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第三章 皇帝と公子の教示と矜持

第21話

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「陛下、離宮が見えてきました」
「うむ。ではクリストフ、斥候に出てくれ。万が一残っている下っ端がいると厄介だからな」
「御意」

 暗殺者アサシンのクリストフが、そのスキルを活かして斥候役を務める。ひとり先行し、離宮周辺に広がる林の木々にその身を隠しながら近付いていく。まったく物音を立てない彼を見送りつつ、一行は少しスピードを落として進む。

 クリストフは木陰から素早く建物の裏側へ回り、身をかがめる。開いている窓から漏れてくる声に耳をすませば、複数の男女の声が聞こえてきた。だが距離があるせいか、何を話しているのか判らない。緊張感を孕んでいることだけは感じられる。そっと窓から中を覗こうとして、二階で人の足音が一人分だけ聞こえた。音もなくちらと見えた階段からの死角に入り、様子をうかがう。

 やがて若い娘がシーツの束を抱えて、階段を降りてきた。十代半ばと思しきその少女は、階段を降りるとすぐ傍の扉を開けて中に入った。そのほんの一瞬、クリストフの視界に入ったのは、若い男二人と裸に手枷足枷をつけられた女性たちだった。

(まだ手下どもがいる。二階から降りてきた少女は、女たちの世話係か?)

 たった三人ならば、自分ひとりでも始末できるが任務は斥候。いま見たことを報告しなければならない。あの中に町長の孫娘がいるのかと思うと、やりきれない思いが胸を満たす。忍び足で主君の許へ戻り、ありのままを告げる。

「三人なのだな?」
「男が二人と、女が一人。女は世話係かと」
「陛下、一気に押し入りますか? それとも」

 魔術師のヴィーラントが、空中に魔法陣を描こうとする。

「人質もろとも殺す気か」

 冷静な声で諫めたのは、格闘家のフランツだ。後衛職のくせに、意外と猪突猛進なヴィーラントに冷たい視線を送る。

「陛下、いかがいたしましょうか」
「ふむ。敵が少数ならば一気に畳みかけよう。人質となっている者たちを早く救出せねば、町長をはじめとする町の者たちが気を揉んでいるからな」

 クレメンスの命令が下ると、部下たちの動きは早かった。正面から突撃する者たちと、裏口を固める者とに分かれる。裏口は一人でも広範囲をカバーできる、魔術師のヴィーラントが一手に引き受ける。貨物の中から上等な絹織物の反物をいくつか取り出すと、クレメンスたちは足音を殺して離宮の中に入る。しかし、中にいた男たちも、旅商隊の動きを把握していたらしい。

 風を切る音に暗殺者アサシンのクリストフが前に出て、飛んできた投げナイフ二本を叩き落とした。同時に格闘家のフランツが、細鞭ウイップを構えている男に蹴りを入れようとする。

「チッ」

 フランツが思わず舌打ちをする。軸足を細鞭ウイップで絡めとられた上に、そのまま掬われたからだ。だが、そこは熟練の格闘家。無様に後ろに転倒することなく手をつくと、肘の屈伸をバネにして後ろへと跳ね上がる。勢いで細鞭ウイップが相手の手から離れた。一足飛びで間合いを詰めると、相手の喉仏に手刀を寸留めにする。とどめを刺しても良かったが、やめた。眼前の男からは、明らかに山賊とは違う空気を感じたからだ。

(この男?)

 どうやらクリストフも同じ思いらしく、闇色に染まった短剣ダガーを持て余している。いつでも咽喉を叩き潰せるようフランツが身構えている間に、クリストフが男が隠し持っている暗器をすべて取り上げた。投げナイフが三本。どれも手入れが行き届いており、クリストフは鍛えれば良い暗殺者になれるなと、思わず思ってしまった。それほどこの男の動きは、見事だったのだ。 

「お前は山賊の一味か?」
「無礼な。そんな下賤な輩どもと一緒にするな。我々は」

 フランツが構えを解かぬまま問えば、男は激高しかけたが肝心の部分は口を閉ざす。クリストフもフランツも、この男が山賊でないと確信している。男の言う下賤な輩とは、明らかに違う。三人の会話はすべて全世界共通語で交わされているが、言葉の端々に、ここプラテリーア公国の訛りが僅かながら感じられる。
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