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1章 「生徒と教師は肉体関係を持っちゃ駄目なんですか!?」

1「1話目から告白(物理)されるラブコメ主人公ってどうよ?」

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「あーあ……。やっちゃいましたねぇ……せーんせい? これ、どうするんです? どう責任取ってくれるんですか?」
 
 下校時刻をとうに過ぎた教室。
 橙色だいだいの光が差し込む教室の床にあられもない姿で寝そべる一人の女子生徒。
 彼女の名前は新田蘭香にったらんか

 乱れた制服と、脱ぎ掛けのように足に絡まる黒いショーツ。
 汗が浮かぶライトブラウンのウェーブの掛かった髪が揺れ、その姿に俺は思わず生唾を飲んだ。

 そして視線は彼女の下半身へ向けられ、そこから太腿ふとももを伝い床に垂れる液体に俺の胸は罪悪感という名の鎖によって縛られ、喉から心臓が出てしまうんじゃないかと錯覚するほどの苦痛に苛まれた。

 どうしてこうなっちまったんだろう──

 俺はただ真っ当な教師生活を送っていたいだけだった。
 教師という立場から、生徒達に物事を教え、伝えるというただそれだけの関係で彼女とも向き合っていきたかった。ただ、それだけだったのに──

 考えたところで後の祭り。こうなってしまってはもうどうしようもない。
 素直に「JKに欲情して手を出しました」と警察に自首するしかないか。

 そんなことを考えている時だ。手で股間を隠しながら、新田蘭香にったらんかは立ち上がり、ズレ下がってくるブラウスを手で押さえながらこんなことを言いだしたのだ。

「先生、私と恋愛ゲームしませんか──?」

 彼女のこの一言で俺の教師生活は一気に変貌へんぼうを遂げてしまうのだが、その前に語らなくちゃいけない話がある。
 なに、そんな長い話でもない。ちょうど10時間程前の出来事だ。



 朝。太陽が昇り、すずめが鳴く頃。
 俺、唐島拓兎|《からしまたくと》はスーツにシャツ、その上からパーカーを羽織るという教師らしからぬ服装でアパートの自室を出た。

 27歳の春が過ぎ、あと3年もすれば俺も三十路。いつまでも独身貴族を気取っていても仕方がないとは思いつつ、この前の合コンも見事に失敗に終わった。
 ただでさえ、教師という職業ってだけでも堅苦しい奴だと思われがちなのに、古文や国語の話をネタに持ち出してしまったのだ。

 太宰治がどうとか夏目漱石はうんたらかんたらとか、女子大生枯らしてみれば正直どうでもいい話で、それを得意げにドヤ顔で語る俺の姿は相当気持ち悪かったのだろう。
 翌日、友人から「もう誘わないから無理すんな」と励ましのメールが届いたことが今でも心の傷になっている。

 と、ここまでつらつらとモノローグを語りながら歩いていた俺はアパートの階段を降り、現在1階の郵便受けの前に立っている。

 まさか、またあの手紙が入ってるなんてことないよな?
 いや、でもここ数日ずっと音沙汰おとさたなかったし、もう流石に来ないんじゃ……。
 でも、一応念のため。

 俺は恐る恐る、触れる手で自分の部屋番号が書かれたポストを開けた。
 すると──

「な、なんだこりゃ!?」

 ゴソゴソって音と共に数十枚の封筒が雪崩のようにポストから解き放たれ、それはすごい勢いで地面に向かって落ちていく。

「流石に、これは多すぎじゃないか……?」

 雑草が生えた土の地面の上に無造作に散らばった手紙。
 ファンレターなんかじゃない。いや、あながち間違ってもないが、まだファンレターの方が可愛げのある悪戯だ。

 送り主は不明。
 去年の秋くらいから頻繁に送られてくる謎の封筒。中身は至って普通の手紙、とは言い難い代物だった。

 通勤中の俺の姿が写された写真や、俺の個人情報に関わる内容の文面、そして一方的に好意を押し付ける旨の恋文とはあまり呼びたくないラブレター。

 他にも同一犯であろう者から無言の電話がかかってくることもあり、本気で恐怖した俺はこの1年の間に3回程引っ越しを行っていた。
 しかし、この手紙の送り主は一体どんな情報網を持っているのか、不思議と数日後に再び手紙を送りつけてくるのだ。

「……しかし、参ったな。1カ月前引っ越したばっかなんだが」

 何度か警察には相談したんだが、俺が男ってのもあって真面目に話を聞いてくれることもなく、刑事事件に発展しそうな被害も受けていないため捜査もしてくれない。

 また近い内に引っ越しを考えるか……。できるだけ家賃が低いとこで。

 とりあえず、この散らばった手紙はあとで処分しよう。早く学校に行かないとまたあの校長うすらはげにグチグチ言われる。

 手が土で汚れることも気にせず、俺はおかしのつかみ取りでもするかのように手紙を乱暴に拾い上げ、ぐしゃぐしゃに丸めながらそれをポストに押し込んだ。

 その時だ。
 背後から誰かに見られているかのような視線を感じた。

「……誰かいるのか?」

 背後へ振り返り、いるかもわからない視線の主へ投げかける。

 しかし、返答はない。姿も見当たらず、周りを見渡しても人っ子一人見つからない。
 ただの気のせいかもしれない、が──

「気のせいにしては最近多すぎる気がする」

 人の視線。誰かに見られているっていう感覚ってのは誰しも日常生活で経験することだろう。
 しかし、日にそう何度も感じるような物じゃないと思うんだ。
 たとえば、授業中であったり、通勤中であったり、休み時間や放課後だったり。
 そういった時間全てにおいて、俺は誰かに見られているような視線を感じるのだ。

 ちょうどこの視線を感じるようになったのは今年の4月頃だ。
 新しいクラスを受け持つようになって神経質になり過ぎていたのかもしれないと、最初はあまり気にしていなかったんだが……。

 これが俺の自意識過剰じゃないんだとしたら、犯人はおそらく俺にストーカー行為を繰り返す同一犯に違いないだろう。
 流石に同時期に別々の犯人からストーカー被害を受けるとかどんなラブコメだよって話だ。
 そんなモテ期なら来なくていいわ。

 それにしても、暇だな。俺のストーカーは。
 まだ朝の7時前だぞ。こんな時間にわざわざ寝起きの俺を眺めて何が楽しいのか。
 早起きは三文の得って言葉があるけど、寝起き顔の俺なんて三文どころか一厘いちりんにも満たんぞ。

「はぁ……、気にしたら負けだな」

 暫く視線を感じた先へ目を向け立ち止まってはみたものの、ストーカーのスの字も見当たらないどころか死亡フラグの様式美ようしきびである「なんだ、野良猫か」っていう展開も訪れなかったため、俺はすべてをなかったことにして歩き出した。

 こういう時は無視が一番。
 事件が起きなきゃ警察も当てにならない。
 だとしたら、俺にできる唯一の行動はなんだろうか。

 言うまでもない。
 怖いから極力関わらないだ。
 向こうが飽きてくれるまでただひたすらじっと待つ。それだけだ。

 変に刺激して深夜に寝首を掻かれるなんてまっぴらごめんなんだ。

 ネガティブなんだかポジティブなんだかよくわからない思考で一抹の不安を掻き消す俺の足は、このまままっすぐ駅へと向かって歩き出した。



「えー、であるからして。教職員の皆さんにはくれぐれも生徒達から目を離さないように」

 朝の職員会議ほどつまらない会議も存在しないだろう。
 この時間は俺にとってまさに睡魔との戦いでもある。

 今日の議題は「不純性行為を行う生徒について」だそうだ。

 近頃、ウチの制服を着た女子生徒が、街中でサラリーマンと腕を組んで歩いていたり、共にホテルに入っていく姿が多数目撃されてるとのことで、俺ら教師たちにも注意が向けられている。

 ここは大人としてしっかりと生徒達に指導していくのが教師の役目ってやつなんだろうけど、生憎俺はそんな面倒くさいことはしない。
 俺はただ、生徒達に勉強を教えるためだけにここにいるだけで、わざわざプライベートな面にまで顔を突っ込む気は毛頭なかった。

 きっと、目の前で俺が受け持つクラスの生徒が援助交際なんてしてる現場を目撃しても俺は見て見ぬふりをするだろう。

 触らぬ神に祟りなしだ。
 これで生徒達から反感を貰うのが怖い。
 高校生は怒らすと何をしでかすかわからないからな。

唐島からしま先生、特に貴方のクラス……気をつけてくださいね」
「あ、はい」

 ここにも怒らすと怖い学校の神様(笑)がいたな。
 この明らかにカツラだってわかるような髪のレプリカにはとにかく「はい」と一言頷いておけば大抵なんとかなる。

 こんな風に適当に相槌を打ちながら職員会議は幕を引き、驚くほどの速さで過ぎ去っていく時間を辿り、気づけば放課後。
 生徒達が帰宅した後の2年1組の教室内で俺は、ボーっと窓の向こう側を見つめていた。

 今日も長い1日が終わった。
 という割にはあっという間に1日が終わったような気がするが、そこには触れないでおくとして。

 今日も俺の授業を真面目に聞いてくれる生徒はいなかったなぁ。
 みんな、スマホを弄ったり、隣の席の奴らと喋ったり……。
 俺はいったい何のために教師をやっているのか、正直もうわからない。

 校内じゃモブ島と呼ばれるくらいには存在感が薄い俺の授業。
 それを生徒たちは毎日つまらなそうに聞いている。

 教科書に載っていることを読み、それに基づいた小テストを行い採点。
 それを返却し、授業の最後にそれをおさらいするってだけの淡々とした授業内容。
 実にシンプルで効率的。真面目に受ければいい成績だって取れるはずなんだけどなぁ。

 他の熱血教師共は期末試験や大学受験へ向けた高難易度の問題集を出したり、一人一人の得意教科に対応した個別指導を行ったり、どっかの漫画の暗殺対象もびっくりな量の予習復習テキストなんかを作ったりしているわけだが、俺はそんな不毛なこと一切しない。

 そんなことをしたところで頑張るのは当の本人たち。すなわち生徒なのだから。
 俺がどんだけ熱心に勉強を教えようとしても、それに応える生徒の数なんて2.3人いればいいほうだ。

 どうせ俺達教師と生徒の関係なんてたった3年間。卒業すれば勉強したことと一緒に忘却の彼方へと消える。
 そして、それは教師だって同じことだ。

 俺だって、自分の教えた生徒のことをいつまでも覚えているわけでは──

「せーんせいっ! こんなところで何してるんですか?」
「うわっ!?」

 突如背後から現れた女子生徒の顔に俺はみっともない叫び声を上げ、後方へ後ずさりをした。

 ウェーブの掛かったライトブラウンの髪を揺らし、悪戯な笑みを浮かべた低身長な猫目の少女。
 こいつは確か──

新田蘭香にったらんか、か……」
「え!? 先生、私のこと知ってるんですか!?」
「そりゃ、知ってるよ。だって、一応俺お前の担任だし」

 新田蘭香。俺が担任する2年1組を代表する変人。通称「ビッチ」。
 どこのグループにも属さず、誰にでも笑顔を振りまく彼女の存在は学年問わず校内でも有名で、生徒達に興味のない俺ですら知っているほどだ。

「へー! でも、先生って生徒名簿がなきゃ生徒の名前もわからないって、有名な話ですけど。そんな先生でも私のこと覚えてくれるくらい私って有名人なんですかね!?」

 きゃっきゃうふふと年齢不相応、身長相応な喜び方。こいつが変人って呼ばれる理由はいくつかあるが、この相手が誰であろうと自分のペースを崩さずマシンガンみたいに台詞を連発するとことか、めっちゃ変人だと思う。

 こうやって、俺がモノローグを心内で繰り広げてる今でさえ、彼女は嬉しそうに目を輝かせながら「私ってやっぱり人を惹きつける何かがあるのかもしれない!」とか「先生も実は私のこと大好きなんでしょ!」とか馬鹿みたいな独り言を連発している。

「で、何か用か。新田」
「あ、そうそう。用があってきたんでした。先生にちょっと大事な話がありまして」
「大事な話……?」
「はい」

 ほとんど話したこともない俺に大事な話って、いったいなんだろうか。
 あんまりいい予感はしないが……。

「まあ、聞くだけなら構わないよ。出来るだけ手短に話してくれ」
「あ、はい……。えっと、その、なんと言いますか……」
「おう」
「私、その……」

 なんだろう。すっごいモジモジしてる。
 顔もなんだか赤いし、こういうシチュエーションを俺は前にも一度経験したことがあるんだが、あれはトラウマ級のトラウマで、できれば思い出したくない……。

 これってあれだよな?
 青春ラブコメで良くある、夕陽に照らされた放課後の教室でヒロインが主人公に告白する的な、そういうイベントのワンシーンだよな……?

 まさかな!
 そんなことあるわけないだろ!
 教師と生徒ってどんなラブコメだよ!
 まったく、馬鹿らしいぜ!

 俺は過去のトラウマから目を背けるように、現実逃避を行った。
 が、どうやら俺が建てたフラグは見事に回収される運命にあるらしく──

「実は私、先生のことが好きなんです──!」

 廊下にまで響き渡りそうなくらい、大きな声で告げられた愛の告白。
 真剣な眼差しと、薄っすら頬に浮かぶ赤色が鮮明に眼球に焼き付かれるような気がした。

「そ、そうか……」

 なんでこういう時に限って俺の予想は的中してしまうのか。
 まあ、自分の生徒に告白されて悪い気はしないけど、その気持ちを素直に受け取ることはできないな。
 だって俺、教師だもの。

「お前の気持ちは嬉しいけど、応えてやることはできない」
「……そう、ですか」

 あーあ……。
 めちゃくちゃ落ち込んでるな、こいつ。
 まさか本気で俺と付き合えるとか思ってたわけじゃないんだろうが、こういうのははっきりと駄目だと言わないと、後々面倒なことになるってのを俺は過去に身を持って思い知ってるんだよ。

 新田には悪いが、諦めてもらうしか──

「ちょっと待て。お前、なんで鉄パイプなんて持ってるんだ?」
「えー? どうしてだと、思います?」

 鉄パイプ片手に首を傾げ、頭の上にはてなを浮かべる新田。
 バックの夕陽が薄暗いシルエットを作り出し、左右へ首を傾げる新田の動きを不気味な物へと変える。

「そんなのわかるわけないだろ。どうしてこのシチュエーションで鉄パイプが出てくるんだよ」
「まあまあ、細かいことは気にしないでおきましょう!」
「全然細かくないからね?」

 ていうか、ほんとに意味がわからないんだけど。
 どうして新田はこんなにも楽し気な笑顔を浮かべて鉄パイプを振り上げているんだ?
 そもそもその鉄パイプはいったいどこから沸いて出たん──

「ちょっと、痛いですけど、我慢してください──!」
「え──?」

 新田の言葉と同時に鉄パイプは天井に向けて振り上げられ、そのまま勢いよく俺の頭頂部目掛けて振り下ろされた。

 直後、俺は意識を失い、教室の床へ倒れた。
 
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