君の歪んだ愛し方

井上マリ

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 ああそうか。店にいかなきゃ。

 古い記憶から目覚めた後は、急速に今に引き戻されて納得する。

 外はとっくに暗がり始めている。寝転がっていた兄を見れば、まだ寝息をたてている。ズボンに手を突っ込んで扉を開けた。

 足音を立てずに玄関まで行く。靴は慎司と真夜の分しかない。みんな、銭湯に行ったのだろう。

 サンダルを引っ掻けて夜闇に消える。喉奥がひどく乾く。精液の濃厚な味が、やたらに恋しい。

 真夜が今、働いている店は家からさほど遠くない。自転車に乗って行ったあの店は本店で、働いている店は分店である。

 店の裏口から入り、控え室の黒服に顔を見せた。真夜の顔を見るなり、黒服は両手を打って喜ぶ。

「二日連続お疲れ様!今日はまよっちに、指名入っているよ」
「そうっすか」

 マスクをつけ、目元を隠した写真を見て指名する男はまずいない。よほど危険なプレイをしたがる客ぐらいだ。

「新客だから、よろしくな」

 ぶんどるだけぶんどって来い、ということだろう。曖昧に返事をして部屋を後にする。

 廊下に出て、連なる部屋のルームランプが点いていない部屋を選んで入る。入り口に備え付けている電話を取り、準備ができたと伝えた。

 ベッドという名の板間に腰を下ろす。最初は痛く感じたこのベッドも、今はほど良い硬さに思う。随分ながく腰を据えてきたものだ。

 手に入ったお金の半分は、慎司のパチンコ代に変わっていくのだけど構わない。どうせ自分には必要ない金だ。

 今日は変に感傷的でいけない。気分を変えようとラックから煙草を取り出した。肝心のライターが見当たらない。手を探らせているうち、部屋の戸が開いた。

「……いらっしゃい」

 部屋の照明は天井から下がった赤い豆電球だけ。他の部屋はLEDに変わっているけど、この部屋だけまだ改装されていない。

 塗装も剥げているしどこかかび臭いが、この部屋が真夜のお気に入りだった。膝を抱いて蹲る。顔を膝の間に埋めた。

 そうしている間に、客はだいたい入って来て猥談を始める。だが今日の客はおかしい。なかなか入っても来ないし、口も開かない。

 じれったくなって顔をあげて、一度そして二度ほど見た。いつも着ている革ジャンを小脇に抱え、見下ろしている。

「……酷い顔だ」

 掠れた低い声に聞き間違えるはずがない。

「お前が家を出てくるのをこっそりつけて来たんだ。まさかこんな店で働いているなんて……」

 ああそんな。

「真夜、正直に言え」

 きらきらと輝いた目で俺を見るんじゃない。汚れきった俺を見て、いつも内心笑っているくせに。

「脅されているんだろう。慎司に」

 たっぷりと間をおいて、ようやく吐き出した。

「真也」

 清廉潔白で実直で、真逆の立ち位置にいる次男が、眉を下げて真夜のからだを抱きしめた。

 突き飛ばすことも忘れて、彼の背中にしがみついて言葉を探す。だけど、喉の奥が枯れたように声が全く出なかった。

 嗚呼、今日は碌でもない日になった。
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