君の歪んだ愛し方

井上マリ

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四(※)

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 肉壁をこじ開けた杭は、味を教え込むみたいに何度も行き来する。肩に入っていた力も自然と抜けていき、慎司の腕に縋った。

「にい、さん」

 振り向いて見上げた彼の表情は、今までみたことないほど優しい表情をしていた。眉を下げて口元を緩め、真夜の頭を撫でている。

「こっち向いて、してよ」

 幼いころに戻ったように、彼の腕を引いて駄々をこねていた。嫌われるかもしれない。背筋が寒くなった。だが、慎司は黙ってからだを抱き上げて、膝の上に座らせてくれた。汗が流れる顎を指先で撫で上げられる。

 悦楽に歪んでいた眼差しが、今度は妙な光を宿している。黒々とした闇が真夜を覗き込んでいる。

「真也が嫌いな、本当の理由を教えてやろうか」

 喉を鳴らして冷静に待っている自分がいた。彼は首を傾け、歪な形になった唇を己の舌先で舐め上げた。

「お前が好きだから、嫌いなんだ」
 
 おおよそ、人を嫌っているとは思えないほどの眩しい笑みで言われた。

 口角を吊り上げて、慎司は蛇のように真夜の首を舌先で舐め上げる。

「すき…じゃない……」

 胎内に入った肉の存在をありありと感じる。なぜ今、考えるのか。

 真夜の細腰を手で撫で上げながら、背骨を手のひらで擦られる。手の動きに合わせて、怯えたみたいにあたふたと慌てる。

「すきじゃない、あんなヤツ」

 次男の真也はいつも恰好をつけており、クサい台詞も恥ずかしげに言うおとこだ。ゆえに他の兄弟からも痛いだの、何だの言われながら存在がほぼ空気になっている。

 だがまったく気にしないのが真也だ。特に真夜は彼のことを心底嫌っていた。クサい台詞も、引き籠るようになった部屋の前で、勝手に「信じている」とか「話をしたい」とか干渉してくる。真夜の深淵を知らないくせに、いつも穢れを知らない目で見てくるのだ。

 引き結んだ唇を緩めることなく、慎司を見た。

「俺は長男なんだぜ。嘘、ついてもわかるんだ」

 眼を見開いて明るい声で話しているが、いつもの慎司ではない。生唾を飲み込んで腰を引いた。ほとんど無意識の行動だ。だがそれが余計に彼のなかの化け物に餌をやっているのだ。

 逃げる間も無く白い腕が伸びて、真夜の首を締め上げた。急速に締め上げられたのではない。真綿で絞めるように、ゆっくりと時間を掛けている。

「嘘だろ。俺は知っている。お前が、真也を罵倒した影でどんな顔をしているか。真也が知らないとこで盗み見ていることも……学校に行かなくなったのも、真也のためのくせに」

 ガラスケースにひびが入る音を聞いた。決壊した。

 ずっと隠して、誰の目にも触れないようにしていたつもりだった。だが慎司は知っていたのだ。ほんのわずかあった隙間に指をつっこんで、こじ開けてきた。

「ちがう、ちがう、ちがう!」

 彼から逃れるために腕をばたつかせるが、布団の上に押さえつけられてしまった。首を絞めていた力が不意に緩み、せき込みながら虫のように身を動かす。

 冷たい一瞥を与えながら、慎司は見ているだけ。助けることも、加えて、胎内に埋め込んでいる肉も抜いてくれない。

「違わない。知ってる。……お前が不登校になったのは、真也が可愛がっていた捨て猫を真也を嫌っている連中がないがしろにしたから、やり返して半殺しにしたからだろ」

 耐えきれなかった涙が眼球からあふれ出た。肩を震わせて泣き始めた真夜はきっとみじめで憐れな、それこそゴミなのだ。

 何も否定できないのは、彼が口にしたことすべてが合っているから。それこそ、ずっと背後に立っていたのかと思うほど正確である。
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