戦國高校生〜ある日突然高校生が飛ばされたのは、戦乱の世でした。~

こまめ

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第1章 戦国の大海原 1567年7月~

第二十二話 決着、稲葉山城

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 「越間!なんで!?」
 越間は素早く地にしゃがみ、顔の前で人指し指を立てる。
 「静かにしろっ、斎藤家おれたちの兵がこっちに来てる。見つかったら殺されるぞ」
 その時、後ろから草を踏む音が聞こえた。誰かがこちらに近づいてきている。
 「少しだけ待ってろ……」という言葉を残し、越間は立ち上がった。


 「これより陣へ救援に向かう!城下が焼き討ちにされておるのだ!越間、其方も来い!」
 「は、直ぐに参りまする。」
 どうやら斎藤家の者の様だ。越間は彼らが城に向かい始めた所を見計らい、俺の顔を見る。

 「清重、くれぐれも気をつけろ。俺は死なないから、お前も絶対死ぬんじゃないぞ。」
 「こしま……」
 越間は笑顔を浮かべ、去っていく。


 いつの間にか火矢の攻撃は収まっていた。越間の後姿を目で追いながら、考える。
 「あいつも……戦ってたのか……」

 この時代、戦場いくさばで戦うのは武士だけではない。実を言えば、百姓や商人も武士と同じように戦っていたのだ。(戦ごとに語り継がれる兵の総数とは、百姓や商人の数を含めたもの。つまり広い土地を所有することと兵の数が比例していることを意味している。)ならば、越間が此処で戦っていると言っても不思議ではない。てっきり戦わずに、城下に居続けていると思い込んでいた俺は、少しだけほっとした。

 しかし、ここでまた一つ新たな疑問が浮かぶ。
 (城下の焼き討ちを命じたのは信長だ。なら今、誰がその役目を担っているのだろうか?)
 恒興は第二陣としか言っていない。任されるのは恐らく、織田陣に残っている者のみ。
 佐久間?丹羽?それとも三鷹か?

 様々な武将の顔を思い浮かべている時、遠くから馬の鳴き声を聞く。
 同時に地響きが大きくなるのを感じる。
 (大軍が来る……どっちだ……?)
 敵か、それとも味方か。

 大軍が、草に隠れる俺の前を横切った。


 「好機じゃ!まだ龍興殿は城に居る筈!討ち取るのだ!!」

 光の如く通り過ぎる大軍。その先頭に立つ男。俺はその男をよく知っていた。


 「……ひで……よし……?」




 俺は先頭で多くの家臣を率いる秀吉の姿を捉えた。この時まだ無名だった秀吉が、信長によって大役を任されたのだ。
 やはり信長の目に狂いはない。それは未来から来た自分だからこそ、言える。

 城に向かう秀吉率いる精鋭部隊は、遂に見えなくなった。
 俺はゆっくりと草むらを出る。城の方から微かに、叫び声を聞く。
 (越間は城に向かったのだろうか。)
 もしそうなら、確実に危ない。
 今あの城に身を投じること、それこそ死と隣り合わせだ。


 その時、城の方から、此方に向かって誰かが走ってくるのが見える。
 それは、みすぼらしい衣を着た男。

 「ど……どいてくれぇ!」

 城下から逃げてきたのか?
 俺の脳裏に、あの言葉が蘇る。


 (向かってくるもの、全て斬れ。)


 俺は刀に手をかける。しかし、手にうまく力が入らない。

 コロシタクナイ

 その言葉が脳内で渦巻く。感情が俺の手を止める。その様子を見た男は、俺の横を走り去る。
 (やっぱり……俺には無理だ……)
 何が、生きるために、刀を持つだ。
 俺は、遠藤の様に強くはないんだ。


 少なくとも、あの人には生きてほしい。

 そう思った瞬間。



 「いっ、いやだぁあ!!やめてくれぇぇぇああああぁぁぁあぁああぁぁぁぁああぁぁぁあ!!!!」




 遠くから聞こえた悲痛な叫び声と共に、俺はその場に崩れ落ちる。
 「あ……ああ……」



 死んだ。

 あの男の声。


 先程まで、俺の前にいた人が、死んだ。



 「やっと分かったか」
 見上げると、そこには血だらけの恒興が立っていた。
 「既にこの城は織田家に囲まれて居る。逃げることなど不可能だ」

 恒興は睨む。俺はその冷たく凍ったような目から、逃れることは出来なかった。



 「これが戦じゃ。」



 俺は何も、言えなかった。







 八月十四日、信長は城の周囲に鹿垣を作り、城内の兵(並び龍興)を閉じ込めた。
 そんな時、美濃を離れていた安藤と氏家が戻ってくる。

 「少しばかり、遅くなってしまったな。」
 「まあ問題は無かろう。今すぐにとは申しておらぬ筈だ。」

 そんな会話も束の間、美濃に辿り着いた二人は驚愕した。

 「な......なんじゃこりゃ......」

 稲葉山城が、無数の柵によって包囲されている。旗印に描かれているのは、織田家の家紋。


 「織田殿!?これは如何なることにございますか!?」
 織田陣に出向かう二人は、信長の横にいる男に目を奪われる。

 「稲葉......」
 稲葉は、直ぐに二人から目を逸らす。



 「驚いたか。」

 信長の目は、二人を捉えていた。
 「信じられぬという様な顔をしておるな。まあ無理もない。其方等は裏切ったのだ。今更龍興を想うことも無いだろう。」

 信長は不敵な笑みを浮かべる。二人は何も言えず、ただ立ちすくんでいた。




 そして明くる日のこと。

 「斎藤龍興!既に城を発った模様!!」
 「逃げられたか……まあ良いであろう。」

 稲葉山城に潜入した時には、既にもぬけの殻であった。
 斎藤家は遂に降伏。龍興は織田家の目を掻い潜り舟で長良川を下り、伊勢の長島へと脱出した。
 これにて、稲葉山城は信長の手に落ち、稲葉山城の戦いは幕を閉じた。
 信長が挙兵して、僅か半月の出来事であったという。



 「稲葉、安藤、氏家、そして重矩までもが、織田に寝返ったと......」
 郎党からの報告を聞き、龍興は気づく。


 もしかすると、稲葉と重矩、二人は元々共闘していたのではないか。
 そうだ、竹中重矩。あの男が、全て仕組んだのだ。



 稲葉と重矩が相反する案を出したことも
 否定された稲葉が怒り狂ったことも
 全て、奴らの演技だったというのか



 龍興は舟の壁を思い切り叩く。
 「龍興様......」

 共に乗り込んでいた郎党は、震える男の背中を見ていた。


 「信長め......覚えていろ......っ!!」

 彼の目は、獲物を見るかのように、鋭かった。


 この後、ある大戦において龍興と信長は、再び相対することになるのだが、それはまだ、先の話。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 「サル、此度の働き、大儀であった。後に褒美を授けよう。」
 「はっ!」

 秀吉は今戦こんいくさの功績によって、《侍大将》の役目を与えられる。それは草履役からの異例の大出世であった。


 遠藤は清重の姿を見る。
 焼き討ちの日から、清重の様子がおかしい。
 何処どこか、喪失感に満ちている。



 「達志。こちへ寄れ。」
 「は……」
 皆が陣を片付けている中、俺は信長に呼ばれる。
 (何の用だろう)
 信長の許へ向かう足取りは、どうにも重かった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 「何でしょうか……」
 信長は俺の弱弱しい声に呆れるかのように、一つ大きな溜め息を吐く。


 「そちはこの戦で、何を見た?」
 信長は一喝することもなく、そう訊ねる。

 俺が見たもの。それは


 「……ひとの、弱さです。」
 信長は目を細める。


 「戦に関係のないひとまで殺されて、なんでこんなことが起きてしまうんだろうって、なんで俺達は戦うんだろうって、あれからずっと考えて、分かったんです。人は〈弱い〉から、戦うんだと。きっと皆、己の弱さを隠していたいだけなんです。
 俺は、何もできませんでした。目の前にいた人に、刀を抜くことすら出来ませんでした。それも一種の弱さです。でも、誰も死なない世を望むなら、誰も死なない方法を考えればいい。なのに誰もそれをしないのは、戦わないことに恐怖を覚えているから。それもきっと、弱さだと思うんです。だから……」

 「もう良い。この阿呆が。」
 俺ははっと顔を上げた。信長は睨むように、俺の目を捉えている。


 「そちの言う通り、人というものは儚く、脆い。
 しかし我らは、人が死なぬ世を作るために、人を殺める。
 この百年の乱世は、我ら武士もののふにこう命じておるのだ。《民の為に命を懸けて戦え。》と。其れは皆同じだ。
 儂にとっては、戦うことから逃げておる《お前》が、一番の弱虫だと思うがな。
 清重、そちは此度の戦で学んだ。それをこれからも心に留めておくんだな。」


 気付いた時には、俺は涙をこぼしていた。
 見せないように我慢していたというのに。

 「めそめそ泣くな、男だろう。」
 信長はふんと鼻を鳴らし、皆に伝える。


 「皆の者!大儀であった!これより稲葉山城に拠点に移す!!」


 信長は笑みを浮かべ、こう続けた。
 「美濃征服に際して、この地の名を《岐阜》と改める!此処が我らの、新たなる世の始まりよ!」

 その言葉に皆が叫び、勝鬨かちどきを上げる。
 その様子を端で見ていた俺は、考える。



 俺達の生きた平和な時代とこの乱世は、違う。
 でも、俺は今、この時代に生きている。
 ならば、俺がするべきことは、なんだ?

 なんとなく、わかった気がする。
 俺がするべきこと。
 俺がしたいこと。


 「清重」

 遠藤は清重の顔を見て、頬を緩ませる。
 もう、大丈夫みたいだ。

 俺は拳を握り、きっと前を向く。

 俺のしたいこと。
 それは、誰も争わず、誰も易々と死ぬことのない世を、信長このおとこと創り出すこと。

 その為に、俺は逃げない。



 この時代で、俺は生き抜いてやる。





 こうして織田家は、天下統一に向けての第一歩を、大きく踏み出したのだった。




 続
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