10 / 39
幕間1
きっと2人は出逢うべくして出逢った
しおりを挟む
よく晴れた日の午後、閑古鳥が鳴く私の店の前を学校帰りの少年少女たちが風を切って走っていく。あの頃に戻りたいとは思わないけど、少し羨ましく感じてしまう。
それもそのはずだ。客の来ない古びた書店『岩戸屋』に数日前から足繁く通う立ち読み野郎を前にしていれば。数時間居続けて、物も買わずに去ってしまうこの男。今までは黙って見過ごしていたが、こうも続くと流石の私も腹が立つ。
「あのぉーいい加減にしてくれません?貴方ずっと立ち読みしてるでしょ。買わないならさっさと出てってよ」
意を決して私は声をかけた。男は読む手を止める。チラリとこちらを見る目は、邪魔されたことに不満を抱いていた。私にはそんな不満など知ったことじゃない。
男はポリポリと頭を掻きながらこう言った。
「俺の楽しみなんだよ。ここで立ち読みするの」
男は寂しげな声色でそう言うとまた漫画に目を戻した。
そうか。こんな寂れた書店を楽しみにしてくれる客が居たのか。私はそんな彼の楽しみを私は邪魔してしまったのか。
「ンなわけねーだろーがぁ!」
「あだァ!?」
私は思い切り六法全書の角で男の頭を打ち付けた。躊躇いなど無い。
「何が楽しみじゃい!!金払わねーで本読む奴なんざ客でも何でもねーんだよォ!テメーの手垢で本も泣いとるわい!!」
「えぇ、そこは目をつぶってくれる流れじゃ……」
「許すわけないでしょ?こんな寂れた書店の店長でも本好きの端くれよ。ただでさえ電子書籍の波に溺れかけてるのに、金払わない奴なんて重りよ、重り。飲まれるどころか沈む一方だっての」
男は頭を擦りながら、バツの悪い顔をした。その表情はどこか叱られた子供の様なあどけなさがある。
不思議なことに、私にはさっき通りを走っていた子供たちと同じ様に思えたのだ。
「……ぷっ!あははははっ!!」
「なんだよ」
「いや、ごめんね?何だか君が子供に見えて。思わず笑っちゃった」
「大人だっての。ンな歳変わんねーだろうが。良いとこだったのによぉ」
そう言う彼の持っていた雑誌はオトナの雑誌、所謂『エロ本』だった。そんなのにいい展開もクソもあるかコノヤロー。
「で、買うの?買わないの?」
「……買う」
「素直でよろしい。全く、やることまで子供っぽいんだから」
男はジャラジャラと音を立ててポケットを弄る。財布はどうした財布は。呆れながらもその様子を見ていると、彼が机に小銭を置いた。
100円が1枚に10円が2枚。そして5枚の1円。
「全然足りないんですけど」
「持ち合わせがこれしか無い」
「……ハァー。呆れた。ていうか売る気も失せた」
「面目ない……」
私は頭を抱える。この男は所謂ニートなのだろうか?やることも無く、ただ時間を浪費するために足繁くこの店に通っていたのか?関わるのも億劫になってきた。
「明日また買いに来る。金が入るんだ。あと、その本も」
「えっ?」
私は彼の指す本に思わず驚いた。それは、私が執筆した小説『夜に囁いて』だったのだ。私が趣味で書いていた物がたまたま書籍化した作品で、正直売上には繋がっていない。世間からしたらドマイナーな作品だろう。
「出来ればサイン付きで頼むよ。先生」
「は?先生?サイン?え?き、君もしかして私の事こと知ってんの!?」
「確信は無かったんだが、露希で書店を営んでるって記事を見たことがある。それで、もしかしたらって」
「えぇーそれだけでぇ?ストーカーの才能あるよ君?」
「ち、違わい!別に話しかけられたくて立ち読み続けたワケじゃないやい!!……飽きずに最後まで楽しめた作品だったから、どうしても感想を伝えたくて」
「それでまごまごしてたと」
「……ソウデスネ」
正直私は嬉しかった。見向きもされない作品だと思っていたから、ストーカーだろうが何だろうが直接の感想は心に来るものがある。
「面白かった?」
「あぁ、とても」
「……そ。なら私も嬉しい。な、なんか照れるね!!あんまり褒められ慣れてないからかなーアハハハ」
気恥しさに思わずふざけてしまう。心の準備が出来ていないと私という人間は、こうも受け取り方が下手くそになってしまうとは。つまるところ、今の私は悪くない気分なのだ。
「君、名前は?」
「ナギヨシ、平坂ナギヨシ。歓楽街でボディーガードしてる。先生がストーカー被害にあった時は助けに行くぜぃ」
「それ君のことでしょ。なるほど、ナギヨシくんね。明日ちゃんと買いに来てね?……恥ずかしけど、サインも書いたげるから」
「安心してくれよぅ。俺は女とした約束はちゃんと守る派だ。何より先生に願われちゃ守らなきゃ損だろう?」
本当にこの男、もといナギヨシくんは子供のような顔をする。人の気持ちがあまり分からない私でも、褒められて得意げなのがすぐに分かる。
「……あと恥ずかしいから先生禁止」
「じゃあ何て呼べば?」
「勇魚ミコト。ミコトでいいよ」
「ミコト……ミコト……」
「何回もブツブツ名前呼ぶのは気持ち悪いよ?」
「そーいうんじゃねーからぁ!?……ミコトさんね。じゃあまた明日来るから、サイン頼んだ」
「はいはい。また明日ねナギヨシくん」
彼はそう言って岩戸屋を後にした。先程まで寂しそうな彼が、満足気な足取りで帰ったことを私は見逃さなかった。
「なんだ、可愛いヤツじゃん」
私もまた、満足気な表情をしていたことに気付く。
そして、自分の著書に描き慣れていないサインを施した。明日の彼が喜ぶ表情はどんなものだろうか。きっと忘れられない素敵な1日になるだろうから、それはもう笑顔に決まってる。
それを想像すると私もまた、クツクツと笑いが込み上げてくる。どうにも明日は私にとっても素敵な日になりそうだ。
それもそのはずだ。客の来ない古びた書店『岩戸屋』に数日前から足繁く通う立ち読み野郎を前にしていれば。数時間居続けて、物も買わずに去ってしまうこの男。今までは黙って見過ごしていたが、こうも続くと流石の私も腹が立つ。
「あのぉーいい加減にしてくれません?貴方ずっと立ち読みしてるでしょ。買わないならさっさと出てってよ」
意を決して私は声をかけた。男は読む手を止める。チラリとこちらを見る目は、邪魔されたことに不満を抱いていた。私にはそんな不満など知ったことじゃない。
男はポリポリと頭を掻きながらこう言った。
「俺の楽しみなんだよ。ここで立ち読みするの」
男は寂しげな声色でそう言うとまた漫画に目を戻した。
そうか。こんな寂れた書店を楽しみにしてくれる客が居たのか。私はそんな彼の楽しみを私は邪魔してしまったのか。
「ンなわけねーだろーがぁ!」
「あだァ!?」
私は思い切り六法全書の角で男の頭を打ち付けた。躊躇いなど無い。
「何が楽しみじゃい!!金払わねーで本読む奴なんざ客でも何でもねーんだよォ!テメーの手垢で本も泣いとるわい!!」
「えぇ、そこは目をつぶってくれる流れじゃ……」
「許すわけないでしょ?こんな寂れた書店の店長でも本好きの端くれよ。ただでさえ電子書籍の波に溺れかけてるのに、金払わない奴なんて重りよ、重り。飲まれるどころか沈む一方だっての」
男は頭を擦りながら、バツの悪い顔をした。その表情はどこか叱られた子供の様なあどけなさがある。
不思議なことに、私にはさっき通りを走っていた子供たちと同じ様に思えたのだ。
「……ぷっ!あははははっ!!」
「なんだよ」
「いや、ごめんね?何だか君が子供に見えて。思わず笑っちゃった」
「大人だっての。ンな歳変わんねーだろうが。良いとこだったのによぉ」
そう言う彼の持っていた雑誌はオトナの雑誌、所謂『エロ本』だった。そんなのにいい展開もクソもあるかコノヤロー。
「で、買うの?買わないの?」
「……買う」
「素直でよろしい。全く、やることまで子供っぽいんだから」
男はジャラジャラと音を立ててポケットを弄る。財布はどうした財布は。呆れながらもその様子を見ていると、彼が机に小銭を置いた。
100円が1枚に10円が2枚。そして5枚の1円。
「全然足りないんですけど」
「持ち合わせがこれしか無い」
「……ハァー。呆れた。ていうか売る気も失せた」
「面目ない……」
私は頭を抱える。この男は所謂ニートなのだろうか?やることも無く、ただ時間を浪費するために足繁くこの店に通っていたのか?関わるのも億劫になってきた。
「明日また買いに来る。金が入るんだ。あと、その本も」
「えっ?」
私は彼の指す本に思わず驚いた。それは、私が執筆した小説『夜に囁いて』だったのだ。私が趣味で書いていた物がたまたま書籍化した作品で、正直売上には繋がっていない。世間からしたらドマイナーな作品だろう。
「出来ればサイン付きで頼むよ。先生」
「は?先生?サイン?え?き、君もしかして私の事こと知ってんの!?」
「確信は無かったんだが、露希で書店を営んでるって記事を見たことがある。それで、もしかしたらって」
「えぇーそれだけでぇ?ストーカーの才能あるよ君?」
「ち、違わい!別に話しかけられたくて立ち読み続けたワケじゃないやい!!……飽きずに最後まで楽しめた作品だったから、どうしても感想を伝えたくて」
「それでまごまごしてたと」
「……ソウデスネ」
正直私は嬉しかった。見向きもされない作品だと思っていたから、ストーカーだろうが何だろうが直接の感想は心に来るものがある。
「面白かった?」
「あぁ、とても」
「……そ。なら私も嬉しい。な、なんか照れるね!!あんまり褒められ慣れてないからかなーアハハハ」
気恥しさに思わずふざけてしまう。心の準備が出来ていないと私という人間は、こうも受け取り方が下手くそになってしまうとは。つまるところ、今の私は悪くない気分なのだ。
「君、名前は?」
「ナギヨシ、平坂ナギヨシ。歓楽街でボディーガードしてる。先生がストーカー被害にあった時は助けに行くぜぃ」
「それ君のことでしょ。なるほど、ナギヨシくんね。明日ちゃんと買いに来てね?……恥ずかしけど、サインも書いたげるから」
「安心してくれよぅ。俺は女とした約束はちゃんと守る派だ。何より先生に願われちゃ守らなきゃ損だろう?」
本当にこの男、もといナギヨシくんは子供のような顔をする。人の気持ちがあまり分からない私でも、褒められて得意げなのがすぐに分かる。
「……あと恥ずかしいから先生禁止」
「じゃあ何て呼べば?」
「勇魚ミコト。ミコトでいいよ」
「ミコト……ミコト……」
「何回もブツブツ名前呼ぶのは気持ち悪いよ?」
「そーいうんじゃねーからぁ!?……ミコトさんね。じゃあまた明日来るから、サイン頼んだ」
「はいはい。また明日ねナギヨシくん」
彼はそう言って岩戸屋を後にした。先程まで寂しそうな彼が、満足気な足取りで帰ったことを私は見逃さなかった。
「なんだ、可愛いヤツじゃん」
私もまた、満足気な表情をしていたことに気付く。
そして、自分の著書に描き慣れていないサインを施した。明日の彼が喜ぶ表情はどんなものだろうか。きっと忘れられない素敵な1日になるだろうから、それはもう笑顔に決まってる。
それを想像すると私もまた、クツクツと笑いが込み上げてくる。どうにも明日は私にとっても素敵な日になりそうだ。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
おっ☆パラ
うらたきよひこ
キャラ文芸
こんなハーレム展開あり? これがおっさんパラダイスか!?
新米サラリーマンの佐藤一真がなぜかおじさんたちにモテまくる。大学教授やガテン系現場監督、エリートコンサル、老舗料理長、はたまた流浪のバーテンダーまで、個性派ぞろい。どこがそんなに“おじさん心”をくすぐるのか? その天賦の“モテ力”をご覧あれ!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
Halloween Corps! -ハロウィンコープス-
詩月 七夜
キャラ文芸
この世とあの世の狭間にあるという異世界…「幽世(かくりょ)」
そこは、人間を餌とする怪物達が棲む世界
その「幽世」から這い出し「掟」に背き、人に仇成す怪物達を人知れず退治する集団があった
その名を『Halloween Corps(ハロウィンコープス)』!
人狼、フランケンシュタインの怪物、吸血鬼、魔女…個性的かつ実力派の怪物娘が多数登場!
闇を討つのは闇
魔を狩るのは魔
さりとて、人の世を守る義理はなし
ただ「掟」を守るが使命
今宵も“夜の住人(ナイトストーカー)”達の爪牙が、深い闇夜を切り裂く…!
■表紙イラスト作成:魔人様(SKIMAにて依頼:https://skima.jp/profile?id=10298)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる