上 下
12 / 90
壱幕 織田家の佳人

第12話

しおりを挟む
 緊張の糸がぷつりと切れた気がして、大きく息を吐きそうになる。すると、聞く者の耳を惹きつける美しい声が届いた。

「まったく殿は。あのようにきつく睨んでは、おなごは怯えるばかりだというに」

 くすくすと口元を袖で隠しながら笑うのは、正室の帰蝶だ。美濃の斎藤氏より嫁いで十年の月日が経つが、信長との間に子がいないせいか若々しく、咲き誇る牡丹のような美貌を誇っている。まだ十三歳のお市は、例えるならば可憐な白百合の蕾か。義姉妹の趣の異なる美しさに心を奪われかけるも、於小夜は己の役目を何とか思い出す。

(しかし、何と見目麗しいお二人か)

 うっとりと美女たちを視界に入れ、心中で密かに嘆息した。彼女も幾度か他国で侍女として潜入し、敵の正室や姫君に仕えたことはあるが、ここまで美しい女性にょしょうたちを見たことがない。自分が男であったならば、間違いなく見初めてしまうだろう。

「では於小夜とやら。今後は誠心誠意、お市どのに仕えよ。よいな」

 帰蝶は席を立ち、侍女たちを従えて出て行った。残ったお市の侍女たちはみな、同僚となる。

「皆、於小夜と少し話がしたい。席を外しておくれ」

 潮が引くように侍女たちは下がり、部屋の中に二人きりとなった。途端に――相手は三つも年下だというのに――お市の持つ高貴な気に呑まれかけてしまい、気を引き締め直す。そんな彼女の心中を知ってか知らずか、お市は穏やかな声で問いかけてきた。

「於小夜、そなたも武家に嫁いだならば、一通り武芸には通じているのであろう? 明朝より、薙刀と剣術の稽古相手になってくれませぬか」

 三ツ者として武芸は一通り心得ている。しかし大名の姫君ともあろうお市が、何故に新参者である於小夜に武芸指南を頼むのか。それまでにも、指南役を務めていた者はいたはずではないか。そんな於小夜の疑問を感じ取ったのか、お市は笑った。

「三日前に、武芸指南役を務めていた侍女が暇乞いとまごいをし、親元に帰ったのです。他の侍女たちではわたくしの相手になりませぬ。推薦状には、そなたは武芸の腕が確かとあった。それで頼みたいのですが、如何か?」

 女主人の頼みを無下に断る奉公人がどこにいようか。畏れ多い表情をしつつも、忍び特有の体捌きが出ぬようにせねばならぬため面倒だと思ってしまう。

「私如きの腕前で、姫さまの指南役が務まりますかどうか判りませぬが、精一杯務めさせて頂きます」

 丁重に頭を下げると、満足そうにお市は頷いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

野球部の女の子

S.H.L
青春
中学に入り野球部に入ることを決意した美咲、それと同時に坊主になった。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

6年生になっても

ryo
大衆娯楽
おもらしが治らない女の子が集団生活に苦戦するお話です。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

同僚くすぐりマッサージ

セナ
大衆娯楽
これは自分の実体験です

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

処理中です...