底辺地下アイドルの僕がスパダリ様に推されてます!?

皇 いちこ

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#番外編 バニーボーイの受難

00-5 バニーボーイの受難

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残酷にも子ウサギが発見された時、ほとんど裸に剥かれた状態だった。
いたずらに背中のファスナーは下ろされ、脱げそうな衣装を何とか手で押さえていた。胸元と尻を必死で隠しながら、両目に一杯の涙を溜めて救いを求めていたのだ。チャームポイントのウサ耳と尻尾は生気を失い、ぐにゃりと萎れていた……。

自分だけが独占していた、神域を侵された。
童貞の慰みものになっている光景に、直矢は頭の血が沸騰しそうだった。なぜ、彼がこんな時間にこんな場所にいるのか考えられない程に。

他の男の手垢に塗れたという事実は、紳士を狂気の渦に駆り立てた。
その威圧は傍観者の背筋を一人残らず凍らせる。

「俺のモノに触るな」

途端に口走ったのは、執着剥き出しの言葉だった。
ソファに駆け寄ると、ジャケットを紫音の肩に掛け、すぐさま横抱きにした、
ガーターベルトに挟まった札束から、一枚の紙幣がひらりと落ちる。糸目の微笑が直矢の神経に障った。ふくよかな太腿にへばりつく、変態タヌキジジイにしか見えない。
その時、静まり返った席で眼鏡軍団の一味が声を荒げた。

「っ……!俺達を誰だと思ってるんだ!?今話題のアドエクスチェンジを介した――……」
「黙れ。広告取引市場なんざ、とうの昔に飽和化してるだろうが」

小賢しい雑魚の喚きを一蹴する。
丸の内の銀行マンにも、新橋の広告代理店マンにも、日本橋の商社マンにも、霞が関の国家公務員にも、お台場のテレビ局マンにも負ける理由はない。もちろん、渋谷のITギークにも。直矢は四十路の人生で、スパダリレベルを上げ続ける努力を怠らなかった。

「こいつは、お前ら童貞如きが買えるモノじゃない」

溢れんばかりの夢を胸に秘めた、無垢な魂。
資本主義の欲に塗れたはした金で、穢されていいはずがない。この生き物はプライスレスなのだから。

直矢が力に任せてガーターベルトを外すと、札束まで弾け飛んだ。
何枚かは風に乗って、地上へと吸い込まれていく。こうなってしまえば、ただの紙切れだ。
『ああ!』『嘘だろ!』――愕然とした嘆き声に直矢は背を向け、出口に向かって歩き始めた。

「あ……直矢さ……!」

白い肌は青ざめ、虫の息のように見える。
あれだけ大勢の視線に犯され、心の奥深くまで傷を負っていたのだ。
恐怖から解放された紫音は、主人の姿を認めるや否や咽び泣いた。直矢は腕の中で、傷心のウサギを強く抱き締める。しかし、二人の行く手を阻む影があった。

「勝手に拉致ったら困るぜ、お客サンよぉ」
「……人攫いはお前達の方だろう」

首謀者のお出ましだ。
高額報酬で美青年たちを巧みにおびき寄せ、退路を断った挙句、いかがわしい衣装で接客を強いたのだ。だが、反社会勢力の相手をしている暇は無い。
親玉風を吹かす男の傍を通り過ぎようと試みる。そこで、直矢は冷たい金属の塊を突き付けられた。

「今すぐ、ソイツを持ち場に戻せ。上玉だからもっと金になる」

鈍色に光る武器の半身が見える。
しかも、サイレンサー付きで、クラブさながらの爆音と来た。発砲音も容易く掻き消されてしまうだろう。

(――!……こんな所で死ぬのか?)

無防備な額に冷や汗が伝う。
異変を察知した紫音は、冷えた体をますます震え上がらせた。
しかしながら、アイドルの卵を無名のまま終わらせるわけにはいかない。彼の盾とならなければ。策を巡らせようと、直矢が下唇を噛み締めた時だった。

「――俺のシマでチャカ振り回すとは良い度胸だな」

上等な革靴の靴音が響き、親玉の屈強な肩を握り締めた手があった。
その手首には、50本限定モデルの超高級腕時計が嵌められている。地を這うような低い声の持ち主は、直矢のよく知る人物だ。だが、その表情は見たことも無いほどの気迫で歪められていた。

「ヒッ!あ……貴方はまさか高科組の――……」
「従弟に随分手荒な真似しやがって。ちょっとツラ貸せや」

頬に銃創を負った親玉に怯むことなく、トオルは場外へ引きずっていく。手下を含め、男たちは子犬のように大人しくなっていた。
まさに鬼神の働きである。フロント企業だの軽口を叩いていたのは、決して冗談ではなかったのだ。まさか、本当に従兄のテリトリーだとは直矢が知る由も無かった。末端の構成員にまで顔が知れ渡っている、渋谷の首領ドン

親戚がヤクザなど、直矢のスパダリレベルはストップ高だ。
多少影がある男こそ、運命の番つがいを惹きつけてやまないのだから。案の定、ウサギは頬を赤らめ、発情の炎に身を焦がし始めていた。この手で鎮めてやらなければ。
ソファの方を振り返ると、なぜかいるマコがネイサンによって救出されていた。二人は人目も憚らず、激しい口づけを交わしている。直矢は下賤なパーティーを早急に脱出しようと、出口へと急いだ。

会場は混沌を極めていた。
トオルが増援を要請したのか、高科組の構成員が押し寄せ、形無しの用心棒たちを取り押さえている。物々しい乱闘に勘付いた客は一心不乱に逃げ出し、酔い潰れた客は床に転がっていた。紳士淑女の社交の場は無法地帯と化している。直矢は死屍累々を颯爽と飛び越え、ようやくエントランスに辿り着いた。

そこで、俄かに肩口へ衝撃があった。
相手は受付で罵詈雑言を吐いていたが、肩が触れ合った瞬間に蛙が潰れたような声を上げた。あまりにも背丈が低すぎて、直矢の視界に入らなかったのだ。テーブルで向かい合って商談をした時には気づかなかった。社長風を吹かせていた彼が、これほど短足だったとは。

探していたことすら忘れかけていたが、今宵のすべての元凶だ。
ボーイを抱えた取引相手の姿を見た途端、驚愕の表情にすり替わる。直矢は追及せざるを得なかった。純真な存在を危険に晒した罪を。

「一点確認ですが、バオバブはどこに植えるんです?」
「えっ!?そ、そんなの……俺の地元、北海道ですよ!」

それを聞いた直矢は、生意気な頬を張り倒したい衝動に駆られた。

「残念だな。バオバブは熱帯の半乾燥から亜湿潤地域でしか育たないんだ」

バオバブが何たるかも知らずに、浄財集めに利用していたとは。
もはや人間の片隅にも置けない。同じ空間で呼吸をすることさえ許されなかった。

「森林保全募金は使途不明金として税務署に告発してやる。今日限りでお前との取引は終わりだ……いや」

執行猶予無しの死刑判決に、若手社長の顔はみるみる青ざめていく。
ハイブランドの白スーツはくたびれ、主催者は力無く膝から崩れ落ちた。

「俺が買収してやるから、首を洗って待ってろ。夜逃げでもするなら、地の果てまで追いかけて殺してやる」
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