底辺地下アイドルの僕がスパダリ様に推されてます!?

皇 いちこ

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#6 君のfancy

6-3 君のfancy

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鰤のカルパッチョよりも、切り干し大根が。
ミネストローネよりも、冷凍野菜の味噌汁が。
牛ホホ肉のバローロ煮込みよりも、ただ焼いただけの鮭が。

無性に恋しい――そんな想いに耽りながら、直矢は生温かいピザを無心で齧っていた。
今夜もわずかな期待を胸にデリバリーをオーダーしたのだが、玄関前の床にビニール袋が置き去りにされていただけだった。
あれ以来、牛丼を注文しないようになったのは、彼がエンカウントする事態を回避するためだった。おかげでグルテン漬けの日々が続いている。

納期の山を越えると、自宅では糸が切れたようになってしまう。
数週間ぶりに二時間の残業で済んだ直矢は、ピザを片手に昼間見た動画の続きを漁っていた。そうして、青年の素顔が一つずつ明かされていく。珍しいと思っていた名前も、可愛らしい漢字が宛がわれていた。

≪紫音帰省Vlog - 酪農家の一日-≫
直矢が次に開いた動画には、紫音が実家の牧場に帰省した様子がまとめられていた。
しかしながら、両親と兄の起床に間に合うはずもなく、休憩時の朝食を摂る場面から始まる。搾乳や餌やり、牛舎掃除の手伝い。肉体労働は朝6時から始まり夜9時まで及ぶ。その合間には、過酷な酪農業にまつわる解説が挟まれた。

『一頭一頭と過ごせる時間は短いです。
お乳を搾るために、雌の牛達にはお産をして母乳を出してもらわなくてはいけません。出産して搾乳するサイクルを三~四回繰り返します。
役目を終えた母牛達は……セリに出されて、肉牛として育てられます』

そうして言葉を詰まらせる紫音を、父と兄が抱き締める。
直矢もまた胸が苦しくなった。これほど心優しく素朴な青年が、カモを狩るという残酷な所業に手を染めるのか。地下アイドルへの謎はますます深まるばかりだ。

動画の最後には、一家全員が集合した家族写真が映し出された。
ホルスタインの二代目花子を囲み、幼い兄姉、そして夫婦の腕に抱かれた赤子が写る。
何と愛らしい目で笑っているのだろうか。数日前まで赤の他人だった青年の、人生そのものを垣間見た気がした。

「……?」

不意に一筋の雫が、直矢の頬を伝った。
もう何年と、下手をすれば十年と泣いた記憶がない。いつの間に人間らしい感情を失っていたのだろうと苦笑した。
そして、金輪際牛肉を断つべきなのかと悩んだ。肉食が盛んな港区での会食に、牛肉はつきものだ。そうなれば、今の会社を辞さなければならない。どうすべきか――今後のキャリア設計を左右する選択だった。

しがない公務員で半生を終えた父親のようにはならない。
そう心に決め、父の幻影から逃れるように走り続け、ようやく今の地位を手に入れた。マイルストーンを達成した今、この先は何を糧にして生きていくのだろうか。広い部屋にただ一人取り残され、直矢は仄暗いトンネルにいるようだった。

一方で、暗号・ゴマタンの謎もまた深まるばかりだった。
他メンバーが出演する動画を見ても、どの動画で言及されることはない。シェアハウスでのルーティン、踊ってみた、家事ライフハック、メイクチュートリアル、フラワーアレンジレッスン、ドライブ旅行vlog。
一体何が楽しくて、興味も無いメンバー同士の交流を見なければならないのだろう。直矢はそんな疑問と戦いながら、夜も更けるまで動画を見通す羽目になった。
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