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第2章 将軍絶命篇 1568年4月〜
第三十話 成利と長可、そして昭二
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季節が変わり、一五六八年初夏
遂に、俺達が此の時代へ辿り着いてから、一年が過ぎようとしていた。
「おぉ!織田が申し入れを聞き入れてくれたか!」
足利義昭は満面の笑みを浮かべる。
義昭をかくまう朝倉義景は、着々と織田の領地である美濃へ向かう為の支度を進めていた。
「義景殿、此れで良いのですか?」
そんな義景の前に現れる一人の男。義景は唯一度、笑う。
「良いではないか、何より儂には荷が重すぎたのだ」
(いつもの言い草か)と、男は溜め息を吐く。
「ならば、先ず私が織田家に向かい、信長殿に話を致しましょう。」
それを聞いた義景は、「頼んだ」と一言。
「そうじゃ、浅間、其方も付いて参れ」
「はい」
男はそう言って一礼し、部屋を出る。
浅間と呼ばれた青年は立ち上がり、男の後を追った。
(義景殿は頼りにならず、信長殿は頼りがいのある男。
やはり私の目に、狂いは無かった様だな)
男は決意したかの様な眼差しで、一歩、また一歩と踏み出す。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そんな俺達の耳に入るのは、其れから半月ほど後の事。
「清重、殿から直々の御呼出しじゃ、直ぐに参られよ」
赤坂と屋敷に居た俺は、秀吉からの言葉に驚く。
(慣れないんだよなぁ)
信長の呼び出しには、毎度緊張してしまう。
しかし俺はそれを腹にしまい、支度を始める。
〈殿は申しておりました。
貴方様はいつか、殿と共にこの日本(ひのもと)を動かす、そんな存在に成り得ると。〉
ふと、帰蝶の言葉が脳裏に浮かぶ。
あの時のあの言葉が、俺にはどうしても本心だとは思えない。
俺は唯の凡人であり、臆病者だ。
そんな俺が信長と共に日本を動かすだなんて、誰も出来るとは思わないだろう。
その後、俺が向かったのは場内に在る、信長の部屋の前。
「殿、達志にございます。」
そう一言だけ口にして、ゆっくりと障子を開ける。
目の前には、窓辺に座り外を眺める信長。
彼は俺の入室と共に振り返り、持っていた書状を俺の方へ放り投げた。
「義昭が来る。達志、其方は儂と共に参れ」
信長からの言葉に、顎を引く。
俺は放られた書状を手に取る。そこには筆で書かれたつなぎ文字。
俺にはまだ解読できない。しかし恐らく、先程信長が言ったことについての旨が、此処に書かれているのだろうということは分かる
「俺に、何をしろと?」
俺の質問の答えは、俺にとって至極意外なものだった。
「其方は、足利義昭という男がどの様な男なのか、其の目で見て来い」
そう言って俺に向ける、その目、
初めて出会った時の様な、鋭い目、
俺は、あの時の様には恐れなかった。
「……分かりました」
俺はそう言って、額を畳に付ける。
(秀吉が竹中重治を調略した頃から、信長は変わった)
あの日、秀吉が調略に成功したと聞き、信長は義昭を迎え入れると宣言した。
まるで、この機を狙っていたかの様に。
もしかすれば、俺は秀吉の様に、試されているのかもしれない。
俺は唾を飲み込む。
この時の俺は、まさかあの男と相見える事になろうとは、微塵も思ってはいなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その頃、信長の妻の帰蝶は、草履を履いていた。
「帰蝶様、御外は暑うございます、くれぐれもお気をつけ下さりませ」
「有難う」
帰蝶は笑みを浮かべ、屋敷を一歩出る。
彼女の向かう先は、岐阜城下。
彼女は最近、しばしば城下に顔を出している。その理由は、お市と長政の結婚にある。
お市が居なくなった今、城下の者に声を掛ける者は居ない。
だから少しでも其の代わりになればと、帰蝶は普段から城下に向かっているのだ。
「……あら?」
人々に声を掛け続ける帰蝶は気付く。城下の端で、子供がうずくまっていた。
帰蝶の存在に気付き、ゆっくりと顔を上げる。
その子供の目には、涙が浮かんでいた。
「どうしましたか?」
帰蝶の語り掛けに、其の子供は答えない。
「泣いていては、分かりませんよ」
優しい声掛けが効いたのか、子供は口を開いた。
「馬鹿にされた、父上の様に、兄上の様に槍を振るえない自分を、笑われたのです」
「槍……貴方、名は何と申しますか?」
その子供は、見るからに体が小さく、弱弱しい。
彼は小さな声で、こう答えた。
「……森成利にございます」
それから数刻後のこと。
女性は着物の入った桶を持ち、屋敷へ戻ろうとしていた。
それを呼び止めるかのように、帰蝶は訊ねる。
「妙向尼様、森様の御屋敷は此方ですか?」
「これは、帰蝶様!!如何して……」
妙向尼と呼ばれた女性は、あまりの驚きに桶を落としてしまう。
「如何した?何か音がしたが……き、帰蝶様!?」
屋敷から顔を出し、驚いた表情を浮かべているのは、森可成ならぬ、三鷹昭二。
妙向尼は、森可成の正妻である。
そう、此の子供(森成利)は、可成(三鷹)と妙向尼の息子なのである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
事情を知った三鷹は、青年を屋敷の広間に呼ぶ。
「長可、御前は誠にそう言ったのか?」
長可と呼ばれた青年は答えない。
彼もまた、可成と妙向尼の息子であり、成利の兄である。
「可成様、もう許してあげては?」
妙向尼は三鷹にそう言うが、三鷹は何も聞こえていないかのように、妙向尼の方を見なかった。
「……成利は弱すぎます」
「いいや、儂はそういうことを訊いて居るのではない。
何故そんなことを言ったのか、そう訊いておるのだ」
「弱い奴に弱いと言って、何が悪いのですか!?」
長可は利成を睨む。利成は再び涙ぐんでいる。
その様子を感じ取った三鷹はため息を吐く。
「儂は御前にこう言ったな。誰かを守るのも、武士の務めだと」
「成利も武士にございます!武士のくせして弱い、そんな奴を守ってくれる者などおりませぬ!」
その言葉に、三鷹は笑みを浮かべる。
「そうか。そういうことか。
案じていたのじゃな、成利の事を。」
俯いていた長可は顔を上げる。
予想外の言葉だったのか、何処か動揺している様な、そんな顔をしていた。
「守る者が居らぬ、故に成利に強くなって欲しいと、そう言っておるのだな」
「お……っ、俺はっ」
三鷹は長可の肩を持ち、じっと彼の目を見る。
まるで、その目だけで、諭しているかのように。
「……っ」
長可は何も言い返すことなく、ゆっくりと立ち上がった。
「父上は、甘すぎます」
吐き捨てる様にそう言って、長可は部屋を出て行く。
三鷹はふうと息を吐き、成利の方へ目を配る。
「成利、強き者が必ずという程に持っておるものとは、何か分かるか?」
「……?」
「それは、此処だ」
そう言って三鷹は、胸をどんと叩く。
「何があろうと、逃げぬ、泣かぬと決めた心。
其れが強き者の持つ、誠の強さじゃ。
其れを肝に銘じよ」
成利は涙を拭き、こくりと頷く。
そして立ち上がり、おぼつかない足取りで長可の後を追いかける。
彼の後姿を眺めながら、三鷹は訊ねる。
「なぁ、儂は甘いと思うか?」
妙向尼は微笑んで、頷いた。
「貴方様は甘く、また優しき御方にございます」
三鷹はそうかと微笑む。
「昭二さん、来ましたよ」
「!」
突然屋敷の外から聞こえたその声を聞いた瞬間、三鷹は表情を変え、ばっと立ち上がった。
「昭二さん……?人違い?」
「あぁいや!儂が言って来よう」
三鷹は苦笑いを浮かべながら、玄関へと向かう。
「清重くん……!今はその名前で呼ぶのはやめてくれ……!」
「どうしてです?」
三鷹は妙向尼の方に目くばせする。
「女の人……どなたですか?」
「私の妻だ……」
俺は思わず驚きの声を上げてしまい、三鷹は慌てて俺の口を押えた。
「す、すみません……」
「其れで、何の用だい……?」
取り乱してしまった俺は、平静を保つために咳払いをする。
「……手伝って欲しいことがあるんです」
三鷹はその言葉に目を細める。俺は先ほどの出来事を、彼にゆっくりと話し始めた。
そして来(きた)る、使者来訪の日
(やっぱり城下の人にも伝わってるのか)
遠藤はいつもと違う城下の慌ただしさを、肌で感じる。
遠藤は今回、使者を大広間へ案内する役目を与えられた。
その為に朝早くから準備をし、到着を待っていたのだ。
(この時代、電話みたいな連絡手段が無いから不便だよなぁ)
相手が到着する日にちは分かっていても、いつ到着するのかまでは分からない。
到着するのは夜明けかもしれないし、陽が沈んだ後かもしれない。
それは当日の進み具合によって変わってくるのだ。
「朝倉家より、使者が参りました!」
待ち始めて六時間、その報告を受け、遠藤は背筋を伸ばす。
其処に現れたのは、途方もない距離を歩いてきたであろう人々。
その数、ざっと百ほど。
その中で、馬に乗っている人が一人。
(この人が……)
白髪を生やし、いかにも誠実そうな顔立ち。
どこか近寄りがたい雰囲気を出している。
「ようこそお越し下さいました、私が案内いたします」
「御頼み申す」
遠藤は笑顔を浮かべ、歩き出す。
いや、その笑顔は少しだけ、引きつっていたかもしれない。
「此方です」
遠藤は何事も無く案内を済ませる。
男はそのまま部屋に入り、まだ誰もいない大広間の中心に座る。
遠藤は男の様子を外から見ていた。
男は目を閉じ、じっとしている。
其の姿はまるで何事にも動じない、岩の様である。
暫く経った頃、大部屋に入って来る男達。
皆、揃って警戒の目を光らせている。
それでも変わらず、目を閉じたまま。
「きよしげ」
其処には、清重の姿もある。
袴を着て、何処か緊張した面持ちを浮かべる。
また、俺は部外者扱いか
遠藤は目を見開き、首を振る。
「嫉妬してんのか……?」
いつもそうだ。
プライドが許さないのは、本当だ。
しかし、遠藤(おれ)はいつも、そんな自分を惨めに感じてしまう。
遠藤はふと微笑み、一歩退く。
「俺はやっぱり、お前には勝てないのか」
そう呟き、その場を去っていく。
その後姿を、誰も見ることは無い。
佐久間信盛、柴田勝家、木下秀吉、
周りに居るのは、現代でも有名な戦国武将。
俺はただ、固まっていた。
俺は、どうしてこんな人達の中に、居るのだろうか。
暫くして部屋の障子が開き、入ってくる一人の男。
そう、信長である。
部屋に静寂が広がる。
息をするだけでも、聞こえてしまいそうだ。
俺の緊張は、更に増すばかりである。
「其方が、朝倉義景殿からの使者であるか」
「は、」
「面を上げよ」
信長の言葉に、顔を上げる男。
「成程、強情そうな面(つら)をしておるわ」
その言葉を聞き、男はふと笑った。
「お初にお目にかかります、織田殿。
私は越前より参りました、朝倉家家臣、
名を、〈明智十兵衛光秀〉と申しまする」
続
遂に、俺達が此の時代へ辿り着いてから、一年が過ぎようとしていた。
「おぉ!織田が申し入れを聞き入れてくれたか!」
足利義昭は満面の笑みを浮かべる。
義昭をかくまう朝倉義景は、着々と織田の領地である美濃へ向かう為の支度を進めていた。
「義景殿、此れで良いのですか?」
そんな義景の前に現れる一人の男。義景は唯一度、笑う。
「良いではないか、何より儂には荷が重すぎたのだ」
(いつもの言い草か)と、男は溜め息を吐く。
「ならば、先ず私が織田家に向かい、信長殿に話を致しましょう。」
それを聞いた義景は、「頼んだ」と一言。
「そうじゃ、浅間、其方も付いて参れ」
「はい」
男はそう言って一礼し、部屋を出る。
浅間と呼ばれた青年は立ち上がり、男の後を追った。
(義景殿は頼りにならず、信長殿は頼りがいのある男。
やはり私の目に、狂いは無かった様だな)
男は決意したかの様な眼差しで、一歩、また一歩と踏み出す。
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そんな俺達の耳に入るのは、其れから半月ほど後の事。
「清重、殿から直々の御呼出しじゃ、直ぐに参られよ」
赤坂と屋敷に居た俺は、秀吉からの言葉に驚く。
(慣れないんだよなぁ)
信長の呼び出しには、毎度緊張してしまう。
しかし俺はそれを腹にしまい、支度を始める。
〈殿は申しておりました。
貴方様はいつか、殿と共にこの日本(ひのもと)を動かす、そんな存在に成り得ると。〉
ふと、帰蝶の言葉が脳裏に浮かぶ。
あの時のあの言葉が、俺にはどうしても本心だとは思えない。
俺は唯の凡人であり、臆病者だ。
そんな俺が信長と共に日本を動かすだなんて、誰も出来るとは思わないだろう。
その後、俺が向かったのは場内に在る、信長の部屋の前。
「殿、達志にございます。」
そう一言だけ口にして、ゆっくりと障子を開ける。
目の前には、窓辺に座り外を眺める信長。
彼は俺の入室と共に振り返り、持っていた書状を俺の方へ放り投げた。
「義昭が来る。達志、其方は儂と共に参れ」
信長からの言葉に、顎を引く。
俺は放られた書状を手に取る。そこには筆で書かれたつなぎ文字。
俺にはまだ解読できない。しかし恐らく、先程信長が言ったことについての旨が、此処に書かれているのだろうということは分かる
「俺に、何をしろと?」
俺の質問の答えは、俺にとって至極意外なものだった。
「其方は、足利義昭という男がどの様な男なのか、其の目で見て来い」
そう言って俺に向ける、その目、
初めて出会った時の様な、鋭い目、
俺は、あの時の様には恐れなかった。
「……分かりました」
俺はそう言って、額を畳に付ける。
(秀吉が竹中重治を調略した頃から、信長は変わった)
あの日、秀吉が調略に成功したと聞き、信長は義昭を迎え入れると宣言した。
まるで、この機を狙っていたかの様に。
もしかすれば、俺は秀吉の様に、試されているのかもしれない。
俺は唾を飲み込む。
この時の俺は、まさかあの男と相見える事になろうとは、微塵も思ってはいなかった。
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その頃、信長の妻の帰蝶は、草履を履いていた。
「帰蝶様、御外は暑うございます、くれぐれもお気をつけ下さりませ」
「有難う」
帰蝶は笑みを浮かべ、屋敷を一歩出る。
彼女の向かう先は、岐阜城下。
彼女は最近、しばしば城下に顔を出している。その理由は、お市と長政の結婚にある。
お市が居なくなった今、城下の者に声を掛ける者は居ない。
だから少しでも其の代わりになればと、帰蝶は普段から城下に向かっているのだ。
「……あら?」
人々に声を掛け続ける帰蝶は気付く。城下の端で、子供がうずくまっていた。
帰蝶の存在に気付き、ゆっくりと顔を上げる。
その子供の目には、涙が浮かんでいた。
「どうしましたか?」
帰蝶の語り掛けに、其の子供は答えない。
「泣いていては、分かりませんよ」
優しい声掛けが効いたのか、子供は口を開いた。
「馬鹿にされた、父上の様に、兄上の様に槍を振るえない自分を、笑われたのです」
「槍……貴方、名は何と申しますか?」
その子供は、見るからに体が小さく、弱弱しい。
彼は小さな声で、こう答えた。
「……森成利にございます」
それから数刻後のこと。
女性は着物の入った桶を持ち、屋敷へ戻ろうとしていた。
それを呼び止めるかのように、帰蝶は訊ねる。
「妙向尼様、森様の御屋敷は此方ですか?」
「これは、帰蝶様!!如何して……」
妙向尼と呼ばれた女性は、あまりの驚きに桶を落としてしまう。
「如何した?何か音がしたが……き、帰蝶様!?」
屋敷から顔を出し、驚いた表情を浮かべているのは、森可成ならぬ、三鷹昭二。
妙向尼は、森可成の正妻である。
そう、此の子供(森成利)は、可成(三鷹)と妙向尼の息子なのである。
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事情を知った三鷹は、青年を屋敷の広間に呼ぶ。
「長可、御前は誠にそう言ったのか?」
長可と呼ばれた青年は答えない。
彼もまた、可成と妙向尼の息子であり、成利の兄である。
「可成様、もう許してあげては?」
妙向尼は三鷹にそう言うが、三鷹は何も聞こえていないかのように、妙向尼の方を見なかった。
「……成利は弱すぎます」
「いいや、儂はそういうことを訊いて居るのではない。
何故そんなことを言ったのか、そう訊いておるのだ」
「弱い奴に弱いと言って、何が悪いのですか!?」
長可は利成を睨む。利成は再び涙ぐんでいる。
その様子を感じ取った三鷹はため息を吐く。
「儂は御前にこう言ったな。誰かを守るのも、武士の務めだと」
「成利も武士にございます!武士のくせして弱い、そんな奴を守ってくれる者などおりませぬ!」
その言葉に、三鷹は笑みを浮かべる。
「そうか。そういうことか。
案じていたのじゃな、成利の事を。」
俯いていた長可は顔を上げる。
予想外の言葉だったのか、何処か動揺している様な、そんな顔をしていた。
「守る者が居らぬ、故に成利に強くなって欲しいと、そう言っておるのだな」
「お……っ、俺はっ」
三鷹は長可の肩を持ち、じっと彼の目を見る。
まるで、その目だけで、諭しているかのように。
「……っ」
長可は何も言い返すことなく、ゆっくりと立ち上がった。
「父上は、甘すぎます」
吐き捨てる様にそう言って、長可は部屋を出て行く。
三鷹はふうと息を吐き、成利の方へ目を配る。
「成利、強き者が必ずという程に持っておるものとは、何か分かるか?」
「……?」
「それは、此処だ」
そう言って三鷹は、胸をどんと叩く。
「何があろうと、逃げぬ、泣かぬと決めた心。
其れが強き者の持つ、誠の強さじゃ。
其れを肝に銘じよ」
成利は涙を拭き、こくりと頷く。
そして立ち上がり、おぼつかない足取りで長可の後を追いかける。
彼の後姿を眺めながら、三鷹は訊ねる。
「なぁ、儂は甘いと思うか?」
妙向尼は微笑んで、頷いた。
「貴方様は甘く、また優しき御方にございます」
三鷹はそうかと微笑む。
「昭二さん、来ましたよ」
「!」
突然屋敷の外から聞こえたその声を聞いた瞬間、三鷹は表情を変え、ばっと立ち上がった。
「昭二さん……?人違い?」
「あぁいや!儂が言って来よう」
三鷹は苦笑いを浮かべながら、玄関へと向かう。
「清重くん……!今はその名前で呼ぶのはやめてくれ……!」
「どうしてです?」
三鷹は妙向尼の方に目くばせする。
「女の人……どなたですか?」
「私の妻だ……」
俺は思わず驚きの声を上げてしまい、三鷹は慌てて俺の口を押えた。
「す、すみません……」
「其れで、何の用だい……?」
取り乱してしまった俺は、平静を保つために咳払いをする。
「……手伝って欲しいことがあるんです」
三鷹はその言葉に目を細める。俺は先ほどの出来事を、彼にゆっくりと話し始めた。
そして来(きた)る、使者来訪の日
(やっぱり城下の人にも伝わってるのか)
遠藤はいつもと違う城下の慌ただしさを、肌で感じる。
遠藤は今回、使者を大広間へ案内する役目を与えられた。
その為に朝早くから準備をし、到着を待っていたのだ。
(この時代、電話みたいな連絡手段が無いから不便だよなぁ)
相手が到着する日にちは分かっていても、いつ到着するのかまでは分からない。
到着するのは夜明けかもしれないし、陽が沈んだ後かもしれない。
それは当日の進み具合によって変わってくるのだ。
「朝倉家より、使者が参りました!」
待ち始めて六時間、その報告を受け、遠藤は背筋を伸ばす。
其処に現れたのは、途方もない距離を歩いてきたであろう人々。
その数、ざっと百ほど。
その中で、馬に乗っている人が一人。
(この人が……)
白髪を生やし、いかにも誠実そうな顔立ち。
どこか近寄りがたい雰囲気を出している。
「ようこそお越し下さいました、私が案内いたします」
「御頼み申す」
遠藤は笑顔を浮かべ、歩き出す。
いや、その笑顔は少しだけ、引きつっていたかもしれない。
「此方です」
遠藤は何事も無く案内を済ませる。
男はそのまま部屋に入り、まだ誰もいない大広間の中心に座る。
遠藤は男の様子を外から見ていた。
男は目を閉じ、じっとしている。
其の姿はまるで何事にも動じない、岩の様である。
暫く経った頃、大部屋に入って来る男達。
皆、揃って警戒の目を光らせている。
それでも変わらず、目を閉じたまま。
「きよしげ」
其処には、清重の姿もある。
袴を着て、何処か緊張した面持ちを浮かべる。
また、俺は部外者扱いか
遠藤は目を見開き、首を振る。
「嫉妬してんのか……?」
いつもそうだ。
プライドが許さないのは、本当だ。
しかし、遠藤(おれ)はいつも、そんな自分を惨めに感じてしまう。
遠藤はふと微笑み、一歩退く。
「俺はやっぱり、お前には勝てないのか」
そう呟き、その場を去っていく。
その後姿を、誰も見ることは無い。
佐久間信盛、柴田勝家、木下秀吉、
周りに居るのは、現代でも有名な戦国武将。
俺はただ、固まっていた。
俺は、どうしてこんな人達の中に、居るのだろうか。
暫くして部屋の障子が開き、入ってくる一人の男。
そう、信長である。
部屋に静寂が広がる。
息をするだけでも、聞こえてしまいそうだ。
俺の緊張は、更に増すばかりである。
「其方が、朝倉義景殿からの使者であるか」
「は、」
「面を上げよ」
信長の言葉に、顔を上げる男。
「成程、強情そうな面(つら)をしておるわ」
その言葉を聞き、男はふと笑った。
「お初にお目にかかります、織田殿。
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