底辺地下アイドルの僕がスパダリ様に推されてます!?

皇 いちこ

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#3 うたっておどるひと

3-4 うたっておどるひと

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マネージャーからのフォローもろくに耳に入らず、紫音は帰宅してからの食卓でも上の空だった。
料理が得意な奏多が準備した豚すき鍋を囲んで、今夜もパジャマ姿でライブの反省会が進められる。
どの曲のどこどこのフレーズのハモリをもっと効かせるべきだの、音程を少し上げたいだの、Aパートのあの振り付けをアレンジすべきだの、次々と改善案が議題に上る。大抵は、犬猿の仲の二人によって紛糾するのだが。

「まったく、お前の煽りはいつになったら直るんだ?品に欠け、微塵も洗練されていない」
「はぁ?盛り上がってるからいいだろーが。お前のダンスこそダサくて見てらんねぇ」

毎度、延々と繰り返される互いへの叱咤。むしろ、罵倒に近かった。
まさに水と油の関係の二人を宥めるのが、後発組の役割だった。間に座る佑真が真っ先に仲裁に入る。この二人は結成当初から劇的にソリが会わず、緩衝材として追加メンバーが募集されたと言っても過言ではない。

「まあまあ、二人とも落ち着こうよ?せっかくの国産豚なんだからさ」
「そうだね。鍋が冷めるから個別の意見は後にしようか」

節約のため、白菜はもやしに、椎茸はしめじに取って代わる。物価高騰の波は、シェアハウスの中へも着実に忍び寄っていた。
紫音が我に返ったのは、右隣に座る櫂人から呼び掛けられてからだった。

「どうした、紫音。静かだが具合でも悪いのか?」
「あ……ううん」

鍋から立ちのぼる湯気の中で、紫音はようやく顔を上げる。
茶碗の白米は一向に減っておらず、溶き卵に浸したもやしばかりを無心で食べていた。

「熱は無いみたいだけど……顔色が良くないね」

左隣の奏多が紫音の額に手を当て、熱を測る。だが、平熱どころか少し低いぐらいだ。
最年長で何かと面倒見のいい彼は、少し考え込む素振りを見せた。

「特典会の時、席を外してただろう?もしかして、何かあったんじゃ……」

意外と周囲はよく見ているものだ。
余計な気を遣わせていたことに、紫音は慌てて取り繕った。

「別に何も無いから、気にしないで。ちょっと、楽屋のお菓子を食べすぎちゃったみたいで」
「そうだったのか?なら良いんだけど……」
「何だ、お前。見かけによらず食いしん坊だったんだな」

高笑いする大地につられて、紫音は力無く笑う。
残ったもやしを平らげてから、ゆっくりと椅子から立ち上がった。

「ごめん、お腹いっぱいだからもう寝るね。ご飯だけ、誰か食べといてくれるかな」
「おう、任せとけ。今日は疲れただろ。ゆっくり休めよ」

すかさず大地の手が伸び、茶碗をかっさらう。
紫音は空の食器をシンクに置いて、重い足取りで階段を上った。自室にたどり着くと、ドアを後ろ手で閉める。
必要最低限の家具しか置かれていない、無機質な小部屋。収納ラックの空いたスペースには、五人で写った写真が数枚飾られてある。紫音はよろめきながらベッドにダイブして、アザラシの抱き枕を抱きしめた。

階下からは、上機嫌な笑い声が漏れ伝わってくる。
自分から席を立ったとはいえ、急激な孤独が胸の内を侵食していく。

(……僕は……ただの、お荷物かもしれない)

瞼を閉じると、途端に目頭が熱を帯びていく。暗闇の中を静かに、冷たいひと雫が頬を滑り落ちた。

*

電気仕掛けの不思議な箱の中で、歌って踊る人。
素敵な髪型で、綺麗な服を着て、とびきりの笑顔を振りまく。見ているだけで、幸せな気持ちにさせてくれる人達。
紫音は物心ついた頃から、画面越しにそんな彼らに魅入られていた。
幼稚園に上がって初めて迎えたクリスマスでは、サンタさんに玩具のマイクをお願いした。

母親のお腹にいた頃から、歌を聴くと蹴って反応していたほど、音楽が好きな赤ん坊だった。出産直前までエコー検査で大切な部分が隠れていたため、女の子と診断されていたこと。予定日が二月だったことから、誕生石の紫水晶にちなんで可愛らしい名前が考えられた。
いよいよ分娩の日、男の子だと判明してからもやはり顔立ちは可愛らしく、夫婦はそのままの名を用いることになった。

酪農家である両親は明け方のまだ暗いうちから忙しく、年の離れた兄と姉も学校の傍ら家業を手伝っていた。誰もいないリビングで、お絵描きや積み木の代わりに、紫音は歌や踊りの真似をして過ごした。
夜になるとこっそり牛舎に忍び込み、練習の成果を牛たちの前で披露した。聴衆は眠そうに瞼を閉じながらも、尾を振って応えてくれた。

ある日、学校帰りの姉に、見よう見まねで覚えた一曲を歌って踊ってみせたところ、悲鳴を上げて喜んでくれた。

なんてこげん上手なのうまかと!紫音はアイドルになりたいのねなりたかったいね?!」
「あ……アイ、ドル……?」

キラキラとした響きに、幼い心はときめいた。
胸の高鳴りを抑えられず、紫音は廊下を駆けて玄関を飛び出した。だが、見渡す限り、飼料タンクや隣農家の田畑が広がるばかり。テレビに映し出される、華やかなステージはどこにもない。
ささやかな願いは胸の内に秘めたまま、小学校一年生の宿題では自分の夢をこう綴った。

≪おおきくなったらアイドルになりたいです≫

すごいね、かっこいいねと褒めてくれたクラスメイトもいた。
しかし、教室の壁に張り出されたプリントを見たガキ大将達が、心無い言葉を浴びせた。

『じょしみたいなかおして アイドルかよ』
『ウシみたいにトロいくせに』
『そうだそうだ!おまえ、いっつも ぎゅうにゅうのにおいがするぜしよっぜ

面白半分の野次は鋭い刃となって、純真な心に深い傷跡を残した。紫音はぽろぽろと大粒の涙を流し、保健室に駆け込んだ。
いじめっ子達は罰として一日中廊下に立たされ、泣き喚きながら謝る彼らを見て、紫音もまた苦しくなった。

しょうらいのゆめ。
まだ年端もいかない幼子は、これほど悲しい結末になるなど思ってもみなかったのだ。
紅葉のような手に握った、砂粒のように小さな希望の欠片。紫音はそれを宝箱に閉じ込め、そっと鍵を掛けた。

その日を境に内気な性格が根づいてしまい、いつしか教科書や参考書が友達になった。
そのおかげか県内一の進学校に進み、大学受験模試でもトップ圏内に入るまでになる。息子の学力に大喜びした両親はせっかくなら一流の大学をと、都内最高峰の国立大学を勧めてくれた。

初めての東京。初めての一人暮らし。
姉が勤め先の銀行を本店へ異動する形で追って上京することになったが、大都会の砂漠で頼れる人がいない間は心細くて仕方なかった。そして、予想外の生活費の高さに圧倒されてしまう。
親兄姉に蝶よ花よと大切に育てられ、箸より重いものを持たされなかった箱入り息子は、非凡なミスを連発して次々とバイト先を解雇になる。
6軒目となるラーメン屋が、すべての始まりの舞台だった。

「お前、紫音って言うんだな」

運んでいた餃子を客の股間にぶちまけ、ズボンを拭こうとして一物を握ってしまうという大失態を犯したある日。
早速クビを言い渡された紫音が休憩室に荷物を取りに戻った時、先客がそう呟いた。
遅番で来たばかりの少年は、張り出されたシフト表を見つめていた。

「なぁ、アイドルやってみねぇ?」

後にリーダーとなる少年が16歳、紫音が18歳の夏のこと。
当時まだ高校の制服を着ていた彼は、どこか照れくさそうに言った。

「ウチの事務所が、紫担当のメンバー探してさ。お前なら顔も可愛いし、ちょうどいいだろ」

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