底辺地下アイドルの僕がスパダリ様に推されてます!?

皇 いちこ

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#14 茉莉子の苦悩

14-4 茉莉子の苦悩

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「ちょっと早とちりしたけど、やっぱり嬉しかよ。紫音にも、やっと大切な人ができたったいって」

交際の真剣度を問い質さなくとも、昨夜の熱い接吻ヴェーゼがすべてを物語っている。
予想が少々飛躍してしまったが、今後人生を共にする可能性が限りなく高い相手と巡り会ったのだ。
幼い頃から人一倍繊細で、友達作りも決して得意な方ではなかった。学校でいじめられていないか、危険な都会で暮らしていけるのか、はたまたハイエースで連れ去られないか。常々心配が絶えなかったが、ひとたび愛を知って大きく羽ばたこうとしている。

「そうやね……夢を応援してくれて、こうしてお仕事まで回してくれて……本当に大切な存在だなって思う」

恋人との甘い思い出に浸っているのか。
紫音はコップを握り締め、伏せ目がちに答えた。

「直矢さんは……初めてうた時から、理想そのものの人やった。
やけん、一緒におっても恥ずかしく思われんように、もっと頑張らんと……」

ため息交じりに言うと、紫音は耳まで赤くした。
恋の魔法のせいか、最近の弟は瑞々しい色気が溢れている。ライブの最中も、最後列からでも肉眼で確認できるほどに。

「そうね、あんだけ良か男は絶対手放しちゃいかんよ?また進展あったら教えなさいね」
「わかっとうよ。ハウスキーパーのお仕事の方もこまめに進捗報告するけん」

今夜は祝杯だ。茉莉子はさらにワインボトルを追加した。
コルクと赤い実がはじける片や、突っ伏してむせび泣いていたのは櫂人だ。傍では、佑真と奏多が苦笑を浮かべて宥めていた。

「父様はいつもそうなのだ!
音楽は祝詞しか聴かないから理解し難いとか……祝詞なんて音楽ですらないのに……グズッ!」
「ピーピーうるせえ!そんなクソ親父なんざ、一発殴って黙らせとけ」
「ちょっ……大地よしなって!キラキラ港区女子ばっかりの店でそんな失言……」

手間のかかるアイドルたちだが、粗削りな彼らがますます愛おしく感じられる。
女という生き物の庇護欲をくすぐられるのだ。ティラミスを取り分けた茉莉子は、すかさず介抱に入った。

「ほら、櫂人君。お父様は口下手なだけなのよ。美味しいデザートでも食べて、今日は早く寝なさい」

茉莉子はブラックカードで会計を済ませ、店員にタクシーを頼んだ。
何度もお礼を言う五人をガラス越しに見送ると、反対方向に歩き出した。ヒールを高らかに鳴らしながら、宝石店やギャラリーを通り過ぎていく。

高級感あふれるデザイナーズマンションのエレベーターを昇ると、玄関に飾った【BOSS ASS BITCH最強の女ボス】のウォールアートが主人を出迎えた。
アクセサリーを外して、クローゼットに戦闘服を仕舞う。その合間に不在着信に折り返し、スピーカーボタンを押した。毎週末の母親との恒例行事だ。

『茉莉子、元気しとったね?今日デコポン送っとったばい』
「本当?ありがとうね。やっぱりウチのが一番美味しか」

『マリコおばはぁん!』と、背後で甥っ子と姪っ子が駆け回る気配がする。
相変わらず大所帯はにぎやかだ。

「元気、元気。さっき紫音たちとご飯食べよった」
『そうやったと。あの子も元気しとうね?』
「うん!聞いて。今度、松濤しょうとう商店街でライブするとよ」

心躍る発表をした途端、子供たちの声が重なる。
『あたらしいゲームかって!』『ポリキュアのへんしんセットね!』と、いつものおねだりだ。定期的に流行りのおもちゃを送ってくれる親戚だと、彼らは学習しているのである。

『ええ?何ね、湘南でライブすっと?』
「違う、松濤って渋谷の近く。金持ちがわんさか住んどうとこたい」
『まあ!そげんセレブなとこで?』
「すごかろ?ビデオ撮って送るけん、楽しみにしとき」
『うん!すごかよ。なら、お願いね……そういえば、茉莉子』

母親は一拍置くと、話の舵を切り始める。これには、聡い娘はすぐに勘付いた。

『隣村の山田さん家の従兄がね、今度東京に転勤になるとげなで……』
「お母さん、見合いやらせんよ。私は仕事と結婚したって言うたやん」

茉莉子には壮大な野望があった。
我が弟、そして≪SPLASH≫を世界的アイコンに押し上げるという夢だ。現実の男の相手をしている暇は、一秒たりとも残されていない。

「九州の男も東京の男もプライド高うて、クズばっかたい。推し活しよう方がよっぽど楽しか」
『あら、そげんクズが多かと?さすが都会やね。なら、もう母さんたちもうるさく言わんよ』

母親はある意味感心して、勇敢な決意を支持したようだった。

『母さんも推し活してみようかいな。とにかく体だけは気つけないかんよ?』
「いいねの仕方もわからんのに、何ば言いようと。お母さんたちもね、おやすみ」

通話終了と同時に、ひっそりとした静寂が訪れた。
この時だけは、遠い故郷が懐かしくなる。窓の外に目を遣れば、一面の牧草の代わりにネオンライトが浮かんでいた。
夜が明けたら、目まぐるしい一週間が始まる。そのうち、すぐに今年の最後の月になってしまう。
一方で、長らく停滞していた時計の針がようやく進んだ気がした。

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