

 食事が終わって兄弟たちがめいめいに出かける。真夜と慎司も出かけたのを確認し、一番最後に真也は外出。誰にもばれないよう、隠れて家を出て昨夜と同じ道を通った。

 真夜が働く店の近くには公園がある。平日の朝なので、あまり人がいない。ほっと安堵してトイレの個室に入り、持ってきた紙袋からパーカーとジャージを出す。真夜が昨日、洗濯に出したものだ。あの店の甘ったるい香りが染み込んでいる。

 いそいそと服を脱いで紙袋につめ、真夜のジャージを着こむ。洗面台の前に立って、くしゃくしゃと髪を乱した。半目にしてみれば、似ている顔がそこにあった。

 心配なのは少し凛々しい眉である。持ってきた安いファンデーションで眉を少しずつ隠し、隠し切れないところは前髪で隠した。

 真夜独特のだるそうな歩き方も真似して、昨日見かけた通り店の裏口から入った。人を探してうろついていると、モップを片手にした若い男を見つけた。廊下をせっせと磨いている。

「あの」

 マスクをしているせいで、やや声がくぐもる。これも計算のうちだ。男は真也を見て真夜だと思ってくれたのか、おつかれーッスと間延びした声で答えた。

「店、辞めたいんだけど」
「おっと、急だねぇ……でも前々から言ってたことだし……そうだ」

 男はどこかへ消えてすぐ戻って来た。

「昨日言い損ねてたんだけどさ、退職するまでに違約金百万渡せってやつ。昨日で達成されたから、いつでも辞めてくれていいよ。六年間お疲れ様」

 手にした紙袋を渡されて、狐に抓まれたような心地になる。

 六年という長い期間、ここで働いていたこともそうだが、違約金とやらを払い続けていたことも知らなかった。一体、兄は何年ここで働かせる気だったんだ。

「まよっち。あのお兄さんのことなんだけどさ」

 真也の雰囲気が変わったことに気付かず、男はなおも続けた。

「あんまり関わらないほうがいいんじゃない。この店で働くように言ったのもお兄さんなんだろう?聞いたよ……お兄さんがパチンコで大損して、その金をウチの店長から貸してもらって、返済のために身売りしろって言ったら弟連れてきたって」
「……兄が」
「店長、サディストだからさ~……おれ、実はアンタが初めて本店に来たときのこと知ってるんだけど、部屋の片づけに入ろうとしたら、失神したアンタを、あの兄さんが嬉しそうに抱きしめてたんだよ……俺ぞっとしたよ……人に思えないよ」

 身震いして、軽口をたたいていた男が震えあがる。苦虫を噛み潰したように、真也は顔を歪めた。口腔に、苦い味が広がる。

「あの人。おかしいよ。ここでもいろんな客みるけど、あんな人、みたことない」

 その意見は的を射ている。
 じゃあ、と手を振った男に軽く会釈をし、二つに増えた紙袋を持って店を後にした。
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