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三章〜願いを叶えて〜
六
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「てか、なんであんなこといってんの、俺……おかしいだろ。怒らせたし、たぶん怒ってる。ヤバい、どうしよう、無理……本当に俺馬鹿……だって、あれじゃまるで……まるで……」
「嫉妬してるみたいだな、石本鳴海」
うわぁ、と声を出しそうになった口を、デカイ筋張った手がふさいでくる。その手をたどって隣にいる人影を見れば、派手なスーツを着た立川先生だった。俺はまだ鳴りやまない心臓を押しとどめながら、口に添えられている手を離してもらう。
「立川先生?」
「おう。こんなとこでなにやってんだ?」
「いや、先生こそ!?」
「お前を探してたんだ。そのウサギ耳、返してもらうぜ」
立川先生が、頭に着いたままのウサギカチューシャを取り上げる。少し髪の毛がひっかかり、何本か抜けたが相手はまったく心配してくれない。この野郎!
「なにすんですか!?」
「お前がこれもってったせいで、大翔のウサ耳見れなくなるとこだったぜ。たく」
「大翔のウサギ耳って……なんか二人って、付き合ってるみたいですよね……」
探りをいれるというより、茶化すように言った。先生のことだから、変な冗談はやめろと殴られるかと身構えていたが、そんなことはなく奴はしれっと。
「あぁ、付き合ってるぞ」
しばらく、開いた口がふさがらなかった。
「んだよ、アホみたいな顔しやがって。いや、もともとアホか」
「え……付き合ってるって、大翔と!?」
「おう、お前知らなかったのか?」
「いや……ぜんぜん……」
渉にいい寄られて好きかもしれないと考えている時点で、男同士をどうこう言えた義理ではないが、それが大親友の話となるとなんだかショックである。しかも、教師でこんなに年上で……。
だがなによりもショックだったのは、その二人の関係に気付けなかった自分の鈍感さである。
「え……だって、何回か茶化したことはあったけど……嘘じゃない?」
「これを嘘だっていったら、大翔が傷つくだろうが。嘘じゃねぇって」
その一言が会心の一撃となって、俺の胸を抉った。むしろ大翔、さっさといえよ馬鹿!俺たち大親友だろうが!
「酷い、あいつ!」
「まぁ、他の奴らには絶対言わないって約束させたしな。お前にだって、言えんさ」
それだけ言って立川先生が俺のそばを離れようとしたので、とっさにスーツの裾を掴んで引き止める。相手は怪訝そうに振り返る。
「なんだよ?」
「先生は、自分に迷惑がかかるから大翔に自分たちの関係を言わせないの?」
渉が女子にモテるから、自分みたいな男と歩いているのは変で人気だからあいつの印象に関わるとか。そういうことをグダグダ考えて、あんなことを言ったのだと思うが、根本的な問題はそこではない。彼は好きな人と言った。俺の名前ではなく、好きな人と言ったことが、俺の心を狂わせる。
どっちでもよかった。ただ渉に愛されるとは、そういうことなのだと思った。俺があいつの全てに影響を与えるのだと、あいつの全てに関わってしまうと感じると、それだけで臆病になる。蓋がさらに重くなった。息ができない。
「顔色悪いな……そんなことで、あのガキへの気持ちに素直になれないのか?」
「ちがう……」
「俺だってちげぇよ。自分のためじゃねぇ、大翔のためだ。俺にとっては自分の保身は二の次。要は大翔がまだ学生である時点で、大手はふるえねぇさ。あいつが大人になって対等になった時、言ってもいいと思ってる」
「それって……大翔が好きだから?」
「当たり前だろ。好きな相手だ、大事にするさ。だが、お前の場合は大事にしすぎだ。それじゃ逆にあいつを傷つけるな」
「なんで分かるんだよ?」
「ガキの恋愛なんて、そんなもんだろ。じゃ、俺は行くぜ」
先生がウサギ耳を片手に、俺に背を向けて顔だけ振り返る。
「まぁ、正直になりたいってんなら、伝説に頼るのも面白いよな」
捨て台詞を残して、先生は行ってしまった。俺は教室の扉が閉まると同時に、床に突っ伏した。大事にしすぎる、だが大事にしたい。そう思うことで、渉を傷つけるのか。
今日も充分傷つけたかもしれないし、もしかしてもう俺のことなんて……てか、まだ好きなのかはっきりしないわけで。
そのとき再び扉が開けられる音と、二人分の足音が響く。俺は息をひそめて、誰だろうかと身構えてた。しかし、それは聞いたことのない男子生徒の声。そして、会話。
「今年はあの釣りの所でいいですかね?」
「あぁ、ここの教室の真下のやつか?」
「そうです、ほらあそこに赤いシャツの男が立ってるでしょ。あそこなら、丁度いいかなって」
「じゃ、今年はそこで決定だな。他の皆に伝えておくよ」
短い会話が終了して、二人が教室を後にした。俺はすぐに机の下からはい出すと、窓にはりついて下の校庭を確認しながら二人の話していたことを反芻する。
赤いシャツの男が立っている場所。巨大水槽は、教室のすぐ真下。そして、今日の校庭から吹きつける風。もしかしたら、いけるかもしれない。
「伝説に……賭けてみるか」
答えがほしいだけでとんだ賭けをするものかと内心苦笑しながら、俺は終了五時になるのを待った。
「嫉妬してるみたいだな、石本鳴海」
うわぁ、と声を出しそうになった口を、デカイ筋張った手がふさいでくる。その手をたどって隣にいる人影を見れば、派手なスーツを着た立川先生だった。俺はまだ鳴りやまない心臓を押しとどめながら、口に添えられている手を離してもらう。
「立川先生?」
「おう。こんなとこでなにやってんだ?」
「いや、先生こそ!?」
「お前を探してたんだ。そのウサギ耳、返してもらうぜ」
立川先生が、頭に着いたままのウサギカチューシャを取り上げる。少し髪の毛がひっかかり、何本か抜けたが相手はまったく心配してくれない。この野郎!
「なにすんですか!?」
「お前がこれもってったせいで、大翔のウサ耳見れなくなるとこだったぜ。たく」
「大翔のウサギ耳って……なんか二人って、付き合ってるみたいですよね……」
探りをいれるというより、茶化すように言った。先生のことだから、変な冗談はやめろと殴られるかと身構えていたが、そんなことはなく奴はしれっと。
「あぁ、付き合ってるぞ」
しばらく、開いた口がふさがらなかった。
「んだよ、アホみたいな顔しやがって。いや、もともとアホか」
「え……付き合ってるって、大翔と!?」
「おう、お前知らなかったのか?」
「いや……ぜんぜん……」
渉にいい寄られて好きかもしれないと考えている時点で、男同士をどうこう言えた義理ではないが、それが大親友の話となるとなんだかショックである。しかも、教師でこんなに年上で……。
だがなによりもショックだったのは、その二人の関係に気付けなかった自分の鈍感さである。
「え……だって、何回か茶化したことはあったけど……嘘じゃない?」
「これを嘘だっていったら、大翔が傷つくだろうが。嘘じゃねぇって」
その一言が会心の一撃となって、俺の胸を抉った。むしろ大翔、さっさといえよ馬鹿!俺たち大親友だろうが!
「酷い、あいつ!」
「まぁ、他の奴らには絶対言わないって約束させたしな。お前にだって、言えんさ」
それだけ言って立川先生が俺のそばを離れようとしたので、とっさにスーツの裾を掴んで引き止める。相手は怪訝そうに振り返る。
「なんだよ?」
「先生は、自分に迷惑がかかるから大翔に自分たちの関係を言わせないの?」
渉が女子にモテるから、自分みたいな男と歩いているのは変で人気だからあいつの印象に関わるとか。そういうことをグダグダ考えて、あんなことを言ったのだと思うが、根本的な問題はそこではない。彼は好きな人と言った。俺の名前ではなく、好きな人と言ったことが、俺の心を狂わせる。
どっちでもよかった。ただ渉に愛されるとは、そういうことなのだと思った。俺があいつの全てに影響を与えるのだと、あいつの全てに関わってしまうと感じると、それだけで臆病になる。蓋がさらに重くなった。息ができない。
「顔色悪いな……そんなことで、あのガキへの気持ちに素直になれないのか?」
「ちがう……」
「俺だってちげぇよ。自分のためじゃねぇ、大翔のためだ。俺にとっては自分の保身は二の次。要は大翔がまだ学生である時点で、大手はふるえねぇさ。あいつが大人になって対等になった時、言ってもいいと思ってる」
「それって……大翔が好きだから?」
「当たり前だろ。好きな相手だ、大事にするさ。だが、お前の場合は大事にしすぎだ。それじゃ逆にあいつを傷つけるな」
「なんで分かるんだよ?」
「ガキの恋愛なんて、そんなもんだろ。じゃ、俺は行くぜ」
先生がウサギ耳を片手に、俺に背を向けて顔だけ振り返る。
「まぁ、正直になりたいってんなら、伝説に頼るのも面白いよな」
捨て台詞を残して、先生は行ってしまった。俺は教室の扉が閉まると同時に、床に突っ伏した。大事にしすぎる、だが大事にしたい。そう思うことで、渉を傷つけるのか。
今日も充分傷つけたかもしれないし、もしかしてもう俺のことなんて……てか、まだ好きなのかはっきりしないわけで。
そのとき再び扉が開けられる音と、二人分の足音が響く。俺は息をひそめて、誰だろうかと身構えてた。しかし、それは聞いたことのない男子生徒の声。そして、会話。
「今年はあの釣りの所でいいですかね?」
「あぁ、ここの教室の真下のやつか?」
「そうです、ほらあそこに赤いシャツの男が立ってるでしょ。あそこなら、丁度いいかなって」
「じゃ、今年はそこで決定だな。他の皆に伝えておくよ」
短い会話が終了して、二人が教室を後にした。俺はすぐに机の下からはい出すと、窓にはりついて下の校庭を確認しながら二人の話していたことを反芻する。
赤いシャツの男が立っている場所。巨大水槽は、教室のすぐ真下。そして、今日の校庭から吹きつける風。もしかしたら、いけるかもしれない。
「伝説に……賭けてみるか」
答えがほしいだけでとんだ賭けをするものかと内心苦笑しながら、俺は終了五時になるのを待った。
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