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一章〜すれ違い〜

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 あれから渉と会わずに、一週間が経過した。その間普通に登校して学生生活を続けていたが、彼に対しての怒りは消えていなかった。だがあれほどしつこかったイジメがなくなったというのに、どこか胸を風が通り抜ける感覚がする。なにか見落としていそうな気がするのに、それが分からない。何かが引っ掛かるが、その何かが分からないもやもや。

 そんな思考が脳内を巡っているせいか、この一週間便所に足をつっこむわ、女子更衣室に入ろうとするわ、宿題を全て忘れるわという駄目っぷり。しかも朝は遅刻してばかりだったので、弁当も作れていないという始末……最悪だ。

 もうあいつのことは忘れよう。奴と会う前の生活に戻ろうと一週間目に覚悟を決めて、早起きした。そして、久しぶりに自分で弁当を作る。
 励ます意味で唐揚げをあげて、それを弁当箱にいれる。その日は今までの生活と違って、以前のように落ち着いて授業を受けることができた。そのまま四時間目の経済が終わり、昼休みになろうとしたとき。

「石本、この資料運ぶの手伝え」

 経済の教師であり、大翔が憧れる立川先生が突如俺を指名した。普段は彼のはずなのにと大翔を見れば、本人は澄ました顔をして行って来いと促してくる。そのまま昼飯を食いにいけるようリュックを背負って、首を傾げながら先生のそばに近寄る。すると、資料集やら教科書やらを山ほど渡された。
 あまりの重さに不平をいったが、先生は気にせず俺の前に立つ。職員室まで来いと先に歩きだした。仕方なく、昼の弁当を希望してついていくことにする。

 教室から職員室までは、二階分下らなければならない。長い廊下を歩いた末、階段を下り始めて資料を持つ指に痺れを感じ始めたとき。先に階段を下っていた先生が「そういえば……」と俺を見上げた。

「お前、坂崎と喧嘩したのか?」

 苗字を聞いただけで、心がざわついてこけそうになる。どうにか壁に寄り掛かることで体勢をたてなおしたが、精神的には震えたまま。

「な、なんでそれを……!」
「星野大翔から聞いてな」
「……あの野郎」
「まぁ、あいつなりの気遣いさ。ところで坂崎といえば、このまえ職員室の窓から面白いもんみたなぁ」
「面白いもん……?」

 俺の身を乗り出さんばかりの喰いつきに、立川先生は胸元から煙草を取り出す。それに火をつけて吸いこむと、大量の煙を俺に向けて吐き出した。話をもったいぶっているので急かすように咳をすれば、思い出したかのように話を続ける。

「それでなぁ。あそこから校舎裏が丸見えなんだが、一週間前ぐらいに問題児の坂崎が珍しくあそこに現れてよ。そしたら、犬を撫でてんだよな。お前はいいな、とか言いながら」
「犬?」
「そう、犬。そしたら、不良が数人あとから来てな。おそらくあの坂崎のことだから、以前彼に負けた不良共だろう。喧嘩でもするのかと思って見ていたら、興味なさそうにどっかへ行こうとしてた。そんな態度だった。だがつまらんと思った矢先、不良の一人が犬に気づいてな。蹴り飛ばしたんだ。そしたら坂崎の態度が一変するもんだから、数人がよってかかって犬を蹴りつける。次の瞬間、坂崎の電光石火の早業。奴ら一人残らず半殺しだ。あれほど圧倒的な喧嘩も、久しぶりに見たぜ。まぁ俺の若いころに比べれば、あんなもんそこらへんでよく」
「先生、それ本当か!!」

 先ほどまで必死に支えていた資料が、腕から滑り落ちる。だが、気にしている暇などなかった。俺はもう一度「本当ですか!!」と昼休み中の階段であることも気にせず、半狂乱で叫んでいた。通り過ぎる生徒たちの好奇な視線も、気にならない。

「本当だ、この目でみたさ。まぁ、信じるかはお前次第だが。本人に確認した方が早いんじゃないか?」
「え、でもどこにいるか……ここ一週間会ってないし……」
「よく言うじゃねぇか、馬鹿は高いとこが好きだって。屋上で煙草吸いに行く時、時々あったぜ。馬鹿一人に」

 最後まで聞くなんてこらえ性がないから、資料を拾うことも忘れて階段を駆け上っていた。途中階段に立っていた大翔に「先生の資料!!」と走りながら告げて、そのまま一直線に屋上を目指す。

 呼吸が乱れたが、それよりも心の霞みが晴れて清々しい。自然に渉の名を呪文のように念じて、しまいには小さく口で唱えていた。何故かはわからないが、走って聞きたかった。あいつの言葉の意味を。
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