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第三章 皇帝と公子の教示と矜持
第23話
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一方クレメンス及びマクシミリアンと対峙するロベルトは、今まで感じたとのない威圧感に圧倒されていた。自分とは桁違いの気配。その力量差に逃げ出したいが、ここで逃げたらせっかく救い出した女性たちがまた酷い目にあう。それだけは避けねばと、震える身体をなだめながらバスタードソードを構える。
「お前たちは何者だ。ここをどこだと心得ている」
幸いにも声は震えなかった。姉に言われたことを思い出す。窮地に陥った時は、無理にでも笑ってみろと。たとえ虚勢でも、心に覚悟ができると。死ぬつもりはないが、この商人たちの正体だけは暴いてみせると決意できた。
「プラテリーア公国の、離宮だと認識しておりますが」
「判っているならば、即刻出て行け。見ての通り、この離宮は長い間使用されていなかった。買い物もしない」
「我々は、あなたの背後にいる女性たちに用があります」
ロベルトとの会話を担当しているのは、ずっとマクシミリアンだった。彼はさりげなく皇帝を背に庇い、主君を護る形をとっている。彼は普通の長剣を手にしているが、手入れが行き届いているのでバスタードソードと充分に渡り合える。
ピクリ、とロベルトの片眉が上がった。蹂躙された自国の娘たちを、また得体のしれない男たちに好きなようにされてたまるか。怒りと大公の嫡子という矜持が頭をもたげ、しばし恐怖を忘れることに成功した。
「お前たちがただの商人でないことは、もう判っている。だから僕も正体を明かす。我が名はロベルト=カルロ=ディ=プラテリーア。このプラテリーア公国の公子だ。彼女たちは大切な国民。いかなる理由があろうと彼女たちを、お前たちの好き勝手にはさせない」
先ほどまでどこか怯えた空気をまとっていたロベルトは、今では凛とした顔つきになっている。腹を括ったようで、格上の相手であろうと一歩も引かないという気迫に満ちている。
(ほう?)
今まで静観していたクレメンスが、公子に個人的な興味を抱いた。これまで彼の耳に入ってきていたロベルト公子とは、心身ともに脆弱な貴公子というもの。それが今、堂々と国民を庇う姿はなかなか堂に入っている。
(面白いな、この公子)
少し弄うてやろうと、クレメンスが前に出た。
陛下、と思わず口に出しかけてマクシミリアンは慌てて口をつぐんだ。向こうが正式に名乗ったのだから、こちらも名乗るのが礼儀ではあるが、それはクレメンスが判断すること。第一、利き腕を抑えられて背に庇われることすら拒否するという主君の意思を感じ、動けない。
「これはこれはロベルト公子であらせられましたか。では、こちらも名乗るのが礼儀。我が名はクレメンス。クレメンス=ヨアヒム=フォン=ヴァイスハイト。ヴァイスハイト帝国の皇帝だ」
「ヴァイスハイト帝国の皇帝。では、ゲオルグ帝が崩御されたのですか?」
世情に疎いロベルトとはいえ、隣国の皇帝が病に伏していることくらいは耳にしていた。そして皇太子の名前も。同名の者が皇帝を名乗ったということは、代替わりがされたということ。まだ正式に国内外に布告されたわけではないが。
勝てない、との思いが一瞬だけロベルトを支配する。プラテリーア公国内で皇帝と渡り合える猛者などいない。姫将軍というご大層な渾名を持つ姉でさえ、クレメンスの足元にも及ばない。自分など、虫けら以下の実力だ。震える全身を何とか持ちこたえさせ、それでも瞳には意思を湛えて睨みつける。
「お前たちは何者だ。ここをどこだと心得ている」
幸いにも声は震えなかった。姉に言われたことを思い出す。窮地に陥った時は、無理にでも笑ってみろと。たとえ虚勢でも、心に覚悟ができると。死ぬつもりはないが、この商人たちの正体だけは暴いてみせると決意できた。
「プラテリーア公国の、離宮だと認識しておりますが」
「判っているならば、即刻出て行け。見ての通り、この離宮は長い間使用されていなかった。買い物もしない」
「我々は、あなたの背後にいる女性たちに用があります」
ロベルトとの会話を担当しているのは、ずっとマクシミリアンだった。彼はさりげなく皇帝を背に庇い、主君を護る形をとっている。彼は普通の長剣を手にしているが、手入れが行き届いているのでバスタードソードと充分に渡り合える。
ピクリ、とロベルトの片眉が上がった。蹂躙された自国の娘たちを、また得体のしれない男たちに好きなようにされてたまるか。怒りと大公の嫡子という矜持が頭をもたげ、しばし恐怖を忘れることに成功した。
「お前たちがただの商人でないことは、もう判っている。だから僕も正体を明かす。我が名はロベルト=カルロ=ディ=プラテリーア。このプラテリーア公国の公子だ。彼女たちは大切な国民。いかなる理由があろうと彼女たちを、お前たちの好き勝手にはさせない」
先ほどまでどこか怯えた空気をまとっていたロベルトは、今では凛とした顔つきになっている。腹を括ったようで、格上の相手であろうと一歩も引かないという気迫に満ちている。
(ほう?)
今まで静観していたクレメンスが、公子に個人的な興味を抱いた。これまで彼の耳に入ってきていたロベルト公子とは、心身ともに脆弱な貴公子というもの。それが今、堂々と国民を庇う姿はなかなか堂に入っている。
(面白いな、この公子)
少し弄うてやろうと、クレメンスが前に出た。
陛下、と思わず口に出しかけてマクシミリアンは慌てて口をつぐんだ。向こうが正式に名乗ったのだから、こちらも名乗るのが礼儀ではあるが、それはクレメンスが判断すること。第一、利き腕を抑えられて背に庇われることすら拒否するという主君の意思を感じ、動けない。
「これはこれはロベルト公子であらせられましたか。では、こちらも名乗るのが礼儀。我が名はクレメンス。クレメンス=ヨアヒム=フォン=ヴァイスハイト。ヴァイスハイト帝国の皇帝だ」
「ヴァイスハイト帝国の皇帝。では、ゲオルグ帝が崩御されたのですか?」
世情に疎いロベルトとはいえ、隣国の皇帝が病に伏していることくらいは耳にしていた。そして皇太子の名前も。同名の者が皇帝を名乗ったということは、代替わりがされたということ。まだ正式に国内外に布告されたわけではないが。
勝てない、との思いが一瞬だけロベルトを支配する。プラテリーア公国内で皇帝と渡り合える猛者などいない。姫将軍というご大層な渾名を持つ姉でさえ、クレメンスの足元にも及ばない。自分など、虫けら以下の実力だ。震える全身を何とか持ちこたえさせ、それでも瞳には意思を湛えて睨みつける。
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