上 下
19 / 39
人への文句は8割自分へのブーメラン

第17話 迷惑と言葉はかけられる時にかけとけ

しおりを挟む
  オコイエとの一悶着から数日、未だ癒えぬ傷を湿布と鎮痛剤で誤魔化すナギヨシの姿が岩戸屋にあった。動きはあからさまにぎこちなく、見兼ねたケンスケが方を貸してやっと動けるといった様子だ。
 かくいうケンスケも頬の腫れは治まりきっていない。
 ナギヨシはヒリヒリと痺れる火傷跡に顔をしかめながら、とある待ち人を待っていた。
 呼び鈴がなり、岩戸屋の戸が開かれる。

「来たか……具合は?」

 ナギヨシの目の前には、美しい銀髪を携えた褐色の少女、ニィナが立っていた。

「ニィナちゃん退院おめでとう」
「ありがとう。私が倒れてる間、ケンスケが守ってくれたって聞いた」
「いや、僕なんてほんとただのサンドバックで……」
「顔面全体を蜂に刺されたみたいな面してたもんな。マンガでしか見たことねーよ」
「ふふっ、私も見たかったな」

 ニィナは柔らかい笑みを見せる。その笑顔のために体を張ったのだと、ケンスケは改めて思った。

「で、ニィナ。お前、これからどうしたい。アイツらのことだ。なんとでも理由を付けて、また連れ戻そうとしてくるぞ?」

 あの後、オコイエの姿は駅の中から消えていた。本人が目覚め、身を隠したのか。はたまた協力者がいたのかは沙汰科では無い。
 しかし大きな野望を持つ者があの程度で引き下がるとは到底思えない。
 ナギヨシの懸念は当然のものだった。

「私は目が届かないうちに天逆町から出ていこうと思う」
「ニィナちゃん……ほんとにそれでいいの?」
「うん。2人にも迷惑をかけた。この後、オウカにも挨拶してくる」
「アテはあんのか?」
「無い。でも、それなりに上手くやる……つもり」

 ニィナの選択は孤独だった。ここから立ち去り、誰にも迷惑をかけず1人で生きていく。それは10代の娘が選ぶにはとても苦しく重いものである。
 それが彼女の強い覚悟であり、意思だった。
 寂しげに『サヨナラ』と告げると、ニィナは背を向け岩戸屋の出口に歩み出した。
 口を紡ぐケンスケは引き止めて良いものか未だ決めきれずにいる。
 気まずい沈黙。時を刻む音だけが岩戸屋に響く。

「待ちやがれ」

 ナギヨシは椅子を2、3度軋ませ、眉間に皺を寄せそう言った。
 ニィナはビクッと一瞬驚き、目を向ける。ナギヨシは真剣な眼差しで彼女を見ていた。

「俺はな、決めてたんだよ。お前の目が覚めたら真っ先に何するかを」
「な、何するの?」
 
 ニィナは不安そうに答えた。誰だって身構えてしまう状況である。次に何を言われるドキドキと心臓の音が身体中を駆け巡っている。

「説教だ!!」
「え?」
「だから説教だよ。説教」

 ナギヨシの口からは意外な言葉が出た。引き止めるでも、見送るでもなく自己満足の塊、エゴの象徴、善意の押しつけ。使い方次第ではパワハラ刃物に該当する説教をこれからしようというのだ。
 
「俺ァ説教されるのは嫌いなんだけどよぉ、するのは大好きでね」
「マジで終わってんなこの人」

 間髪入れずにケンスケはツッコミをする。だが、ナギヨシの耳には届かない。

「ニィナ。単刀直入に言うぞ……お前はもっと人を頼れ!!」
「でも……皆の迷惑になる」
「うるせー!そんなのはなぁ、誰かを守る立場になってから言いやがれ。ケンスケ、テメーもだ」
「僕ゥ!?」

 突然の飛び火に焦るケンスケは、思わず素っ頓狂な声を出してしまう。

「お前らはな、まだガキンチョなんだよ。大人に迷惑かけんのは当たり前なの。そりゃ、できる範囲の責任は取るべきだよ、ウン。でもな、命とか意地とか、しんどい時とかはな。大人をもっと頼りやがれ」

 ナギヨシは真剣な目で2人を見つめた。
 しかし、1人には思うところがあるようですぐさま反論の声が上がる。
 
「ていうか!そもそもナギヨシさんがやらないから僕がニィナちゃんの依頼引き受けたんでしょーが!」
「そいつが助けてって言ったか?」
「え?」
「ニィナ、どうなんだ」

 ニィナはバツが悪そうに頷いた。彼女もまた反省をしている。もし、最初から助けを求めていたら何か変わっていた筈だ。それこそ、3人とも大きな怪我を追わずにすんだかもしれない。

「結果は何とかなったけどな、もしかしたらお前ら2人とも死んでたかもしれないんだぞ。テメーら早死にしたいのか?」

 2人はハッと気付き、首を横に振った。上手くいったから今こうして居られる当たり前のことを忘れていたのだ。眼前に迫った危機というものは、去ってからその脅威が分かるものである。
 ナギヨシの言葉にようやく自覚を覚えたのだ。

「まーなんだ。俺も捻くれて素直に助けてやらなかったのは反省してる。保護者としては失格だ。でもな、ババァも俺も関わったガキを見捨てる真似は絶対にしない」

 ナギヨシは照れくさそうに頭をかいた。

「だからな、あれだ。ニィナ、テメーがちゃんと蹴りつけられるまでババァに面倒見てもらう様約束を取り付けた」
「えっ?」
「だからな。今帰ったら歓迎ムードだ。もう別れの挨拶なんざ出来る空気じゃねーよ。残念だったな。お前にゃ断る権利すら与えねぇ」

 ナギヨシは意地悪そうな顔でニィナに笑いかけた。勝手な行動は彼女にとっては迷惑なことだろうか。
 それは彼女の目から零れた大粒の涙が否定していた。

「私……1人で生きていこうって!皆の迷惑にならないよう、隠れて生きていくって決めたのにッ……!!」
「悪いな。大人はみーんな意地悪するために必死になるんだよ」
「ほんとに、ずるい……私の覚悟全部踏みにじるなんて……ほんと大人ってサイテー……!!」
「サイテーになってでもテメーを助けたい物好きが沢山いたってこった。……気の済むまでこの町にいりゃあいい。ここにいる限りはテメーは岩戸屋が責任もって守ってやる。だろ?ケンスケ」
「はいっ!一度受けた依頼は最後まで守る!それが岩戸屋のモットーですから!!」

 目を何度擦ってもニィナの涙は収まる気配が無かった。止まっていた栓が決壊し、溜め込んだ弱さを全てさらけ出す。
 だが、その弱さは決して悪いものでは無い。ニィナはそれに気付いたのだ。

「私、ほんとに迷惑かけるからね……」
「安心しな。テメーの迷惑なんざ、少年スクワッドの打ち切り打率に比べたら可愛いもんだ」
「嫌な打率だなオイ。ニィナちゃん、僕も迷惑かけてばっかだし、多分ニィナちゃんにも迷惑かけると思う。だかさ、いっそお互いに掛け合っていこうよ。そうしたらお互い支えられるんだから。そっちのが絶対丈夫になるよ!!」

 ケンスケもつられて涙を流し、諭すようにそう言った。
 同じ年頃の彼らにだからこそ分かち合える物もある。
 分かち合いの出来る者同士こそ、友達と言うのだろう。
 
「……うん、うん!ケンスケ、ナギヨシ。本当にありがとう。少し羽を休めるよ。また飛べるように……!」

 今まで溜め込んでいた孤独と、苦しみを全て流すかの様に溢れる涙は、美しく清らかなものだった。
 ならば、それを流しながら満面の笑みを浮かべる彼女は、世界で1番綺麗な姿をしているだろう。
 逃げ、隠れ、苦しみ抜いた日々は少しばかりの終わりを告げる。
 そして、心の奥底でずっと望んでいた彼女の素敵な日々が今始まろうとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

そこの彼女 君は天使ですか? それとも悪魔ですか?

風まかせ三十郎
キャラ文芸
 古武道を正課とする天下一の武闘派高校 私立冥王学院に転校してきた帰国子女、一番合戦嵐子(いちまかせらんこ)。彼女の目的は剣術試合でNO1の地位を獲得することにあった。同学園で不敗の女王の名を欲しいままにした、母蘭子の強くなれという遺言を実現するために。天然で過激な性格が災いして、周囲との軋轢が生じるが、ぼっち化などなんのその。彼女はひたすら対戦を繰り返し、至高の座S級クラス一位の座を目指してひた走る。一番合戦嵐子がその名の通り、沈滞化した学院に嵐を巻き起こす!  

お犬様のお世話係りになったはずなんだけど………

ブラックベリィ
キャラ文芸
俺、神咲 和輝(かんざき かずき)は不幸のどん底に突き落とされました。 父親を失い、バイトもクビになって、早晩双子の妹、真奈と優奈を抱えてあわや路頭に………。そんな暗い未来陥る寸前に出会った少女の名は桜………。 そして、俺の新しいバイト先は決まったんだが………。

あなたのサイコパス度が分かる話(短編まとめ)

ミィタソ
ホラー
簡単にサイコパス診断をしてみましょう

ヨダカの桜吹く後宮異能料理帖

亜夏羽
キャラ文芸
桜雅国の後宮に訳あって連れてこられた瞑 夜鷹(めい よだか)。 彼女はもう残り少ない鳥獣人の末裔であり、2つの異能を持つ最後の鳥妃だった。 後宮恋愛ファンタジー小説、開幕ーー。 新シリーズ始めましたー! こちらは2週間に1回、日曜日に投稿予定です!(投稿が1部ズレる可能性がありますがご了承ください) よろしくお願いいたします!! (表紙はSimejiからお借りしました)

ハンガク!

化野 雫
キャラ文芸
周りに壁を作っていた葵高二年生の僕。五月の連休明け、その僕のクラスに長身美少女で僕っ娘の『板額』が転校して来た。転校初日、ボッチの僕に、この変わった名を持つ転校生はクラス全員の前で突然『彼女にして!宣言』をした。どうやら板額は僕を知ってるらしいが、僕にはまったく心当たりがない。そんな破天荒で謎多き美少女板額が葵高にやって来た事で僕の平穏で退屈な高校生活が全く違う様相を見せ始める。これは僕とちょっと変わった彼女で紡がれる青春の物語。 感想、メッセージ等は気楽な気持ちで送って頂けると嬉しいです。 気にいって頂けたら、『お気に入り』への登録も是非お願いします。

絶世の美女の侍女になりました。

秋月一花
キャラ文芸
 十三歳の朱亞(シュア)は、自分を育ててくれた祖父が亡くなったことをきっかけに住んでいた村から旅に出た。  旅の道中、皇帝陛下が美女を後宮に招くために港町に向かっていることを知った朱亞は、好奇心を抑えられず一目見てみたいと港町へ目的地を決めた。  山の中を歩いていると、雨の匂いを感じ取り近くにあった山小屋で雨宿りをすることにした。山小屋で雨が止むのを待っていると、ふと人の声が聞こえてびしょ濡れになってしまった女性を招き入れる。  女性の名は桜綾(ヨウリン)。彼女こそが、皇帝陛下が自ら迎えに行った絶世の美女であった。  しかし、彼女は後宮に行きたくない様子。  ところが皇帝陛下が山小屋で彼女を見つけてしまい、一緒にいた朱亞まで巻き込まれる形で後宮に向かうことになった。  後宮で知っている人がいないから、朱亞を侍女にしたいという願いを皇帝陛下は承諾してしまい、朱亞も桜綾の侍女として後宮で暮らすことになってしまった。  祖父からの教えをきっちりと受け継いでいる朱亞と、絶世の美女である桜綾が後宮でいろいろなことを解決したりする物語。

バツ印令嬢の癒し婚

澤谷弥(さわたに わたる)
キャラ文芸
鬼と対抗する霊力を持つ術師華族。 彼らは、その力を用いてこの国を鬼の手から守っている。 春那公爵家の娘、乃彩は高校3年であるにもかかわらず、離婚歴がすでに3回もあった。 また、彼女の力は『家族』にしか使えない。 そのため学校でも能なし令嬢と呼ばれ、肩身の狭い思いをしていた。 それに引き換え年子の妹、莉乃は将来を有望視される術師の卵。 乃彩と莉乃。姉妹なのに術師としての能力差は歴然としていた。 ある日、乃彩は学校の帰り道にとてつもなく強い呪いを受けている男性と出会う。 彼は日夏公爵家当主の遼真。このまま放っておけば、この男は近いうちに確実に死ぬ。 それに気づいた乃彩は「結婚してください」と遼真に迫っていた。 鬼から強い呪いをかけられ命を奪われつつある遼真(24歳)&『家族』にしか能力を使えない能なし令嬢と呼ばれる乃彩(高3、18歳) この結婚は遼真を助けるため、いや術師華族を守るための結婚だったはずなのに―― 「一生、側にいろ。俺にはおまえが必要だ」離婚前提の結婚から始まる現代風和風ファンタジー

あやかし民宿『うらおもて』 ~怪奇現象おもてなし~

木川のん気
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞応募中です。 ブックマーク・投票をよろしくお願いします! 【あらすじ】 大学生・みちるの周りでは頻繁に物がなくなる。 心配した彼氏・凛介によって紹介されたのは、凛介のバイト先である『うらおもて』という小さな民宿だった。気は進まないながらも相談に向かうと、店の女主人はみちるにこう言った。 「それは〝あやかし〟の仕業だよ」  怪奇現象を鎮めるためにおもてなしをしてもらったみちるは、その対価として店でアルバイトをすることになる。けれど店に訪れる客はごく稀に……というにはいささか多すぎる頻度で怪奇現象を引き起こすのだった――?

処理中です...