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風神剣

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 今のそんな二人の感情に気づきもしない、自分勝手な子ども特有な高い声が耳に響く。

 キッと鋭い目つきで、声の主を睨みつけるノエル。スズフミのほうは悲しそうな目でその子どもから目をはなさない。

『そんなこわい顔しないでよ・・・僕だって玩具(おもちゃ)が壊れちゃってショックなんだからさ・・・』

 更に二人の気持ちを逆撫でするような台詞をはくと、子供はつまらなそうに指を動かす。

『カマイタチってなかなか捕まえられないんだよね・・・くるくるまわっておもしろかったのに・・・』

 そう言いながらカマイタチに亡骸回転させる子供・・・それはメリーゴーランドのように・・・しかし力なく回る。

 それを眺めていた子供の顔が苛立ちの表情へと変わってゆく。

『もう、いらないやっ!!』

 ゴミでも捨てるかのように前方へと放り投げる。

 そんな惨い光景を、強く唇を噛み締め、小さい拳をギュッと握りしめ、黙って眺めていたノエルの中の何かがプツリと音を立ててキレる。

『もう、やめろおおぉぉぉっ!!』

 そして再びノエルの頬を熱い涙がつたう。

キュオォォン・・・

 ノエルの心に、親を亡くしたカマイタチの子供の悲痛な鳴き声が突き刺さる。

・・・ノエルはスズフミと違って、人以外の生き物の言葉を理解することはできない。しかし一匹だけ取り残されたカマイタチの子供の哀愁感漂うその姿からそのように感じとったのだ。

ボトッ

 すぐ近くで何か物の落ちる音。自分の脳から発した指令を無視して視線がそこに向かう。

(・・・白い鎌?・・・か・・・カマイタチの手首・・・そんな・・・)

 ノエルの身体がまた自分の意思に逆らい、切断された余韻か、血液の赤みをおびた白い鎌へと手を伸ばす。

・・・声も出せない状態。ここにきてやっと、自分が子供に操られていることに気づく。

 そして手のひらになにか柔らかくも硬いものの感触。研ぎ澄まされた鋭利な刃物。

(くそっ、身体が・・・いうことをきかない・・・あいつ、今度はわたしにイフたちを殺させるつもりなの・・・っきしょうっ、うごけっ、うごいてよっ、このっ!!)

 今の最悪の状況を回避するために、操りの呪縛から必死に逃れようとするノエル。

ビュオオオォォォォッッ

  辺りに物凄い勢いの嵐が巻き起こる。小柄なノエルの身体が吹き飛ばされないのが不思議なくらいだ。

 ・・・その勢いで手から白い鎌が離れ、同時に忌まわしき呪縛からも解放される。そして条件反射的にこの風を巻き起こしたであろう、カマイタチの子供の方をみる。

・・・美しい白い毛は天にむかってそそりたち、小さな身体は水色に発光していた。ノエルは驚いた表情でその姿に魅いっている。スズフミも同じだ。

 そして小さな身体は宙へとゆっくり浮かび上がり、徐々にその姿を変えてゆく。・・・やがてそれは一振りの剣となった。

 美しいレリーフと長い刀身を持ち合わせるその剣は旋風渦巻くその中で神々しく光を放っていた。

 ノエルは光に導かれるようにその場所まで歩を進めると、無言で風神剣(ふうじんけん)を手に取る。それと同時に先ほどまでうねりをあげていた強風が収まる。

 幼い白い獣の気持ちを理解したのか・・・

『かまちゃん・・・いくよっ!!』

 ノエルは力強くそう言うと剣を天にかかげる。

ビュオオォォォッ

 ノエルの小さな身体がうねりをあげる風と共に遥か上空へと舞い上がり、あっという間に地上から見えなくなる。

 上空で剣を構えなおし、数々のかけがえのない命を奪い去った子供へと標的を縛りこむ。

 その目には一点の迷いもなかった。許すことができない者への怒り。その者の命の灯火を消すためだけに剣を握りしめ、一直線に天をかけおりる。

 後押しする風によって加速度がぐんぐんと上がり、あっという間にノエルの姿が子供の視界に映りこむ。子供は焦ったように右手を空に掲げる。再び操るつもりなのだ。

『ヘヴンズ・ジャッジメントッ!! 天罰lっ!!』

 ノエルの台詞が終わると同時に、数多の真空の刃が子供へと流星のように降り注ぎ、その小さな身体を切り刻んでゆく。子供の血液らしきものが辺りに飛び散り地面をぬらす。

『たすけ・・・て・・・』

 初めて感じる痛み。死の恐怖に身体が震えだす子供。

『それは・・・無理っ!!』

 ビュンッ ズバァッ

 居合い切りのように交差するノエルと子供。余りにも殺戮的な血の噴水が完成する。そして後方に着地する小さな身体。

 ノエルの一振りが、生と死をかけた悪魔のゲームに終わりを告げたのだ。後ろを振り返りもせず、カマイタチの子供の変化した剣(風神剣)を両手で優しく地面におく。

 剣は妖怪カマイタチへと姿を戻す。力を使いすぎた影響か、地面に横たわっているその小さな白い身体を持ち上げ、そっと胸に抱き抱える
ノエル。

『・・・今日からわたしが・・・おかあさんになってあげるからね』

キュウゥゥン

 言葉は交わせなくとも気持ちは通じあえる・・・ここに余りにも若すぎる母親の誕生だった。安心したのか、それから間もなくしてカマイタチの子供はノエルの腕の中で寝息をたてはじめていた。

 灰となり消え失せてゆく悪魔の子供の姿を背に少女は自分の戻る場所へと向かう。

(わたしには・・・あなたたちの言葉を聞くことはできないけど・・・この子はわたしが責任をもって面倒をみるよ。だから安心してっ)

 生きていた頃のカマイタチ夫婦の姿を思い浮かべながら、ノエルは心の中で呟いた。

ビュオオォォンッ

 一陣の風がノエルの近くを通りすぎる。その風の音はまるで・・・。

―ありがとう―

 そういったように聞こえた。

 スズフミは親友の小さな勇者を笑顔で迎える。
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