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漆幕 生生流転

第81話

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 光秀を討ち取り、織田家家臣内で一気に発言力を増した羽柴秀吉。

 最大の敵である柴田勝家は、本能寺の変時には北陸に居り地理的には最も近いところに居たが、上杉の抑えに忙しく信長の仇を討てなかった。このことが、亡き信長の後継者を決める清洲会議の席において、己の味方を増やすことができなかった原因だった。

「亡き大殿と殿(信忠)の跡目は、お血筋から鑑みて三法師さまが適任と思われるが、如何か?」

 会議の席に、信長の次男である信雄と三男の信孝は外されており、宿老たちによる合議制が取られていた。

 柴田勝家、丹羽長秀、羽柴秀吉、池田恒興の四人が会議に出席し、今後を決める。さきの弔い合戦において見事に光秀を討ち破った秀吉の発言力は大きく、開口一番、彼はこう宣った。

 この発言に勝家以外は、なるほどもっともだと頷く。信長から家督を譲られ、織田家当主であった信忠の長男、三法師。正室を娶らなかった信忠ゆえ、嫡出子ではないが信長の孫であることに変わりない。ただ問題は、三法師がまだ三歳の幼児であるという点だ。

「しかし、まだ三法師さまは幼い。誰が後見として立つのか。羽柴、まさか貴様が後見役を買って出ると言うのではあるまいな」

 それだけは何としても許さぬとばかりに、勝家はまなじりを決して秀吉を睨みつける。織田家随一の猛将と名高い勝家の大音声は、戦場では敵を震え上がらせ味方を鼓舞する。慣れている筈の宿老たちですら、この時の勝家の迫力に思わず首をすくめた。

 秀吉は信長から猿と呼ばれ続けたその顔を、文字通りくしゃくしゃにして笑んで見せた。そしていくら発言力が増したとは言え、織田家筆頭家老の勝家をたてるように、下手に出る。

「まさか、儂なんぞが三法師さまの後見など畏れ多いことじゃ。叔父である信雄さまと信孝さまが後見になられるのが、筋というもの。執権として我ら四人が、三法師さまが元服されるまで補佐すればよいではないか」

「うむ、羽柴どのの申すとおりじゃ。お血筋からいって、信雄さまと信孝さまが後見となるは世の理。異存はござらぬ」

 池田恒興が真っ先に賛成し、丹羽長秀も頷いた。こうなると勝家には分が悪い。しぶしぶながらも矛を収めた勝家に、秀吉から思いがけない提案がされた。

「柴田どのは養子はおられるが、正室を娶っておられぬ。如何であろう、お市さまを正室に迎え入れられては」
「おお、お市さまも浅井と縁が切れて早十年。再嫁されるにしても、遠国の大名よりも、家臣筋とはいえ、そなたなら安心じゃ」

 他の二将も、嬉々として口々に勧める。

 こうして承認を得て、お市は三人の姫たちを連れて、勝家に再嫁した。
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