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第四章 本懐を遂げる
第29話
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昼になり見かねた侍女が差し入れた氷袋を頬に押し当てながら、イザベラはベッドに不満げに腰かけている。階段を降りてくる足音に、反射的に身構えた。二人分のそれは迷うことなくイザベラが囚われている部屋へと近づいている。
「何の用だメリッサ、ヴィットリオ。あの男に頼まれて、私を密かに処刑しに来たか?」
「殿下、そのようなことを」
女宮廷魔術師のメリッサが、呆れ混じりにそう呟いた。ヴィットリオ大神官は無言でイザベラに近づくと、治癒魔法をかける。平手打ちとはいえ二発も食らったのだ、口の中はかなり深く切れているし冷やしてもなかなか腫れが引かなかったのだ。それが瞬時に痛みが消え口腔の傷も癒えた。腫れもなくなり、イザベラは差し出されたメリッサの手に氷袋を託す。
「大神官と宮廷魔術師。あの男の側近中の側近二人が連れだってやってきたのだ。処刑前の祈りの時間かと思うだろう? メリッサの幻覚魔法で狂死させ、表向きは病死と発表させるのが常套手段ではないか」
痛烈な皮肉を吐きながら、イザベラはメリッサを警戒する。彼女は無詠唱で魔法を発動できる。いつでも抵抗できるよう集中しておく。どれだけ持つかは未知数だが。
「我々はそのようなことで参ったのではありません。ただ純粋に、殿下の御様子が気になったのです」
大神官ヴィットリオの台詞も、素直に心に響かない。頑なな公女の態度に大神官は呆れ、先に地上へと戻ってしまう。残ったメリッサは、大神官の足音が完全に聞こえなくなったことを確認してから口を開いた。
「殿下。大公殿下は公女殿下を処刑することはありませんわ」
「だろうな。何としても自分の後釜に据えたいのだから、心身ともに健康な状態で存在してもらわねば困るだろう。しかし」
そこでイザベラは言葉を切り、メリッサの背後に父親の影を見ながら言葉を繋いだ。
「親子といっても、所詮は血が繋がっただけの他人だ。生き方を押し付けられたり、干渉される謂れはない。首を洗って待っていろと、あの男に伝えてくれ」
話は終わったとばかりに、イザベラはベッドに再び腰かけた。もうメリッサと目を合わせることすら拒否している。それを感じ取った女宮廷魔術師は、一礼すると階段を目指す。
(殿下に亡くなられては困るのですよ。わたくしとしても)
胸の内でそう呟くと、メリッサは振り返らずに地上を目指す。
一人残されたイザベラは、不貞腐れたようにベッドへ横たわると、弟の身を案じた。
(ごめんねロブ。でも何とかしてあいつを殺して、貴方をこの宮殿に戻してみせる。それまでは、絶対に死ぬものですか)
悲壮な決意と共に、外ではやがて夜を迎えた。女官長であり乳母のアンジェラが食事を運んできた。彼女は両眼に涙を浮かべ、鉄格子越しに公女の美しい黄金の髪を撫でた。
「迷惑をかけたな、ばあや」
憔悴しきっている女官長を見て、さすがにイザベラも居心地が悪い。頬に添えられた老女官長の手を包むように握れば、震えているのが判った。
「殿下。公子殿下をどこへ逃がしたのかは存じませぬが、善き行為でございます」
「ばあや?」
一筋の涙を流し、女官長は野菜スープとパン、そして川魚の揚げ物とわずかなサラダといった質素な食事を、専用の入り口から差し入れ去っていった。女官長だけは何があっても味方だと確信したイザベラは、なぜか胸の奥が暖かい。何とかこの牢を破って、本懐を遂げたいと改めて思った。
「何の用だメリッサ、ヴィットリオ。あの男に頼まれて、私を密かに処刑しに来たか?」
「殿下、そのようなことを」
女宮廷魔術師のメリッサが、呆れ混じりにそう呟いた。ヴィットリオ大神官は無言でイザベラに近づくと、治癒魔法をかける。平手打ちとはいえ二発も食らったのだ、口の中はかなり深く切れているし冷やしてもなかなか腫れが引かなかったのだ。それが瞬時に痛みが消え口腔の傷も癒えた。腫れもなくなり、イザベラは差し出されたメリッサの手に氷袋を託す。
「大神官と宮廷魔術師。あの男の側近中の側近二人が連れだってやってきたのだ。処刑前の祈りの時間かと思うだろう? メリッサの幻覚魔法で狂死させ、表向きは病死と発表させるのが常套手段ではないか」
痛烈な皮肉を吐きながら、イザベラはメリッサを警戒する。彼女は無詠唱で魔法を発動できる。いつでも抵抗できるよう集中しておく。どれだけ持つかは未知数だが。
「我々はそのようなことで参ったのではありません。ただ純粋に、殿下の御様子が気になったのです」
大神官ヴィットリオの台詞も、素直に心に響かない。頑なな公女の態度に大神官は呆れ、先に地上へと戻ってしまう。残ったメリッサは、大神官の足音が完全に聞こえなくなったことを確認してから口を開いた。
「殿下。大公殿下は公女殿下を処刑することはありませんわ」
「だろうな。何としても自分の後釜に据えたいのだから、心身ともに健康な状態で存在してもらわねば困るだろう。しかし」
そこでイザベラは言葉を切り、メリッサの背後に父親の影を見ながら言葉を繋いだ。
「親子といっても、所詮は血が繋がっただけの他人だ。生き方を押し付けられたり、干渉される謂れはない。首を洗って待っていろと、あの男に伝えてくれ」
話は終わったとばかりに、イザベラはベッドに再び腰かけた。もうメリッサと目を合わせることすら拒否している。それを感じ取った女宮廷魔術師は、一礼すると階段を目指す。
(殿下に亡くなられては困るのですよ。わたくしとしても)
胸の内でそう呟くと、メリッサは振り返らずに地上を目指す。
一人残されたイザベラは、不貞腐れたようにベッドへ横たわると、弟の身を案じた。
(ごめんねロブ。でも何とかしてあいつを殺して、貴方をこの宮殿に戻してみせる。それまでは、絶対に死ぬものですか)
悲壮な決意と共に、外ではやがて夜を迎えた。女官長であり乳母のアンジェラが食事を運んできた。彼女は両眼に涙を浮かべ、鉄格子越しに公女の美しい黄金の髪を撫でた。
「迷惑をかけたな、ばあや」
憔悴しきっている女官長を見て、さすがにイザベラも居心地が悪い。頬に添えられた老女官長の手を包むように握れば、震えているのが判った。
「殿下。公子殿下をどこへ逃がしたのかは存じませぬが、善き行為でございます」
「ばあや?」
一筋の涙を流し、女官長は野菜スープとパン、そして川魚の揚げ物とわずかなサラダといった質素な食事を、専用の入り口から差し入れ去っていった。女官長だけは何があっても味方だと確信したイザベラは、なぜか胸の奥が暖かい。何とかこの牢を破って、本懐を遂げたいと改めて思った。
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