上 下
3 / 12

第3話 海と老婆02/02。

しおりを挟む
サンスリーが来て2週間。老婆は日に日に弱っていく。
だが、老婆はそれしか知らないように窓辺の椅子で外を眺めている。

「いいのか?」
「ええ、ご主人様が海に連れて行ってくれるって、大昔に約束したのよ。だから裏切れないわ」


ありえない約束。
だが老婆は40年もその約束に縋っていた。

サンスリーは「そうか、気が変われば言ってくれ」と言って老婆の家を後にした。

その日は普段と違っていていた。
後をつけてくる者がいる。
物乞いか追い剥ぎか、何がくるのかと思ってみたら、小綺麗な見なりの老人とその子供と孫だろう。

「なにか?」と聞くサンスリーに、老人は「何を余計な事をしようとしているんだ!」と声を荒げてきた。
サンスリーは「余計な事?」と聞き返して、話を聞くと老人は老婆の弟だった。
平たく言えば、老婆があの家を出ると世話人達も老人の家族も、全員が保証を失って路頭に迷う事になる。それなのに海に行けなどと、無責任な事を言うなという話だった。

よく言えたモノだ。

サンスリーが「恥ずかしくないのか?」と聞くと、老人達は聞かれた意味もわからずに、意味を聞き返してくる。

「未来があった少女の足の代わりに散々養ってもらって、最後の時すら縋って、恥ずかしくないのか?権力者はもう老い先短い。あの老婆もそうだ。後数日しかもたない。どのみち自活できなければ、まともな生活もお終いだ」

老人達はサンスリーの言葉に真っ赤になって反論してきたが、全て的外れな反論で、聞いていて笑えてきてしまった。

この中で1番切羽詰まるのは孫だ。
老人は財産を食いつぶせば逃げ仰せられる。
親達も人生の後半は辛いが、孫は初めだけ楽で、後が辛いなんて想像もできない。

孫は「いいから二度と近付くな!」と言いながら、ダガーナイフをチラつかせてきた。
散々戦闘用として育ったサンスリーからしたら鼻で笑いたくなる。
新品同様であくまで護身用。よくて脅迫用だろう。

「路地裏とはいえ、街中で抜く覚悟はあるのか?」
「婆さんがいれば大体の事は不問だ!」

老婆の恩恵は衣食住だけでなく、街での暮らしにまで及んでいた事を理解したサンスリーが、ダガーナイフをひと睨みすると、次の瞬間にはダガーナイフは折れていた。

「ひっ!?」と情けない声を上げた孫を、無視して帰るサンスリーの背後からは、「絶対に邪魔をさせないからな!」と老人の絶叫が聞こえてきていた。

それから4日後。
老婆は定位置にも就けずにいた。
サンスリーに気付くと「ごめんなさい。今日は調子が悪いみたい」とベッドで言うが、すぐに意識が混濁して苦しみの声を上げている。

その中で、うわごとのように「足…」「海…」という老婆の声を聞いて、サンスリーは「了解した」と言うとベッドから老婆を抱き上げて、「海に行くぞ」と続けた。
老婆は軽く物のように背負うと、世話人の少女が「行かせない!その人がいなくなったら私は殺される!」と言って剣を抜いてきた。

確かに身のこなしや立ち振る舞いは訓練を受けた者のソレだし、先日の孫とは比べ物にならない。
だが、サンスリーは事もなく世話人を無視して歩き始める。サンスリーの背後で剣を振りかぶる世話人に、サンスリーは「どのみち殺されるなら早くても問題ないな」と言うと、次の瞬間には剣共々世話人は細切れに変わっていた。

サンスリーは少し思い違いをしていた。
権力者は兵達を出してきて、サンスリーを制止させようとした。
中隊規模の兵士達に囲まれて、権力者の名前を出されれば普通なら降参をする。
しかも細切れに変えた世話人の事すら不問にするから、今すぐ立ち去れと言われれば、普通なら二つ返事で老婆を置いて立ち去るのだが、サンスリーは「これも仕事だ」と言って【自由行使権】を収納魔法から取り出して中隊長に見せると、中隊長は顔を強張らせる。
サンスリーのやる事を全て不問とする事が書かれていて、世話人を殺す事も老婆を連れ去る事も自由で、この先の話で言えば権力者同士の話になる。

自由にしていいサンスリー…【自由行使権】を用意した主人と、自由にさせないこの街の権力者の話。

逮捕や投獄は出来ないが、足止めや殺害は許されるので、中隊長は剣を抜いて「それでも老婆を置いていけ」と言うと、サンスリーは「押し通る」と言ってから、「レンズ」と声をかけると光が放たれて中隊長を貫き殺した。

「来てくれたな。だがまだ弱い。光の軌跡が丸見えだ。俺は海を目指す。レンズは周りの連中を蹴散らしてくれ」

サンスリーは老婆を背負って軽々と走り街を出る。追走する者は、全てレンズが片付けていた。

1日程海を目指した。
サンスリーが本気で走ったので、馬以上の速さで海を目指せたが、それでも老婆の最後には間に合わなかった。

空気はだいぶ変わり、磯臭さが出てきた。

老婆は弱々しく「海?」と呟き、サンスリーが「ああ、もうすぐだ。匂いがするだろ?」と言うと、老婆は「ああ、来られた。これが海。ありがとう」と言って息を引き取った。

何を意味するかはわからない。
だがサンスリーはキチンと穴を掘り老婆を埋葬して見続ける旅を再開した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした

高鉢 健太
ファンタジー
 ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。  ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。  もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。  とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る

マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・ 何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。 異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。  ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。  断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。  勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。  ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。  勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。  プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。  しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。  それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。  そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。  これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。

強奪系触手おじさん

兎屋亀吉
ファンタジー
【肉棒術】という卑猥なスキルを授かってしまったゆえに皆の笑い者として40年間生きてきたおじさんは、ある日ダンジョンで気持ち悪い触手を拾う。後に【神の触腕】という寄生型の神器だと判明するそれは、その気持ち悪い見た目に反してとんでもない力を秘めていた。

神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~

雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。

処理中です...