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第三章 皇帝と公子の教示と矜持
第19話
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想像以上に荒れ果てた離宮に、フィオリーノとミーナはここを二人で掃除するのかと、心が折れかけた。外観だけは立派だが、手入れが行き届いていないせいですっかり廃れている。先代大公アルフォンソが晩年をここで過ごしたが、彼が亡くなってからは誰もこの離宮を使用しなかったために、山賊どもが根城にした。
「ともかく、中に入って窓という窓を開けて、空気の入れ替えをしようか。少しはマシになると思う」
僕も手伝うからさとロベルトは笑った。公子自らが働かねばならないほどに、今は人手が足りない。贅沢を言っている暇があったら手を動かすことが大事だ。ロベルトは率先して玄関から中に入る。
「なんだ、このにおいは?」
鼻をつくカビ臭さと共に、宮殿で嗅ぎ慣れた甘ったるい匂いがする。他の二人も違和感に眉をひそめ、フィオリーノは中距離攻撃ができる細鞭《ウイップ》を腰から外す。
「香水ですわね、この匂いは」
火が消えた松明を棍棒代わりに握りしめたミーナが、辺りを警戒するように見渡す。埃とカビのにおいに混じり、明らかに人工的な甘い香りがする。それも複数の匂いが混じりあい、それぞれが自己主張をするものだから、三人は気分が悪くなってきた。
「耐えられない、窓を開けよう」
うんざりとした表情で、率先してロベルトが大きな出窓を開け放った。途端に入り込む、外の新鮮な空気を思わず力いっぱい吸い込む。三人で手分けして一階部分の窓を開け放っていくと、先ほどよりは随分とにおいが薄らいだ。だが長年放置されていたせいで、かび臭さだけはどうにもならなかったが。
「ん?」
二階への階段を昇ろうとしていたフィオリーノが、なにか違和感を覚えて立ち止まった。油断なく細鞭を構え、周囲を見回す。
「どうかされましたか、フィオリーノさん」
「しっ。いま確かに女の声が聞こえたんだ。ミーナは聞こえなかったか?」
「女の人の声、ですか?」
二人の様子がおかしいことに気づいたロベルトもやってきた。ミーナが事情を説明すると、三人で耳をすます。
「い。も、い」
「殿下、ミーナ。下がっていてください」
階段の傍にある大きな扉から、かすかに女の声が聞こえた。すすり泣くような声だった。何が飛び出してくるか判らないため、二人を後方に下がらせ自分はまず、牽制のために扉を細鞭で思い切り打つ。中から小さな悲鳴が上がったが、やはり女の声だ。どういうことだとフィオリーノは思いながらも、なおも扉を打ち続ける。
「中に誰かいるのか?」
「ひいいいっ! お願いです、もう家に帰してください。後生ですから!」
聞いたことのない若い女の声だ。思わず後ろを振り返るが、ロベルトもミーナも声の主に心当たりはなさそうだ。ロベルトもバスタードソードを構えた。意を決してフィオリーノが扉を蹴破る。
「なっ?」
中の様子に男たちは顔を急いで背け、ミーナは両手で口を覆い絶句する。そこには両手足首を枷で拘束された、上下の局部をかろうじて隠す程度の布しか身に付けていない娘たちがいた。十代後半から二十代前半の美しい娘たちばかりで、みな目が虚ろだ。一番手前にいる女性が、フィオリーノが持つ鞭を見て怯えた。
「打たないで下さい! 今の発言は取り消しますから」
「待って、わたしたちは都から参りました。こちらにおわすは、ロベルト公子殿下です。いったいここで、何があったのですか?」
女性であるミーナが穏やかに問えば、娘たちはいっせいに安堵の表情になった。
「公子殿下? あぁ、やっと都に嘆願書が届いたのですね」
「ミーナ、とりあえず彼女たちに何か服かシーツを。このままじゃ話を聞けない」
顔を背けているロベルトに言われ、ミーナは慌てて何か彼女たちのあられもない姿を覆い隠す服や、布地はないか探しに行く。
「ともかく、中に入って窓という窓を開けて、空気の入れ替えをしようか。少しはマシになると思う」
僕も手伝うからさとロベルトは笑った。公子自らが働かねばならないほどに、今は人手が足りない。贅沢を言っている暇があったら手を動かすことが大事だ。ロベルトは率先して玄関から中に入る。
「なんだ、このにおいは?」
鼻をつくカビ臭さと共に、宮殿で嗅ぎ慣れた甘ったるい匂いがする。他の二人も違和感に眉をひそめ、フィオリーノは中距離攻撃ができる細鞭《ウイップ》を腰から外す。
「香水ですわね、この匂いは」
火が消えた松明を棍棒代わりに握りしめたミーナが、辺りを警戒するように見渡す。埃とカビのにおいに混じり、明らかに人工的な甘い香りがする。それも複数の匂いが混じりあい、それぞれが自己主張をするものだから、三人は気分が悪くなってきた。
「耐えられない、窓を開けよう」
うんざりとした表情で、率先してロベルトが大きな出窓を開け放った。途端に入り込む、外の新鮮な空気を思わず力いっぱい吸い込む。三人で手分けして一階部分の窓を開け放っていくと、先ほどよりは随分とにおいが薄らいだ。だが長年放置されていたせいで、かび臭さだけはどうにもならなかったが。
「ん?」
二階への階段を昇ろうとしていたフィオリーノが、なにか違和感を覚えて立ち止まった。油断なく細鞭を構え、周囲を見回す。
「どうかされましたか、フィオリーノさん」
「しっ。いま確かに女の声が聞こえたんだ。ミーナは聞こえなかったか?」
「女の人の声、ですか?」
二人の様子がおかしいことに気づいたロベルトもやってきた。ミーナが事情を説明すると、三人で耳をすます。
「い。も、い」
「殿下、ミーナ。下がっていてください」
階段の傍にある大きな扉から、かすかに女の声が聞こえた。すすり泣くような声だった。何が飛び出してくるか判らないため、二人を後方に下がらせ自分はまず、牽制のために扉を細鞭で思い切り打つ。中から小さな悲鳴が上がったが、やはり女の声だ。どういうことだとフィオリーノは思いながらも、なおも扉を打ち続ける。
「中に誰かいるのか?」
「ひいいいっ! お願いです、もう家に帰してください。後生ですから!」
聞いたことのない若い女の声だ。思わず後ろを振り返るが、ロベルトもミーナも声の主に心当たりはなさそうだ。ロベルトもバスタードソードを構えた。意を決してフィオリーノが扉を蹴破る。
「なっ?」
中の様子に男たちは顔を急いで背け、ミーナは両手で口を覆い絶句する。そこには両手足首を枷で拘束された、上下の局部をかろうじて隠す程度の布しか身に付けていない娘たちがいた。十代後半から二十代前半の美しい娘たちばかりで、みな目が虚ろだ。一番手前にいる女性が、フィオリーノが持つ鞭を見て怯えた。
「打たないで下さい! 今の発言は取り消しますから」
「待って、わたしたちは都から参りました。こちらにおわすは、ロベルト公子殿下です。いったいここで、何があったのですか?」
女性であるミーナが穏やかに問えば、娘たちはいっせいに安堵の表情になった。
「公子殿下? あぁ、やっと都に嘆願書が届いたのですね」
「ミーナ、とりあえず彼女たちに何か服かシーツを。このままじゃ話を聞けない」
顔を背けているロベルトに言われ、ミーナは慌てて何か彼女たちのあられもない姿を覆い隠す服や、布地はないか探しに行く。
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