49 / 139
#12 乳首は財産
12-2 乳首は財産
しおりを挟むタクシーが到着したのは、マンション付近の商店街だった。
直矢は先導に立って、買い出しができるスーパーやパン屋、魚屋などを案内してくれた。二人の脇を、優雅に休日を楽しむ港区セレブたちが通り過ぎていく。大抵は愛くるしい小型犬を連れているか、季節先取りのファーで着飾っている人々ばかりだ。自分の生活エリアとは違う住民層に、紫音の心が躍った。
一方、店が開いている時間に来たのは久しぶりだという直矢の言葉に、日々の忙しさが推し量られる。一刻も早く休息の時間が取れるよう、夕飯の買い物をするに留めた。とはいえ、当分の献立はお粥と味噌汁だが。
会計前に渡されたのは、素晴らしい光沢を放つブラックカード。しかも、経費として自由に使っていいと言う。
「そんな……!こんな大切な物、お借りできません」
「もう一枚あるから、心配しなくていい。今後は頻繁に買い出しをお願いすることになるからね」
紫音の懸念を他所に、紳士的な回答が返ってくる。
身に余るほど、多大な信頼を寄せられていることがわかった。それはそれで、素直に嬉しく感じられる。
買い物袋を手分けして持ったら、高台にある直矢のマンションへ向かった。
深夜牛丼を配達しに来た時、自転車を押しながら坂を上がった時が懐かしい。今は二人並んで歩いているのが、紫音は俄かに信じられなかった。
訪れるのは二度目だが、24時間体制のコンシェルジュには圧倒されてしまう。
エントランスを通り抜けると、ガラスシャンデリアが煌びやかなラウンジで住民がくつろいでいた。特権者たちは、遠目から見ても華やかなオーラを纏っている。紫音の隣を歩く男も、当然そうだった。
高層階行きのエレベーターに乗って、二人は目的の階に辿り着く。1SLDKの部屋は、一日ぶりに家主とその来客を出迎えた。足を踏み入れた途端、窓の外の景色が視界に飛び込んでくる。
「わぁ……!本当に富士山が見えるんですね……」
夜とは打って変わって、夕暮れ時の富岳は重厚な美しさを持つ。
一枚の絵のような贅沢な眺望に恵まれた部屋が、新しい職場になるのだ。紫音の胸は期待で膨らむ。そこへ、背後から腰を抱かれ、たちまち心拍数が高まった。
「お茶でも淹れようか」
「あ……!ぼっ、僕が淹れますよ!」
一度は勝手ながら拝借したキッチン。
調理道具やカトラリー、食品庫の場所を改めて教えてもらう。何もかもが必要最低限で、自宅でくつろげるよう環境を整える必要があった。紫音が淹れたほうじ茶を飲みながら、簡単な打ち合わせが始まる。
基本的に食事は一人分で良く、寮でメンバーたちと過ごす時間も大切にしてもらいたいからとのこと。来られない日は総菜を買い溜めして、冷凍しておいてくれれば良いという。
完全自由出勤制という方針は変わらず、余裕溢れる大人だからこその提案だ。出勤初日は夕食と朝食を作り置きして、掃除を済ませる手筈となった。
話がまとまった頃、テーブルに置かれたスマホが振動する。直矢は発信者を見るなり、一瞬眉を顰めた。
「すまない……実家からだ。先に始めてくれても構わない」
直矢は立ち上がると、テラスに出て着信に応じた。
声は微かにしか聞こえないが、横顔には凛々しい微笑が浮かんでいる。不穏な空気を感じたが、杞憂だったらしい。紫音は腕まくりをして、まずはゴミ出しから始めることにした。
各部屋を回ると、改めて間取りの広さに驚かされてしまう。
デスクには書類やファイルが積み上げられ、忙殺の痕跡が残っていた。革椅子の足元に置かれていたゴミ箱を回収して、大袋に移し替える。紙屑に混ざって飛び出した、ある紙箱に紫音の目が留まる。見慣れないブルーのパッケージだった。
「―――!」
続いて現れたのは、空の錠剤シート。
青い箱に連なる≪睡眠改善薬≫という表記に、紫音は強い衝撃を覚える。
どうやら、問題は胃だけではないようだ。そう感づいた時、テラスの窓が開いた音がして、慌ててゴミをまとめた。
「悪いね。気にせず続けてくれ」
普段と変わらない微笑を向けられたが、紫音は曖昧な返事しかできなかった。
料理中も上の空で、お粥は焦がすわ、味噌汁の塩と砂糖を入れ間違うわで散々だった。残念ながら、ハウスキーパー初日は失敗のうちに幕を閉じた。
31
あなたにおすすめの小説
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
【完結】おじさんダンジョン配信者ですが、S級探索者の騎士を助けたら妙に懐かれてしまいました
大河
BL
世界を変えた「ダンジョン」出現から30年──
かつて一線で活躍した元探索者・レイジ(42)は、今や東京の片隅で地味な初心者向け配信を続ける"おじさん配信者"。安物機材、スポンサーゼロ、視聴者数も控えめ。華やかな人気配信者とは対照的だが、その真摯な解説は密かに「信頼できる初心者向け動画」として評価されていた。
そんな平穏な日常が一変する。ダンジョン中層に災厄級モンスターが突如出現、人気配信パーティが全滅の危機に!迷わず単身で救助に向かうレイジ。絶体絶命のピンチを救ったのは、国家直属のS級騎士・ソウマだった。
冷静沈着、美形かつ最強。誰もが憧れる騎士の青年は、なぜかレイジを見た瞬間に顔を赤らめて……?
若き美貌の騎士×地味なおじさん配信者のバディが織りなす、年の差、立場の差、すべてを越えて始まる予想外の恋の物語。
優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―
無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」
卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。
一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。
選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。
本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。
愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。
※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。
※本作は織理受けのハーレム形式です。
※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない
タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。
対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──
ただの雑兵が、年上武士に溺愛された結果。
みどりのおおかみ
BL
「強情だな」
忠頼はぽつりと呟く。
「ならば、体に証を残す。どうしても嫌なら、自分の力で、逃げてみろ」
滅茶苦茶なことを言われているはずなのに、俺はぼんやりした頭で、全然別のことを思っていた。
――俺は、この声が、嫌いじゃねえ。
*******
雑兵の弥次郎は、なぜか急に、有力武士である、忠頼の寝所に呼ばれる。嫌々寝所に行く弥次郎だったが、なぜか忠頼は弥次郎を抱こうとはしなくて――。
やんちゃ系雑兵・弥次郎17歳と、不愛想&無口だがハイスぺ武士の忠頼28歳。
身分差を越えて、二人は惹かれ合う。
けれど二人は、どうしても避けられない、戦乱の濁流の中に、追い込まれていく。
※南北朝時代の話をベースにした、和風世界が舞台です。
※pixivに、作品のキャライラストを置いています。宜しければそちらもご覧ください。
https://www.pixiv.net/users/4499660
【キャラクター紹介】
●弥次郎
「戦場では武士も雑兵も、命の価値は皆平等なんじゃ、なかったのかよ? なんで命令一つで、寝所に連れてこられなきゃならねえんだ! 他人に思うようにされるくらいなら、死ぬほうがましだ!」
・十八歳。
・忠頼と共に、南波軍の雑兵として、既存権力に反旗を翻す。
・吊り目。髪も目も焦げ茶に近い。目鼻立ちははっきりしている。
・細身だが、すばしこい。槍を武器にしている。
・はねっかえりだが、本質は割と素直。
●忠頼
忠頼は、俺の耳元に、そっと唇を寄せる。
「お前がいなくなったら、どこまででも、捜しに行く」
地獄へでもな、と囁く声に、俺の全身が、ぞくりと震えた。
・二十八歳。
・父や祖父の代から、南波とは村ぐるみで深いかかわりがあったため、南波とともに戦うことを承諾。
・弓の名手。才能より、弛まぬ鍛錬によるところが大きい。
・感情の起伏が少なく、あまり笑わない。
・派手な顔立ちではないが、端正な配置の塩顔。
●南波
・弥次郎たちの頭。帝を戴き、帝を排除しようとする武士を退けさせ、帝の地位と安全を守ることを目指す。策士で、かつ人格者。
●源太
・医療兵として南波軍に従軍。弥次郎が、一番信頼する友。
●五郎兵衛
・雑兵。弥次郎の仲間。体が大きく、力も強い。
●孝太郎
・雑兵。弥次郎の仲間。頭がいい。
●庄吉
・雑兵。弥次郎の仲間。色白で、小さい。物腰が柔らかい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる