底辺地下アイドルの僕がスパダリ様に推されてます!?

皇 いちこ

文字の大きさ
3 / 139
#1 マリエットホテル2504号室にて

1-3 マリエットホテル2504号室にて

しおりを挟む
勤務初日の代打とは、災難は続くものだ。
引き出しの中にあったランドリーバッグを取り出し、直矢はフロントに電話を繋いだ。

「シミ抜きは黄色の伝票に?……えっ?そうですが……ああ、それはご丁寧にどうも」

すでに伝達が行き渡っていたのか、電話口でイベント名が出される。すぐにスーツの引き取りに伺うことと、料金はホテル側で負担をすると手短に説明があった。スマートな謝罪も添えて。そのおかげで、電話を切った時には直矢の興奮も収まっていた。
反面、青年は心配そうな顔で客の様子を伺っていた。気弱そうに垂れた目尻をますます下げ、そのせいでひどく幼く見える。

「あっ、あの……改めてお詫びを……」
「ハァ。今度は何だ?」

おずおずと差し出されたのは、くしゃくしゃの茶封筒だった。

「ク……クリーニング代です……」

走る途中で握り締めていたのか、封筒は皺だらけだ。そして、その表には『給料』と印字がある。
直矢は女絡みではクズの自覚があったが、良識人として分別は弁えているつもりだった。

「……もういい。ホテル側の負担でやってくれることになったから。
お前の仕事は終わりだ」

これで、惨状の元凶を堂々と追い出せる口実ができた。
額にかかる前髪をかき上げ、直矢はドアの方を顎でしゃくる。

「子供は帰って寝ろ」
「……っこ、子供じゃありません!!」

大人しく出ていくかと思いきや。予想に反して、青年はすかさず反論した。

「ちゃんと……っ、成人してます……!」

童顔の顔立ちにつられて、つい言ってしまったのだが癇に障ったらしい。
おどおどしているかと思えば、急にムキになる。それも、想定外のポイントで。
そもそも一日限りの代打バイトで給料も渡されたのなら、わざわざ追いかけてこなくても、逃げ出せる状況だった。
意外と肝は据わっているということだ。直矢の中で、ゼロに等しかった関心が頭を擡げる。

「なら、飲めるってことだな」
「――えっ?」

能無しの烙印を押された青年が、自分の犯したミスをどう収集つけるのかも見物だった。
解釈に驚いた青年は、瞳を瞬かせる。

「封筒は仕舞え。俺の許しを貰えるまで帰れないなら、一杯ぐらい付き合えるだろ?」

元々は、モデル級の美女としっぽり飲む予定が潰されたのだ。少なくとも、酒の相手ぐらい務まらないと困る。
直矢はドロワーの中に入っていた、ルームサービスのメニューを手渡した。有無を言わさぬ物言いに、青年はしぶしぶ承諾する。

「っ……一杯なら、構いませんが……」
「何でもいいから好きに選べ。奢ってやるから」
「えっ!?そんな……」
「遠慮はいい」

無理やり押し付けられたメニューを受け取り、青年は躊躇いがちにページを捲る。

「甘めのカクテルもあるぞ」

直矢がそう付け加えたのは、青年の容姿を改めて観察した後のことだった。
間接照明の下で浮き彫りになる、色白で中性的な顔立ち。内気そうな瞳を縁取る長い睫毛。血色の良いぽってりとした唇。ギャルソン風の制服に包まれた細身の体も、彼を西洋人形のように見せている。
辛口の蒸留酒より、果実をたっぷり使ったカクテルを好みそうな容貌だった。

「じゃ、じゃあ……一番上の……キールロワイヤルを……」

直矢は再び受話器を取り、二人分の注文を頼む。程なくして、ボーイがワゴンを押しながら客室を訪れた。デザートプレートはサービスだという。スーツを丁重に引き取ったボーイは、慇懃なお辞儀をして部屋を後にした。
そこへ、スマホの長い振動音が着信を知らせる。

「――Hello?」

ロンドン本社からの電話だった。現地は14時半。
返信の督促だと、夜でも冴えた勘が告げた。パーティー会場を出る直前から、今の今までメールを確認できていなかったのだ。

「Great. Will check amended the QBR docs ASAP. Bye now」

結果は予想通り。
協働しているプロジェクトで、資料の確認を頼まれたのだ。ウッドデスクに近づき、直矢はノートパソコンの電源を入れ直した。

「ちょっと仕事するから……適当に座って飲んでろ」

直矢はぼんやり立ったままの青年に声を掛けた。注文の品は、すでに窓際のガラステーブルに給仕されている。精巧な盛り付けのデザートプレートは、旬のフルーツとカットケーキで彩られていた。酒のチョイスから、女の連れを呼んだとでも思われたのだろうか。

「それも食べていい」
「あ……!ありがとうございます」

青年はおずおずとソファに腰を下ろし、プレートとカクテルを交互に眺めていた。
直矢はPCメガネをかけると、画面に目を向けた。添付の資料を一語一句漏らさず目を通すこと、約20分。手持ちのデータと数字を入念にチェックし、相手に内容承諾の返事を出して、カバーを閉じた。
作業中あまりに静かだったので、直矢はついもう一人の存在を忘れていたぐらいだ。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

助けたドS皇子がヤンデレになって俺を追いかけてきます!

夜刀神さつき
BL
医者である内藤 賢吾は、過労死した。しかし、死んだことに気がつかないまま異世界転生する。転生先で、急性虫垂炎のセドリック皇子を見つけた彼は、手術をしたくてたまらなくなる。「彼を解剖させてください」と告げ、周囲をドン引きさせる。その後、賢吾はセドリックを手術して助ける。命を助けられたセドリックは、賢吾に惹かれていく。賢吾は、セドリックの告白を断るが、セドリックは、諦めの悪いヤンデレ腹黒男だった。セドリックは、賢吾に助ける代わりに何でも言うことを聞くという約束をする。しかし、賢吾は約束を破り逃げ出し……。ほとんどコメディです。  ヤンデレ腹黒ドS皇子×頭のおかしい主人公

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

溺愛の加速が尋常じゃない!?~味方作りに全振りしたら執着兄上たちの愛が重すぎました~

液体猫(299)
BL
毎日AM2時10分投稿 【《血の繋がりは"絶対"ではない。》この言葉を胸に、末っ子クリスは過保護な兄たちに溺愛されながら、大好きな四男と幸せに暮らす】  アルバディア王国の第五皇子クリスが目を覚ましたとき、九年前へと戻っていた。  巻き戻す前の世界とは異なるけれど同じ場所で、クリスは生き残るために知恵を振り絞る。  かわいい末っ子が過剰なまでにかわいがられて溺愛されていく──  やり直しもほどほどに。罪を着せた者への復讐はついで。そんな軽い気持ちで始まった新たな人生はコミカル&シリアス。だけどほのぼのとしたハッピーエンド確定物語。  主人公は後に18歳へと成長します(*・ω・)*_ _)ペコリ ⚠️濡れ場のサブタイトルに*のマークがついてます。冒頭のみ重い展開あり。それ以降はコミカルでほのぼの✌ ⚠️本格的な塗れ場シーンは三章(18歳になって)からとなります。 ⚠️若干の謎解き要素を含んでいますが、オマケ程度です!

処理中です...