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第三章 皇帝と公子の教示と矜持

第18話

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 十数体いる人狼は、数が減るどころか仲間を呼ばれて増えていく。付加魔法にも時間制限があり、呪符の数にも限りがある。このままではジリ貧だと、ロベルトが歯噛みした刹那。

「ギャウン!」

 突如、人狼たちの身体から血しぶきが上がった。かまいたちに切り刻まれたかのような傷が全身にあり、矢が幾本か背中に突き刺さっている個体も、見受けられた。

「無事か、人の子らよ」

 痩身優美な身体つき、人間よりも長く先端が尖った耳。なめし革の胸当てに矢筒を背負ったエルフたちが、木立の向こうから矢を連射する。その見事な手腕に、あっという間に人狼たちが全滅した。白金色の髪を持つエルフが、近づいてくる。声から察するに、男性のようだ。若草色の短衣チュニックに、ややゆったりめの生成りのボトム。足首までを覆う、歩き易そうなブーツといういでたち。外見上は二十代後半といったところだが、確実に年齢は三桁を超えているだろう。

「お助けてくださり、ありがとうございました。僕は、プラテリーア公国の公子ロベルトです。あなたのお名前は?」
「この、憩いの森に住むエルフ族の族長、クスターだ。君の祖父御にあたるのかな? アルフォンソとは、よき友となれた」 

 人間を粗野で野蛮と軽蔑し、交流しようとしないエルフ。エルフを見目が良いだけの高慢ちきと罵り、嫉妬しつつも羨望の眼差しで見る人間。種族としては近く、交配も可能なのだが、互いの認識はこういう状態が罷り通っている。いったいどうやって、祖父のアルフォンソはこのエルフ族長と友誼を深めたのだろうと、ロベルトは思った。

「メリッサは、四分の一エルフの血が流れていてね。その縁もあって、アルフォンソを受け入れることができた。メリッサがいなかったら、未だにわたしたちは仲違いをしていただろうね」

 先祖にエルフの血が入っている宮廷魔術師の顔を思い浮かべ、彼女が年齢不詳なのも頷けると人間たちは納得の表情だ。祖父の代から外見が変わっていないのだろうかと、ロベルトは変な疑問を抱く。

「満月の夜は人浪の動きが活発になるから、わたしたちも警戒していたんだよ」
「おかげで助かりました」
「わたしたちが見張りをするから、ゆっくりと休むといい」

 クスターの言葉に最初は遠慮したが、城からの脱出に人浪との戦闘で緊張が続き、疲労が募っていることも事実だった。逡巡したのち、エルフたちの好意に甘えることにした。

 陽が昇り、まだ眠っているミーナを起こさぬよう馬車は出立した。出発間際に、クスターがロベルトに、風精霊シルフを使役する事ができる呪符を数枚くれた。旅の役に立てば良いと笑いながら。人間嫌いのエルフが、あそこまで自分たちに好意を見せてくれるのは、宮廷魔術師のおかげだとフィオリーノとバルドは感謝した。バルドはともかく、フィオリーノはもう一度メリッサに会う機会があったら、よく礼を述べようと決意した。

 この調子でいけば、昼頃には離宮に着くだろう。そこからすぐに帝国へ降伏の使者を送り、公国へ攻め入ってもらうよう願おうと、ロベルトは思っている。姉に親殺しの汚名は着せたくない。そんな不名誉は、自分が引っ被ると、姉の恩に報いるために若い公子は自国を売る。自身が処刑されてもかまわない。あんな国、亡びてしまえばいいのだ。ロベルトの心には、暗い炎が燃えていた。
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