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兄
六
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身ぶるいしたからだを抱き寄せて、執拗なぐらい慎司に体中を吸われる。白い真夜の肌に鬱血痕は残りやすい。誰かに見られる心配も無いので黙ってされるままでいる。
「……愛しているよ……真夜……俺の一番の可愛い弟……」
とろけた表情で彼が言うものだから、兄弟で良かったとか考えた。だって他人であったら、この兄に愛される血の繋がった肉親にはなれないのだから。
その日を境に、慎司が部屋に来るたびに性交に溺れた。ゴム無しでしたのは最初だけで、それ以降はずっと避妊をしてくれた。労わることもなく、慎司が求めればからだを合わせる。拒む理由も無かった。
次第に彼に誘われるまま、部屋から廊下、廊下から、居間、家から外へ出るようになった。両親は真夜の変化に喜び、兄弟も喜んでくれた。
不思議なことに、両親も兄弟も真夜が起こした問題についてその後どうなったのか口にしなかった。
無かったことになっているんだろう。その時はそう思っていた。だがだれも、慎司と外出してまでセックスしているなんて知らなかっただろう。しかし彼は、ただ与えるだけの男ではなかった。
「真夜、どっか行こうか」
性交を終えたばかりでぐったりと寝転んだ真夜の頭をなでながら、唐突にそんなことを言い出した。
「どこへ?」
「ん~……」
考えるそぶりをしながら、慎司は視線を窓の外へ向けた。黒雲が空を覆い、太陽は顔をみせない。
「自転車で海まで行けるかな。国境とか、越えられたりしないかな」
そんなことは無理だ。馬鹿な真夜でも分かる。
日本は島国で、船か飛行機で無い限り国境など越えられない。それでもその時の彼は妙に真面目くさっていて、冗談を言っているように見えなかった。 癖の強い黒い髪を指に絡めながら、毛先に唇を落とされた。
「越えられるかもしれないよ」
見え透いた嘘を吐いた。慎司は少しだけ笑う。まなじりを下げた悲しい笑みだった。
「越えようぜ。国境」
すぐさま、兄の言うとおり、「国境を越える旅」の準備をした。といっても、リュックサックに服を詰めて財布を投げ入れただけで外に出る。
慎司はいつも通り赤のパーカーを着こみ、赤いリュックを前かごに入れていた。背中を目で示されて、黙って後ろに座る。腰に腕を回せずにいると、腕を引っ張られて腰を掴んだ。
「行くぞ」
そのときの声が、何時よりも頼りなくて思わず笑う。がたがたと動き出した自転車の後ろで、家を一度だけ振り返った。声を上げそうになって飲み込む。
真也が口を開けて何か叫んでいる。パーカーのフードを頭から被り、耳を塞いだ。もう後ろは振り返らない。
走り出した自転車は、見慣れた町を通り抜けていく。人の声も機械音も何も聞こえなかった。ただ、慎司の息遣いだけが聞こえてくる。
どこまで行くのか。どうしていくのか。何も知らない。それでもどこか遠い場所に行きたかった。
まなじりに涙が溢れて止まらなかったが、フードで拭って消す。慎司がどんな顔をしているか見ることはできなかった。
結局国境を越えるどころか、隣町の見知らぬ繁華街で自転車は止まった。彼は肩で息をしながら、「着いたぞ」と告げる。
降りると、目の前にはピンク色のネオンが輝く、薄暗い店が佇んでいる。周囲の店も同じように薄暗く、中には赤いライトで照らされた看板もあった。
ここはどこ。
そう聞くこともできず、腕をひっぱられて店のカーテンをめくった。慎司は自転車を路上に倒して、捨て置いてしまう。
「……愛しているよ……真夜……俺の一番の可愛い弟……」
とろけた表情で彼が言うものだから、兄弟で良かったとか考えた。だって他人であったら、この兄に愛される血の繋がった肉親にはなれないのだから。
その日を境に、慎司が部屋に来るたびに性交に溺れた。ゴム無しでしたのは最初だけで、それ以降はずっと避妊をしてくれた。労わることもなく、慎司が求めればからだを合わせる。拒む理由も無かった。
次第に彼に誘われるまま、部屋から廊下、廊下から、居間、家から外へ出るようになった。両親は真夜の変化に喜び、兄弟も喜んでくれた。
不思議なことに、両親も兄弟も真夜が起こした問題についてその後どうなったのか口にしなかった。
無かったことになっているんだろう。その時はそう思っていた。だがだれも、慎司と外出してまでセックスしているなんて知らなかっただろう。しかし彼は、ただ与えるだけの男ではなかった。
「真夜、どっか行こうか」
性交を終えたばかりでぐったりと寝転んだ真夜の頭をなでながら、唐突にそんなことを言い出した。
「どこへ?」
「ん~……」
考えるそぶりをしながら、慎司は視線を窓の外へ向けた。黒雲が空を覆い、太陽は顔をみせない。
「自転車で海まで行けるかな。国境とか、越えられたりしないかな」
そんなことは無理だ。馬鹿な真夜でも分かる。
日本は島国で、船か飛行機で無い限り国境など越えられない。それでもその時の彼は妙に真面目くさっていて、冗談を言っているように見えなかった。 癖の強い黒い髪を指に絡めながら、毛先に唇を落とされた。
「越えられるかもしれないよ」
見え透いた嘘を吐いた。慎司は少しだけ笑う。まなじりを下げた悲しい笑みだった。
「越えようぜ。国境」
すぐさま、兄の言うとおり、「国境を越える旅」の準備をした。といっても、リュックサックに服を詰めて財布を投げ入れただけで外に出る。
慎司はいつも通り赤のパーカーを着こみ、赤いリュックを前かごに入れていた。背中を目で示されて、黙って後ろに座る。腰に腕を回せずにいると、腕を引っ張られて腰を掴んだ。
「行くぞ」
そのときの声が、何時よりも頼りなくて思わず笑う。がたがたと動き出した自転車の後ろで、家を一度だけ振り返った。声を上げそうになって飲み込む。
真也が口を開けて何か叫んでいる。パーカーのフードを頭から被り、耳を塞いだ。もう後ろは振り返らない。
走り出した自転車は、見慣れた町を通り抜けていく。人の声も機械音も何も聞こえなかった。ただ、慎司の息遣いだけが聞こえてくる。
どこまで行くのか。どうしていくのか。何も知らない。それでもどこか遠い場所に行きたかった。
まなじりに涙が溢れて止まらなかったが、フードで拭って消す。慎司がどんな顔をしているか見ることはできなかった。
結局国境を越えるどころか、隣町の見知らぬ繁華街で自転車は止まった。彼は肩で息をしながら、「着いたぞ」と告げる。
降りると、目の前にはピンク色のネオンが輝く、薄暗い店が佇んでいる。周囲の店も同じように薄暗く、中には赤いライトで照らされた看板もあった。
ここはどこ。
そう聞くこともできず、腕をひっぱられて店のカーテンをめくった。慎司は自転車を路上に倒して、捨て置いてしまう。
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