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第四章 本懐を遂げる
第33話
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「クヴァンツ大将、イザベラ公女を包囲しました」
「皇帝陛下のご命令だ。決して傷ひとつ付けずに生け捕りにせよ」
イザベラの生け捕りを命じられたクヴァンツ大将は、黒馬の上で低いがよく通る声で命じた。左頬に刀傷がある、帝国軍内でも猛将と呼ばれる剛の者。平民出身であるが、数々の武勲をあげ大将にまでのぼりつめた叩き上げの軍人。そのいかつい容貌とは裏腹に情に篤く、部下からの信頼もある。身の丈は二メートル近くもあり、鍛え上げられた体躯はまるで岩のようだ。
「女だてらに軍を指揮するイザベラ公女か。ふむ、武人としては生け捕りなどという生ぬるい手段ではなく、剣を交えてみたいものだが」
心底残念そうに呟くと、眼前で繰り広げられる戦闘の行方を見守る。帝国軍が数にものを言わせ攻め入っているが、さすが公国側もイザベラが率いる精鋭部隊。少ない手勢ながら守りが薄いところを突き徐々にではあるが、包囲網を突破しようとしている。
「怯むな! 少しでも止まれば命はない、全力で進め!」
檄を飛ばしながらバスタードソードからショートスピアに武器を代えたイザベラが、敵から奪った馬を巧みに操りつつ囲みを突破しようとしている。傍らを精鋭中の精鋭である側近たちが固め、襲い掛かる敵を確実に屠っていく。
まだどこかあどけなさが残る美しい顔を血で染めても、イザベラの美貌は損なわれなかった。そして目立っていた。唯一の女であることを除いても、彼女が紛うことなき本物の武人であることを、クヴァンツ大将は馬上から見てとっていた。生け捕りにせよという厳命。それを破れば彼とて厳罰が待っているが、しかし。武人として、優れた将と戦いたいという欲求を抑えられなくなってきている。
噂に名高い姫将軍こと、イザベラ公女。まるで少年のように心が高ぶってくる。娘ほどの年齢の相手だが、腕に覚えがあれば年など関係がない。ただ、純粋に戦ってみたい。クヴァンツ大将の肚が決まった。
「よし、儂自らが生け捕りにしてくれよう。そこをどけい!」
「閣下!」
部下たちの制止も聞かず、クヴァンツは馬を走らせた。前線にいる兵士たちは総大将の出陣に士気を上げ、さらに執拗な攻撃へと転じていった。
「儂はヴァイスハイト帝国の大将、クヴァンツである! プラテリーア公国のイザベラ公女、勝負いたせ!」
戦場の騒音の中でもひときわ響く、大音声。一瞬静まり返ったほどの迫力に満ちたその挑発に、イザベラはぐっと唇を噛み締めると馬の鐙《あぶみ》に力を入れた。
「お待ちくださいませ。この場は私が」
「じい?」
傳役のオスティ将軍がイザベラよりも先に半馬身前に出て、挑むようにクヴァンツ大将を見据える。
「私がこの場を引き受けます。どうか城へ」
「じい、しかし」
「殿下には本懐がございましょう。このような所で、御身に何かあってはなりませぬ。散るならば、この老骨がよろしかろう。何、敵の首級も挙げてみせますとも」
不敵に笑ったオスティ将軍は、槍を抱え直すと更に半馬身前へ出た。
「イザベラ様、御武運を」
「じい、必ず、生きて私の許へ戻ってまいれ」
そう言い置くと彼女は馬首をめぐらせる。側近たちも公女に続いた。
「皇帝陛下のご命令だ。決して傷ひとつ付けずに生け捕りにせよ」
イザベラの生け捕りを命じられたクヴァンツ大将は、黒馬の上で低いがよく通る声で命じた。左頬に刀傷がある、帝国軍内でも猛将と呼ばれる剛の者。平民出身であるが、数々の武勲をあげ大将にまでのぼりつめた叩き上げの軍人。そのいかつい容貌とは裏腹に情に篤く、部下からの信頼もある。身の丈は二メートル近くもあり、鍛え上げられた体躯はまるで岩のようだ。
「女だてらに軍を指揮するイザベラ公女か。ふむ、武人としては生け捕りなどという生ぬるい手段ではなく、剣を交えてみたいものだが」
心底残念そうに呟くと、眼前で繰り広げられる戦闘の行方を見守る。帝国軍が数にものを言わせ攻め入っているが、さすが公国側もイザベラが率いる精鋭部隊。少ない手勢ながら守りが薄いところを突き徐々にではあるが、包囲網を突破しようとしている。
「怯むな! 少しでも止まれば命はない、全力で進め!」
檄を飛ばしながらバスタードソードからショートスピアに武器を代えたイザベラが、敵から奪った馬を巧みに操りつつ囲みを突破しようとしている。傍らを精鋭中の精鋭である側近たちが固め、襲い掛かる敵を確実に屠っていく。
まだどこかあどけなさが残る美しい顔を血で染めても、イザベラの美貌は損なわれなかった。そして目立っていた。唯一の女であることを除いても、彼女が紛うことなき本物の武人であることを、クヴァンツ大将は馬上から見てとっていた。生け捕りにせよという厳命。それを破れば彼とて厳罰が待っているが、しかし。武人として、優れた将と戦いたいという欲求を抑えられなくなってきている。
噂に名高い姫将軍こと、イザベラ公女。まるで少年のように心が高ぶってくる。娘ほどの年齢の相手だが、腕に覚えがあれば年など関係がない。ただ、純粋に戦ってみたい。クヴァンツ大将の肚が決まった。
「よし、儂自らが生け捕りにしてくれよう。そこをどけい!」
「閣下!」
部下たちの制止も聞かず、クヴァンツは馬を走らせた。前線にいる兵士たちは総大将の出陣に士気を上げ、さらに執拗な攻撃へと転じていった。
「儂はヴァイスハイト帝国の大将、クヴァンツである! プラテリーア公国のイザベラ公女、勝負いたせ!」
戦場の騒音の中でもひときわ響く、大音声。一瞬静まり返ったほどの迫力に満ちたその挑発に、イザベラはぐっと唇を噛み締めると馬の鐙《あぶみ》に力を入れた。
「お待ちくださいませ。この場は私が」
「じい?」
傳役のオスティ将軍がイザベラよりも先に半馬身前に出て、挑むようにクヴァンツ大将を見据える。
「私がこの場を引き受けます。どうか城へ」
「じい、しかし」
「殿下には本懐がございましょう。このような所で、御身に何かあってはなりませぬ。散るならば、この老骨がよろしかろう。何、敵の首級も挙げてみせますとも」
不敵に笑ったオスティ将軍は、槍を抱え直すと更に半馬身前へ出た。
「イザベラ様、御武運を」
「じい、必ず、生きて私の許へ戻ってまいれ」
そう言い置くと彼女は馬首をめぐらせる。側近たちも公女に続いた。
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