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第一章 ヴァイスハイト帝国の若き皇帝

第6話

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 黙り込んでしまった補佐官を、何の感情もこもらぬ冷たい目で見据えた後にクレメンスは言い放つ。

「皇后は、わたし自身が決める。人形のように美しいが、従順なだけの女は好かぬ」

 まっすぐに宰相の目を見つめ、彼の魂胆を打ち砕く発言をしたのちクレメンスは、話は終わったとばかりに立ち上がる。

「エリーゼ、エリーゼ女官長はおらぬか。ああ、マクシミリアンも呼べ」

 程なくして男女が、クレメンスの前に姿を現した。

「お傍に控えております、陛下」
「お呼びでしょうか」

 クレメンスの乳母を務めたエリーゼ女官長と、彼女の息子で緋色旗ひしょくき近衛騎士団長のマクシミリアンが、膝をつきこうべをたれた。 

「エリーゼ、大至急旅商人の装束と馬、行商用の荷物を用意せよ。マックス、近衛騎士団から腕利きの騎士を、五から六人選出せよ。わたしとともに公国に向かうぞ」
「かしこまりました」
「御意にございます」

 二人が立ち去ると同時に、呪縛から放たれたようにハインリヒが我に返った。

「陛下、プラテリーア公国へ何をしに」
「未来の皇后の顔を、眺めてくるのも悪くはなかろう? 噂に名高い姫将軍がどのような面構えか、確かめたくてな。何なら手合わせをしても良い」
「陛下!」

 女官たちの手で旅商人の衣装に着替えたクレメンスが、腰にレイピアを吊るして笑った。近衛騎士団の腕利きを数人連れてきたマクシミリアンも、長剣を腰に、短剣を数本懐にしまいこんだ。すべての準備が整ったとき、まだ青ざめた顔色のハインリヒに向けてクレメンスは言葉を発する。

「留守を頼むぞ、補佐官」

 僅かに皮肉をこめた物の言い方に気づかぬはずもないが、ハインリヒは再びポーカーフェイスを取り戻すと、無言で頭をたれた。 

 旅商隊キャラバンになりすました主従たち一行は、国境に向けて荷馬車を走らせる。宮殿からの伝令を受け、一般市民に扮した軍人たちが油断なく、さりげなく新皇帝の身辺を警護している。

 ヴァイスハイト帝国は、世界の中心部に位置するディルドリン大陸のほぼ中央部を治めている。内陸のために海産資源には乏しいが、そびえ立つ山脈が領土の北側にあり鉱物資源に恵まれているので、ドワーフ族と共存を果たしている。封印を守護する帝室の一角らしくその領土はかなり広大であった。

 いよいよ明日、国境を越えるという頃、クレメンスは不意に遠い目をし、隣でくつわを並べるマックスことマクシミリアンに声をかけた。

「わたしが自分で后を選ぶというのは、おかしいか?」

 問いかけの形をとっているが、答えを求めている訳ではないとマクシミリアンは気づいている。生まれたときより乳兄弟として、誰よりも長くクレメンスの傍にいた彼は、黙ったまま手綱をさばく。

「母上は愛のない婚姻を嘆かれていた。わたしは、生涯を共にする伴侶は自分で選びたい。母上のように悲しむ女の顔など見たくない」

 神の血を絶やさぬよう、血族婚が慣例だった帝室の血。伴侶は、血統を絶やさぬための相手でしかなく、そこに愛情というものは欠片たりとも存在していない。クレメンスの母親は傍系の王女で立后されたが、跡継ぎを生んだ後は目もかけられなくなった。

『わたくしは皇太子を生むためだけの存在……もう用済みですか? わたくしは陛下を心からお慕いしているのに、陛下はお心をかけてくださらぬ。わたくしは何のための皇后か!』

 母の嘆きは幼いクレメンスの心に刻み付けられた。封印を守るために、血統を絶やしてはいけない。それは百も承知だが、后に愛情を抱いてはいけないという法はない。

「ハインリヒをはじめとする国内の貴族は、娘や孫をわたしの后にしようとしている。だが、わたしは押し付けの后はいらない。イザベラ公女がどのような人間か知らないが、わたしの目で確かめ、選びたい」

 長い年月、血族婚姻を繰り返したため血は濃くなり、妊娠率が低下してきた。一度、新しい血を入れないと危険な状況になると、若い皇帝は思っている。事実、ゲオルグ帝は皇后の他に五人の妃を得たが、出来た子はクレメンスひとりだった。故に先帝は、次代の皇后は血族以外の娘にすると公布していた。

「イザベラ公女が、陛下のお眼鏡に適えばよろしいのですが」

 控えめにマクシミリアンが言えば、そうだなとクレメンスは笑った。

「明日はいよいよプラテリーア公国だ。気を抜くなよ」
「はい」

 国内での護衛がつくのも国境を越えるまで。明日からは、己の腕のみで身を守らねばならないが、クレメンスに全く気負いはない。まだ見ぬイザベラ公女とはどのような人物か。そのことを、真剣に考えていた。
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