底辺地下アイドルの僕がスパダリ様に推されてます!?

皇 いちこ

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#12 乳首は財産

12-2 乳首は財産

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タクシーが到着したのは、マンション付近の商店街だった。
直矢は先導に立って、買い出しができるスーパーやパン屋、魚屋などを案内してくれた。二人の脇を、優雅に休日を楽しむ港区セレブたちが通り過ぎていく。大抵は愛くるしい小型犬を連れているか、季節先取りのファーで着飾っている人々ばかりだ。自分の生活エリアとは違う住民層に、紫音の心が躍った。

一方、店が開いている時間に来たのは久しぶりだという直矢の言葉に、日々の忙しさが推し量られる。一刻も早く休息の時間が取れるよう、夕飯の買い物をするに留めた。とはいえ、当分の献立はお粥と味噌汁だが。
会計前に渡されたのは、素晴らしい光沢を放つブラックカード。しかも、経費として自由に使っていいと言う。

「そんな……!こんな大切な物、お借りできません」
「もう一枚あるから、心配しなくていい。今後は頻繁に買い出しをお願いすることになるからね」

紫音の懸念を他所に、紳士的な回答が返ってくる。
身に余るほど、多大な信頼を寄せられていることがわかった。それはそれで、素直に嬉しく感じられる。

買い物袋を手分けして持ったら、高台にある直矢のマンションへ向かった。
深夜牛丼を配達しに来た時、自転車を押しながら坂を上がった時が懐かしい。今は二人並んで歩いているのが、紫音は俄かに信じられなかった。

訪れるのは二度目だが、24時間体制のコンシェルジュには圧倒されてしまう。
エントランスを通り抜けると、ガラスシャンデリアが煌びやかなラウンジで住民がくつろいでいた。特権者たちは、遠目から見ても華やかなオーラを纏っている。紫音の隣を歩く男も、当然そうだった。

高層階行きのエレベーターに乗って、二人は目的の階に辿り着く。1SLDKの部屋は、一日ぶりに家主とその来客を出迎えた。足を踏み入れた途端、窓の外の景色が視界に飛び込んでくる。

「わぁ……!本当に富士山が見えるんですね……」

夜とは打って変わって、夕暮れ時の富岳は重厚な美しさを持つ。
一枚の絵のような贅沢な眺望に恵まれた部屋が、新しい職場になるのだ。紫音の胸は期待で膨らむ。そこへ、背後から腰を抱かれ、たちまち心拍数が高まった。

「お茶でも淹れようか」
「あ……!ぼっ、僕が淹れますよ!」

一度は勝手ながら拝借したキッチン。
調理道具やカトラリー、食品庫の場所を改めて教えてもらう。何もかもが必要最低限で、自宅でくつろげるよう環境を整える必要があった。紫音が淹れたほうじ茶を飲みながら、簡単な打ち合わせが始まる。
基本的に食事は一人分で良く、寮でメンバーたちと過ごす時間も大切にしてもらいたいからとのこと。来られない日は総菜を買い溜めして、冷凍しておいてくれれば良いという。
完全自由出勤制という方針は変わらず、余裕溢れる大人だからこその提案だ。出勤初日は夕食と朝食を作り置きして、掃除を済ませる手筈となった。
話がまとまった頃、テーブルに置かれたスマホが振動する。直矢は発信者を見るなり、一瞬眉を顰めた。

「すまない……実家からだ。先に始めてくれても構わない」

直矢は立ち上がると、テラスに出て着信に応じた。
声は微かにしか聞こえないが、横顔には凛々しい微笑が浮かんでいる。不穏な空気を感じたが、杞憂だったらしい。紫音は腕まくりをして、まずはゴミ出しから始めることにした。

各部屋を回ると、改めて間取りの広さに驚かされてしまう。
デスクには書類やファイルが積み上げられ、忙殺の痕跡が残っていた。革椅子の足元に置かれていたゴミ箱を回収して、大袋に移し替える。紙屑に混ざって飛び出した、ある紙箱に紫音の目が留まる。見慣れないブルーのパッケージだった。

「―――!」

続いて現れたのは、空の錠剤シート。
青い箱に連なる≪睡眠改善薬≫という表記に、紫音は強い衝撃を覚える。
どうやら、問題は胃だけではないようだ。そう感づいた時、テラスの窓が開いた音がして、慌ててゴミをまとめた。

「悪いね。気にせず続けてくれ」

普段と変わらない微笑を向けられたが、紫音は曖昧な返事しかできなかった。
料理中も上の空で、お粥は焦がすわ、味噌汁の塩と砂糖を入れ間違うわで散々だった。残念ながら、ハウスキーパー初日は失敗のうちに幕を閉じた。
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