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参幕 反信長包囲網――金ヶ崎の退き口と姉川合戦――

第38話

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 命からがら岐阜城に戻った信長は、息つく暇もなく戦の支度を整えていった。敗戦から二ヶ月後の六月二十一日、信長は小谷城と目と鼻の先にある虎御前山に布陣した。

 森可成、斎藤利治、柴田勝家、佐久間信盛、丹羽長秀ら諸将に命じて小谷城の城下町を広範囲に渡って焼き払わせた。無辜の民を巻き添えにすることは避けねばならぬが、今の信長はそんなことに構っていられぬほどに激怒している。小谷城の眼下から見下ろせる虎御前山に、織田軍の幟や軍旗が無数に立てられており、その圧迫感は日に日に増していく。虎御前山の山裾と小谷城のある伊部山の山裾とは、およそ一キロほどしか離れておらず、虎御前山から響く鬨の声は小谷城周辺の空気を震わせ浅井家に圧力をかける。長政も、城下町を焼き払われるという挑発に憤りを隠せず、すぐさま兵を差し向けた。

 朝倉軍も近江国に到着すると信長は、姉川を隔て南に位置する石田山にある横山城を包囲し、自身の本陣は竜ヶ鼻に布陣した。これが六月二十四日のことである。横山城と周辺を守るは野村直隆、三田村国貞、天野木秀俊の三将。攻め手は織田から安藤守就、氏家直元、丹羽長秀、稲葉良通の四将。

 勝山を挟んで徳川は織田軍と並び、横山城がある南方で浅井・朝倉連合軍と睨み合う。織田軍の先陣は、坂井正尚。対する浅井は磯野員昌かずまさ。徳川は酒井忠次が朝倉景紀と睨み合う形となっていた。

 戦の火蓋は早朝の六時に切って落とされた。それぞれの連合軍は姉川を挟んで千々に入り乱れ、混戦模様となる。姉川の流れは双方の血で赤く染まり、河岸には無数の死体が転がる。誰が敵で味方か判らない、芋の子を洗うような乱戦状態。槍は折れ太刀は血脂にまみれ、刃こぼれをおこす。怒号と剣戟の響きは姉川の河岸に響き渡る。人も軍馬も血まみれで横たわり、その屍を踏み越えてまた槍が、太刀が振り回される。混戦はいつ終わるとも知れず。

「おらおら、死にたくなくば、そこを退けい!」

 一際目立つ大男が、これまた目立つ大太刀を振り回して織田と徳川の将兵を、文字通り凪ぎ倒していく。朝倉家が誇る剛の者、真柄直隆が自慢の五尺三寸もある太郎太刀を軽々と振り回して、襲い来る織田・徳川連合軍の兵を斬り斃していく。

 戦は、一人の豪傑によって勝敗が決まるわけではない。あくまでもそれは、局地的な優劣に影響を与えるだけに過ぎない。徐々に、浅井・朝倉勢の情勢が不利になっていった。そんな中、真柄直隆は味方を一人でも多く逃がそうと、単騎で徳川陣営に斬り込んでいった。だが多勢に無勢で、結局は弟の真柄直澄と息子の隆基も、討ち死にをしている。

 豪傑の誉れ高い真柄家の三人を喪った朝倉軍は、この戦に於ける総大将の朝倉景健かげたけを越前国へと逃がすために敗走した。
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