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第四章 本懐を遂げる

第39話

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「エミリオ! おのれロベルト、貴様」
「わたしを前に余所見とは、ずいぶんとなめられたものだな。まぁいい、そなたの息子は剣術の才能は潜在的に高い。その点はプラテリーア公爵家の血筋だな」

(そなたは認めたくないだろうが、確実にロベルトは武人の血を濃く引いている)

 護衛の者たちを押しのけて、クレメンスが前に出る。隠しきれない強者のみが持つ凄みに、対峙したオリンド大公が思わず後ずさる。正直に言って、格が違いすぎる。オリンド大公から見たクレメンスは、剣聖といって良い。己は剣の腕に自信があると自負していた大公も、こうも格上の相手を目の当たりにして確実に己の死を自覚した。

「た、助けてくれ。死にたくない、死にたくない」

 先ほどまでの恐慌状態は鳴りを潜め、情けない声をあげて後ずさる大公。そんな情けない姿を、冷めた目で見つめる息子。こんな男の影に怯えて、今まで自分は生きていたのかと思うと自嘲がこみあげてくる。

「なんだ父上も、いや大公も一皮むけば、ただの愚昧な人間でしたか。さんざん僕を亡き者にしようと小細工を弄していたようですが、所詮あなたは小悪党にしか過ぎなかったということですね」

 息子の痛烈な皮肉に、反射的にオリンドの斬撃が繰り出された。しかしそれを三寸の見切りで避け、剥き出しになっている目へと突きを繰り出す。

 手応えがあった。

 オリンドの左目が、息子のバスタードソードによって貫かれている。剣を引き抜くとその先端には、どろりとした眼球がついている。

「貴様、ロベルト! 親に向かってよくもこのような真似を」
「あなたに親を名乗る資格があるのですか? さんざん息子を毒殺しようと企て、挙げ句にはバジリスクの毒をもって母上を殺害したあなたに、親を名乗る資格も権利もない」

 そのまま首を薙いでしまおうと考えたが、甲冑は喉元まで覆われているので斬撃を浴びせられない。片眼を失ったとはいえ、攻めが有効な箇所は関節部分のみで、剣では致命傷を与えられない。

 ふとロベルトは、憩いの森で出会ったエルフ族族長クスターから風精霊シルフを使役できる呪符を数枚貰ったことを思い出した。

(剣が駄目ならば、魔法で)

「苦しみの中、己の罪業を悔いながら逝ってください。オリンド大公」

 それは息子としてではなく、ヴァイスハイト帝国に降ったプラテリーア公爵ロベルトとしての、はなむけの言葉だった。呪符を掴み出すとシルフの名を呼び、大公を攻撃するよう命じる。風精霊たちは、かまいたちへとその姿を変化させ、甲冑のわずかな隙間から首を切断した。ごとり、と兜をつけたままの生首が床に転がる。転がる拍子に首だけが兜から抜け出し、やがて天井を睨み付けて止まった。

「愚かな男よ……野心など抱かなければ、もう少し長生きできたものを」

 遅れてやってきたヴィーラントが、師匠であるメリッサに挨拶をした。彼女の足下に転がってきた大公の生首を、弟子は侮蔑の言葉と共に蹴飛ばす。カッと見開かれた目は、今は虚しく空を睨みつけるばかり。

「陛下、弓兵隊をすべて討伐いたしました」
「ご苦労。どうやらクヴァンツ大将は公女を取り逃がしたらしい。だが、オスティ将軍を生け捕ったそうだ。メリッサ、我々は引き上げるがイザベラ公女の身柄拘束を、そなたに委ねる」
「お任せくださいませ」
「無事に本懐を遂げたな、見事だった。約束通りけいを帝国に連れ帰り、領土の安寧と爵位を保証しよう。我々と共に来るが良い」

 ロベルトは瞬時に膝をつき深く頭を下げた。そしてクレメンスたちと共に転移魔方陣に乗り、カヴィーリャの町へと戻る。約束通り、ミーナを妻として共に帝国に連れて行くために。カヴィーリャの町をはじめプラテリー公国の全てが、今日から帝国の一部だと布告するために。
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